第5話 ジョニーは妹に出会う
さて、初心者ダンジョンの最奥に居たミノタウロスを倒してからの凱旋だ。
冒険者ギルドに行くか悩んだが、疲れもあり難しい話や面倒な話が脳内に入ってこない気がした。なので、町中の喧噪を聞き流しながら脳裏で様々な戦術を検討しつつ、屋敷へと帰る事にする。
屋敷の場所は街から少し離れた郊外。そこに屋敷は構えてある。貴族ということで、多少の政治だのに関わりながらこの街の権利を多少は持っていたはずだが……もう残ってないのだろうなぁ。と思いながら屋敷の門の前に誰かが来るのを見つけた。
「お客かな?」
「――おや、こんばんわ。今お帰りですか? 冒険者になってからの調子はどうです」
「……ああ、どうも。調子は悪くはないですよ」
……タイミングが良いのか悪いのか、やってきた借金取りと挨拶をする。
ちなみに、屋敷の権利はこの金貸しが持っている。つまり、家のように扱っているが実際は俺の家ではないのだ。とはいえ、追い出したりせず貸し出して貰っている状態である。善意ではなく、実利からなのだろうが。
「おおっと、思ったよりも良い返事ですねぇ。冒険者になる……と言った債務者は大抵、三日くらいで現実を知って身売りしに来たものですよ」
「まあ、俺もまだ採算を取れる状態じゃないですけどね。返済はちゃんとするつもりですよ」
ダンジョンの踏破は出来た。とはいえ、一人で潜る関係から魔石やら金になるものを大量に持って帰れないのでまだ金額的にはたかが知れているのだ。それに、初心者ダンジョンというのはあくまでも冒険者の駆け出しに現実を教え鍛え上げる場所なので大して儲けにならない。
ここから、管理されていない厳しいダンジョンに潜りながら質の良い魔石を見つけてきたり、貴重な魔具を発見して持って帰ってくる。そうして初めて生計が立つと言える。
とはいえ、ダンジョンを踏破できた事実が俺の心に余裕を持たせてくれたのは確かだ。実質一人でダンジョンを攻略できるのであれば、対人トラブルから縁遠く動ける。
「いいですね、現実を知ってなおやる気があるというのは期待が持てますね。それに、私も末永いお付き合いをする方が結果的に儲かりますからね」
「……そうなんですか?」
ニコニコと笑顔の借金取り。しかし、売った方が手っ取り早いと思うのだが……トラブルで回収出来ない可能性だってあるだろう。
「ええ。リスクとリターンの問題ですよ。人身売買は正式な届け出をした奴隷商でないと販売許可が出ませんからねぇ。リスクを冒し続けるよりは、クリーンな返済手段の方が結果的に得ですから」
「なるほど……」
通報したら……いや、無理だろうなぁ。
わざわざこうして伝えるという事は、別にこの話を誰かに喋ったとしても罰せられる事はないのだろう。それこそ、心証を悪くするよりは返済した方が良さそうだ。
「どうやらご理解をいただけたようで……それで、妹様とはもうお顔あわせはしましたか?」
「……いや、実はまだなんですよね」
「おや、それはいけない。残った家族ですから大切にしませんと。先日から妹様には素敵なお兄様がいると言う話をしていますし、妹様も期待していますよ?」
「何してくれてんだ、あんた!?」
勝手に期待を煽るなよ! 大した人間じゃないんだから!
……いや、なんとなく分かった。俺の人格を理解した上で、情を湧かせて逃げ出しにくくするというわけか。気づかない方がよかった。
「……まあ、とりあえずそこまでやられたら顔を合わせない理由はないですし……今からちょっと話でもしてきます」
「ええ。それでは少々客間の方で待たせて貰いますね。貴方に用事がありますので」
そう言って、先に金貸しは屋敷の中へと入っていく……手慣れた我が家のような入り方だった。
とはいえ、金貸しというのはそのくらい堂々としている方が上手くいくのだろう。そんな風に思いながら、後に続いて屋敷の中へと入っていく。
(さてと……妹なぁ。どういう風に対応をするのが正解なんだ?)
なんとか、先の展望が見える状態にはなった……しかし、問題が一つ。
(気まずいんだよなぁ……子供と、どういう感じに話せば良いか分からないし)
問題とは、そんな個人的な理由だ。自分よりも幼い子供。それも血縁だというだけで俺の知識ではどう付き合えば良いか分からない。学院でも後輩に関わる事もなかったせいで尚更だ。
前世の記憶を頼っても一人っ子だったらしく初めて会う妹に対しても「それ、なんてギャルゲ?」みたいな思考しか出てこない。肝心なときに使えない前世だ。
(えーっと、この部屋か……気が重いな)
屋敷を歩いて行き、奥の可愛らしい扉を見つける。子供部屋というわけか。俺がいたときには無かったはずなので、新調したのか?
……こういうコトしてるから借金地獄になるんじゃないか? と言う感想を抱きながらノックをしてみる。
「……おじさま?」
「あー、おじさまじゃないけど……入って良いかな? 俺は……なんだ、君のお兄さんらしいんだけど、挨拶をしたくて」
「えっ!? ……は、はい……!」
とりあえず、声を聞いて素の自分で話をすることにしてみた。その言葉に、部屋の中でバタバタという音が聞こえてくる。
そして、扉を開けて出てきたのは……幼い少女だ。銀色の髪に、全体的に白い少女。俺とは似ても似つかない少女だ。本当に血が繋がっているのか?
