14-3
翌朝。王宮の門の前でエメと護衛三人、カールと部下ふたりが集まった。カールは昨日に会ったが、部下ふたりはエメと初対面。その視線は観察するような色を湛えている。カールの咳払いで、エメを見つめるのをやめた。
「今日はよろしくお願いします」
辞儀をするカールに、エメは笑みを浮かべて応える。
「勝手なことはするなよ」ラースは言った。「スキルの範囲は半径約二メートル。それ以上は離れるなよ」
「承知いたしました!」
『ゲシュタルトの塔』は王宮から馬で一時間ほどの場所で、距離としては『風香の迷宮』とさほど変わらない。しかし空間にいきなり扉が現れる『風香の迷宮』と違い『ゲシュタルトの塔』はその名の通り塔が立っている。ある日、突然現れたのだ。その現象の研究はほとんど進んでいない。
その塔のそばに馬を止めると、エメが塔を見上げて目を丸くする。塔の最上階は雲のあいだに隠れて目視することはできない。それ相応のスキルを持っていれば、最上階まで登ることはそう難しいことではない。
「エメ」
ラースに呼ばれ、エメは彼に駆け寄る。ラースがエメを片腕で抱き上げると、ニコライが先頭で扉を開けた。
ひんやりとした空気が外へ流れてくる。塔の中は真っ暗で、先に塔に入ったエミルが手のひらに光を浮かべた。
ニコライとエミル、カールが先頭を歩き、あいだにエメを抱えたラース、その後ろにカールの部下ふたりが続く。
塔を進んで行くと、彼らの動きに合わせるように壁の燭台に炎が宿る。ライトの魔法がなくても足元が見える程度には明るい。エメはその不思議な光景に目を丸くする。
「ほんとになんともない……」
カールの部下が辺りを見回して呟く。ラースは視線を前に向けたままカールの部下たちに向けて言う。
「油断するなよ。スキルで完全に防げると思うな」
「承知しております」
『ゲシュタルトの塔』の一階層はそれほど広くない。しかし一階ごとに惑わせる迷路の魔法がかけられている。その魔法にかかるとその階層を脱することができず、永遠に彷徨うことになるのだ。もし何もスキルを持たずに入り抜け出すことができなくなると、次に入って来た者に発見されない限り、塔を脱出することができなくなる。
「『風香の迷宮』がこのスキルで攻略できたからと言って、今回も無事に攻略できるとは限らないぞ」
「大丈夫ですよ」と、カール。「『風香の迷宮』は八階層までですけど、今回は三階層で済みますから」
エメが不思議そうにラースを見遣る。
「『炎除けの護符』の素材は、三階層に生息している『炎草』だ。確かに三階層で済むが、こちらのダンジョンの魔法のほうが強い可能性も捨てきれないからな」
エメはこくこくと頷いた。よくわかっていない顔だ。
頷くのをやめたエメがふとどこかに視線をやり、ラースの肩を叩いた。指差した先を見ると、数匹の蝙蝠がふらふらと飛んでいる。カールの部下がエメを背にかばう。
「ギミックバットっスね」と、ニコライ。「面倒っスね」
「この距離なら向かって来ることもないですかね」
「無視して行きましょう」
ニコライとエミルとカールは先へ歩き出し、その部下ふたりが背後を警戒しながらエメを抱えたラースに続く。蝙蝠の群れは彼らに向かって来ることはなく、ふらふらと飛んでいるだけだった。エメが気になるようでいつまでも眺めているので、目を合わせるな、とラースは言った。
「ギミックバットはちょっと面倒なんスよ」ニコライが言う。「尻尾を斬ってから胴体を斬らないと、そのまま斬っただけじゃ死なないんスよ」
ほお、とエメが口を丸くするので、うっ、とニコライは唸った。それを見てエミルが呆れたように目を細める。
「ですが、やはり魔物は少ないですね」
カールの部下が言う。ダンジョン攻略中は魔物と遭遇することが多い。その中で、ここまでで遭遇したのがギミックバットだけというのはかなり少ない。
「やはり『風香の迷宮』と同じで」と、エミル。「魔物も気軽に住める場所ではないですからね」
「魔物も魔法にかかってしまうんですか?」カールが問う。
「そうですね。魔法は人魔関係なく発動しますからね」
アーデルトラウト王国は、魔物の多い国ではない。ダンジョンでは当然に出て来るが、他の国のように町の外の草原などで出くわすことはほとんどない。
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