第4話 ジョニーは踏破する
――冒険者たちから初心者ダンジョンと呼ばれるダンジョン。その最奥でその怪物は待ち構えている。
冒険者たちからミノタウロスと呼ばれる、牛の頭を持つ怪物は手に持った巨大な斧を片手にダンジョンの奥へと侵入してくる不躾な輩を見逃さぬように見張っていた。
ミノタウロスに刻まれた使命は一つ。最奥まで侵入してきた者をダンジョンの餌に変えること。
「グルルル……」
初心者ダンジョンとは呼ばれているが、ミノタウロスの力は決して甘いものではなく、幾人もの冒険者はその巨大な斧で物言わぬ骸となりダンジョンに捧げる供物へと変えられた。冒険者ギルドは慈善事業ではなく、初心者ダンジョンで命を散らすような弱者を助ける事はしない。
故に、今もミノタウロスは新たな侵入者を迎え撃つために警戒していた。その嗅覚は、ミノタウロスの部屋へと向かってくる臭いを敏感に感じり武器を構えて臨戦態勢になっている。
繋がる通路の前で、タイミングを見計らいながら斧を振りかぶって構えるミノタウロス。卑怯というなかれ、この程度の不意打ちも対処できぬようでは冒険者などに到底なれぬ。なぜなら、ダンジョンというものは都合の良い敵などではなく生きるか死ぬかを賭けた戦いなのだから。
「グルアアアアア!」
そして、待ち構える最奥へ無警戒にも飛び込んできた侵入者の足音と共に躊躇無く斧を振るい、真っ二つにする。
その威力は風圧だけでも、人を吹き飛ばせるほど。その威力を全身で受けたそれは悲鳴を上げる。
「グジュ!?」
「グオ!?」
――その悲鳴の主はスライムだった。
ミノタウロスからすれば、想像だにしない侵入者。人間の感覚で言えばスライムなどゴミ捨て場を這い回る虫のような存在だ。それが、自分の守る最奥にやってくる異常事態にほんの少しだけ思考が混乱をきたす。
だが、それでもダンジョンの守護者として作られた意識は他の侵入者がいるという判断からスライムを思考から切り捨てる。虫程度に気を取られるべきではないという判断だった。
「フェアリー! 頼んだ!」
「は、はい!」
そして、スライムに続いてダンジョンに似つかわしくない普通の人間と見た目の変質したフェアリーが並んで入ってきた。
ダンジョンに住んでいるはずのフェアリーが人間の協力をしているようだが、ミノタウロスには関係はない。職務は侵入してきた外敵を排除してダンジョンの供物にすること。それに例外などはない。
「グオオオ!」
元が何であれ、それが例え同族であるミノタウロスだったとしても侵入者であれば殺す。
鋼の意志によって、冒険者たちに突撃しようとミノタウロスは脚を踏み込み……瞬間、踏み込んだ足を何者かに引っ張られる。
予想外の力によって、重心のバランスを崩されたミノタウロスは転倒しないように踏ん張るしか出来なかった。
「グブッ!?」
足下を見ると、先ほど真っ二つにしたはずのスライムだった……分かたれた片割れが、足下で自分の足を引っ張って妨害していた。
虫程度に捉えていたスライムの思わぬ妨害に、怒りに近い感情を覚えながらも振り払おうとする。しかし、その瞬間に人間は何かを投擲する。
「食らえっ!」
しかし、投げられた物が飛来してくる速度は大した事はない。バランスを崩しているため、回避は出来ないが手で打ち払う程度なら不可能ではない。
そうして、手を盾にしてミノタウロスがその投げられた物に振れ……それがひっついて、顔にまで上ってくる。
「グゲッ!?」
その生理的な不快感に、思わず奇妙な叫びを上げるミノタウロス。だが、張り付いたそれは止まらずにズルズルと顔まで上がってくる。
そこで気づいた……それは、先ほど真っ二つにしたスライムだと。混乱の元は簡単だ。全てのスライムから同じ臭い。同じ魔力。何から何まで同一な物を感じる。
そのせいで、判断が遅れてしまったのだ。
「これがスライム増殖コンボ!」
「いや、増えてないですよ!?」
「ノリとしては同じような物だ!」
何か訳の分からない事を叫んでいる人間。まるで自分をないがしろにするその行為に怒りを込めながら咆哮をしようとて、自信の失敗を悟る。
スライムは、口内が開いた瞬間に入り込んできたのだ。ゲル状の体で妙な強さで侵入してきたそれによって、どのような末路になるか。本能的に危機を理解する。
それならばと、スライムに噛みついた。スライムの肉はブニュッとして不快だが、流石にダメージはあるようで足下と口のスライムが蠢いた。
「グジュルッ!?」
「グウウウウ!!」
確かに、スライムはその耐久力と魔力さえあれば動ける体で不死身に見えるかもしれない。だが魔力によって出来た体を体として保つ限度はあるのだ。つまり、このまま崩壊するように噛みつぶしてしまえば良い。
そうしてミノタウロスは、口の中に入ったスライムをかみ砕こうとして顎に力を入れる。だが、突如として妙な魔力の流れをスライムに感じた。
一瞬だけその行為の意味を考え、だがその隙を見て喉の奥へと入り込もうとするスライムに時間は無いと思いっきりミノタウロスは歯を食いしばり――
「――」
ボンっという、音が聞こえ。瞬間、視界がまっ暗に染まる。