「……あなたが……お兄様……なんですか?」
「多分そう……かな?」
怯えたような表情で緊張しているらしい妹はたどたどしくそう聞いてくる。俺もたどたどしく答える。
お互いに似たような状態だが、流石に年上の俺が同じような反応をしてどうするんだ。
「えっと、わたし……ティータっていいます」
「俺はアレイっていうんだ。ティータだな。覚えたよ」
名前を名乗って自己紹介をする……なんか久々に名前を名乗った気がするな。
そう、この世界の名前はアレイという。まあ一般的な名前だ。話題にしにくいほどに。なので……
「……」
「……」
ご覧の通り、とっかかりがないので沈黙してしまう。
……いやまあ、話題を子供にしてくれと頼むのは無理があるか。俺から話をしないと。
「ティータは……」
「は、はい……」
「ええっと……俺の妹でいいんだよな?」
「……そ、そうだと思います……」
……ぎ、ぎこちない。でも仕方ないだろう。前世の知識は借金取りとの対応には役に立つが、小さな子供に対してどう対応をするのが正解かを教えてくれないのだ。
何か、せめてきっかけになるような物がないか部屋を横目で確認する。きっかけになるようなものは……ん? あれは……
「……本が好きなのか?」
「え、は、はい……その、わたしは体が弱くて……あまり外に行けないので……」
なるほど。箱入りっぽさがあったのはそういう理由か。親が体が弱い妹を放置して逃げたことにほんの少しだけムカッとする。
しかし、きっかけになりそうなものは思いついた。ファンタジー世界万歳だ。
「……ちょっと見ててくれ」
「え?」
懐から、召喚符を取り出して魔力を込めて召喚する。
魔力が形作り、フェアリーが呼び出された。ダンジョンの外での召喚は、魔力の消費が数倍になるので少々きついが、きっかけがない方がきついので問題はない。
「えっと、お呼びですか召喚術士さん……って、あれ? ここは?」
「……よ、妖精さん……!? 本物だぁ……!」
驚くフェアリーを前にして、ティータは驚きと興奮を隠せずにじっと見つめている。
その視線に気づいたフェアリーは、状況が飲み込めず目を白黒させている。
「俺は冒険者をしててさ。こうやって、仲間に召喚獣を使ってるんだ」
「冒険者さん……すごい! まるで本の中に出てくる人みたいです……!」
一気に心を開いてくれた感触を感じる。どうやらフェアリーも状況をうっすら理解したのかティータに笑みを向けてサービスしてくれる。
さて、ここからどうするか……ふむ、折角ならコンボの解説とかどうだろう? もしくは、ミノタウロスを倒した話を……
(……召喚術士さん、子供には刺激が強いと思いますので、もし冒険の話をするつもりならやめた方が良いですよ!)
(えっ、そうなのか? じゃあ何を話せば良いんだ?)
(えっと、話を聞いてみるのが良いかもしれません。外に出れないなら、会話のペースを握って貰うほうが楽ですから……)
何やら実感の籠もっているフェアリーのアドバイスに従って、冒険の話をやめてティータに話を促してみる。
「それで、また冒険の話はしようと思うから……ティータの話を聞かせてくれるか?」
「わたしの話ですか……? えっと……わたしはずっと体が弱くて……」
たどたどしい説明をするティータの言葉をゆっくりと聞いていく。
……話の内容はある意味では想像通りだ。生まれつき体が弱く、ここ最近までは忙しい家族よりも医者の方が良く顔を合わせて知っている状態だったらしい。
最近ではようやく体調が落ち着いたものの、両親が来ることは少なく……そこから、おじさま……まあ、あの金貸しだ。彼が優しくしてくれたので寂しい思いはしなかったのだとか。
……俺の両親、なにやってんだ? いやまあ、この子のために治療費とかを工面してたのかもしれないが。
「なるほど……俺は学校にいたから知らなかったなぁ……教えてくれてありがとう、ティータ」
「いえ、このくらいなら……あっ……そ、その……お願いがあるんですけど……いいですか?」
「お願い?」
突然の主張に驚きながら聞いてみる。お願いと言われて、何を頼まれるのだろうか? 金の工面とかじゃないよな。
「……あ、アレイ、お……」
「お?」
「お兄様って……呼んで、いいですか? わたし……その、兄がいるって聞いて……凄く嬉しくて……そう、呼んでみたいなって思ってたんです」
「……」
「……だ、駄目ですかね……?」
その言葉に、俺はゆっくりと天を仰いだ。
思わず涙がこぼれそうになった。考えて欲しい。学校を卒業してからというものの、俺は借金取りとモンスターが一番顔を合わせた相手なのだ。そして、純粋に俺のことを思ってくれるような発言なんて殆ど聞いてない。受付嬢さんですらビジネスの優しさなのだ。
そこで、このまっすぐな言葉。ああ、男が妹という存在に憧れる気持ちがわかった。
「ああ。好きなだけ呼んでくれ。俺がティータのお兄様だ」
「っ! あ、ありがとうございます! あ、アレイ……お兄様……!」
嬉しそうなティータ。俺も思わず笑みがこぼれ――
そこで、コンコンと現実に戻すノックの音が聞こえた。
「えっと、そろそろ時間みたいです」
「ティータのか?」
「はい……体が弱いので、お医者様にまだ掛かっていますから……またお話、聞かせてくださいね。アレイお兄様」
「ああ、もちろんだ。それじゃあ、またな」
手を振って部屋を出ていく。
「フェアリーもありがとうな」
「いえ、このくらいなら大丈夫です。ダンジョンでも頑張りますね!」
場の空気を変えてくれた妖精に感謝しつつ送還し、そこでふと気づいた。
(……あんな約束したら、何が何でも返済しないと駄目になっちまったなぁ)
情が湧く事を危惧していたというのに、勝手に約束をしたことで自分で追い込んでしまうのだった。
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