14-4
それから魔物に遭遇することも魔法に惑わされることもなく、無事に三階層目に到達する。
「魔法もなく魔物もいないと、こんな楽なダンジョンだったんですね」カールの部下が言う。「スキル様様ですね」
「失礼だぞ」と、カール。「確かにスキルのおかげでここまで来られたが、スキルの術者がいることを忘れるな」
「失言でした」
カールの言葉にではなく、ラースが睨み付けているため部下が震え上がっていることに、カールは気付いていない。
三階層に降りると、一面に真っ赤な花が咲いていた。葉が少し鋭くなっており、触れると怪我をする恐れもある。
「これが『炎草』だ」ラースはエメに言う。「花自体は熱くないが、加工すると熱を発することもある」
ほお、とエメは口を丸くする。そして手を伸ばすので、ダメだ、とラースは制した。エメは不満げな顔になる。
「さっさと採取しろ」
「はいっス」
ニコライとエミル、カールの部下ふたりが炎草の採取を始める。カールは警戒するようにラースのそばに立った。
「カールくん、足元っス」
何かに気付いたニコライが言う。
「あ、はい」
軽く返事をしたカールが、足元に短剣を投げた。キッという小さな鳴き声に足元を見下ろすと、カールの投げつけた短剣がポケットラットの体を貫いている。
エメが目を丸くして指差すので、ラースは肩をすくめた。
「ポケットラットも剣で倒すことはできる。ただ、とてつもない動体視力が必要なだけだ」
感心したようにエメが見遣るので、照れますね、とカールは後頭部に手をやった。カールは若いが有能なのだ。
「でも、エメ殿のおかげで予定以上の炎草が採れましたよ。戻ったら必ずお礼にうかがいます」
「礼を言うのは無事に塔を出てからだ」
「はい!」
帰り道、油断したカールの部下がエメのスキルの範囲外に出そうになるなど不慮の出来事があったが、概ね無事に塔を脱することができた。塔を脱出するあいだにエメがうとうとと舟を漕ぎ始めており、大丈夫なんスか、とニコライが慌てたが、ぎりぎりのところで意識を保っていたためスキルは発動を続ける。ただ、ラースを除いた全員が冷や冷やしていた。王宮に戻る頃には、エメは寝ていた。
「ありがとうございました! お陰様で素材もたくさん採れましたし……。えっと……エメ殿が起きてらっしゃるときに、また改めてお礼にうかがいます」
「そうしてくれ」
深々と辞儀をして、カールと部下たちは去って行く。その後ろ姿を見送ったニコライが、満足げな表情で振り向き、寝息を立てるエメを覗き込んだ。
「いまの表情、坊ちゃんに見せたかったっスね~」
「そうですね」と、エミル。「スキルの有用性に、本人はまだ気付いていないようですしね」
「気付いて無鉄砲になられても困る」ラースは言った。「いまのまま、のん気に暮らしているのが一番だろう」
「そっスね。たまーに俺たちと一緒にダンジョンに行くくらいでいいんスよね~」
「そのたまーにもエメにとっては必要ないのではないかと思いますが。エメはダンジョンには用がありませんからね」
「いや~、だって、たまーに連れてってあげないと、将来的に冒険者になったときに黙ってひとりで行くようになったら困るじゃないっスか」
「エメはそんな非行に走ったりしません」
「いや、それはちょっと語弊があるっスよ」
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