ミノタウロスは、突如として平衡感覚を失ってそのまま倒れる。何が起きたのか理解出来ず、体は動かない。だから、自分の頭の上に立つ人間にも気づけない。口からは、ドロドロに溶けたスライムが流れ出して不快感を増長させる。
「よし……上手くいったな。ここまで織り込みで完璧な構成だ!」
「……なんというか、こう……酷いです……扱いとか、やってることが……本当に」
動けないまま、自分の脳天に衝撃を感じて意識が落ちていくミノタウロス。何も理解出来ないまま、新たな冒険者を贄として捧げるという使命を果たせずに終わるのだった。
――ミノタウロスが理解する暇がなくて良かったのだろう……なにせ、自身に何をされたのかを理解すれば、怒りでどうにかなってしまったかもしれないのだから。
「よおし、これで初心者ダンジョン踏破だ!」
「グジュー!」
「……わー」
一緒に喜んでくれるスライムに対して、どこか微妙な目を向けるフェアリー。
「どうした? もっと喜んで良いぞ?」
「えっとですね……こう、私って想像してたんです。召喚術士さんと一緒に戦うから、かっこ良く戦うんだろうなぁって。色々とかっこ良く、協力をするんだなって」
「立派な協力プレイだったぞ。俺達じゃなければこの倒し方は出来なかったんだし」
見事なジャイアントキリングだったじゃないか。何が不満だというのだろう。
「……まず、スライムさんを意図的に分割して戦わせるのは分かります。失敗かと思った事を、上手く利用するなんて凄いなーって感心したんですよ」
「これもフェアリーのおかげだ」
フェアリーの魔力によって癒やす力。偶然にも分割されたスライムに同量の魔力を注ぎ込んだ事で分割された体が動くようになった……簡単に言えば、二つの体に一つの意識という状態にすることが出来るようになったのだ。手足が別れて動けるようになったようなものだ。
これがフェアリーとスライムによる増殖コンボ。これの良いところは、命令系統たるスライムの意識が一つなので指示をどれか一つに伝えるだけで良い事だ。
「分割した分、魔力量は落ちますけど手数が多い方がいいっていうのは私も納得できますよ」
「じゃあ、何がダメなんだ?」
「……それを使って、窒息させる作戦があんまりなので……スライムさん、食べられる前提ですし」
「相手が生きてるなら、一番良い方法じゃないか? 魔力で出来た肉体でも、普通に生物と同じようになってるらしいし」
生物相手の決着なら安全で早いと思うのだが。飲み込まれた後に胃の中から攻撃だって出来るだろうし。寄生虫って怖いよな。
「でも、私がスライムさんも噛みつかれたりしたら回復できずにやられちゃうっていったら……魔力をあえて過剰に込めて爆発させるって言いますし!」
「出来るって言われたから。それに、最後の決め手になっただろ?」
「なりましたけども!」
これも思いつきに近い作戦だ。分割運用の研究のために道中で戦闘をしていたときに、分裂した体にとっさに魔力を込めたのだが量が多すぎた結果、スライムの分身が大爆発してしまったのだ。
その衝撃でゴブリンを吹き飛ばしたのをみて、口内で爆発させるスライム自爆までのルートを考えついた。これが無ければミノタウロス戦は本当に大変なものだっただろう。
「スライムさん、凄いあの瞬間辛そうなんですよ!? 体が吹き飛んでるんですから!」
「……スライム、ダメ?」
「グジュ」
その言葉に、少し震えてから別に良いとばかりにこちらに体を預けて意志を示すスライム。
どうやらスライムはちゃんと分かっているらしい。俺が考えて運用をしているという事に……。
「いいってさ」
「……スライムさん、本当に嫌なら言うべきですよ? そんな人生を儚んで諦めるような顔をしたらダメですからね? 無理ばっかりしてたら、本当に最後に酷い目に遭いますよ! スライムさんばっかりに頼るのは良くないんですからね!」
「グジュウ」
……スライムって表情があるんだ。という意外な事実は置いて、なんとなく言いたいことは分かった。
「……まあ、フェアリーの言いたいことも分かるよ」
「分かってくれましたか!?」
「……今回のコンボもだけど、スライムに戦力が依存しすぎってことだよな?」
そう、俺がずっと考えていたのは、このコンボの問題点としてスライムに対する依存度が高すぎるのだ。
起点であるスライムが倒れた場合の代替手段が用意できていない。それに、スライムのこの戦法も単体が相手ならいいが多勢に対しては少々力不足だ。特に、スライムが分割されるとその分だけ魔力が減る事になる。つまり、多数に対してはタンク役として運用しているスライムの耐久力が下がるのも問題だ。
「もっと状況に応じて使い分けられるようなコンボを考えて戦うべきだよな……やっぱり勝ち手段は複数……最低でも、3パターン以上は作っておきたいだろ? スライムとフェアリーだけだと流石に戦略の幅が……」
「うぅ、分かってない……分かってないよ。この人」
「ジュル」
フェアリーの肩に体を乗せて慰めるようなスライムを視界に入れながら、他のコンボ手段が無いかを考えながらダンジョンから出て行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます