14-1
王宮を訪れたディミトリ公爵について来たアランが、暇を持て余したらしく廊下を歩いていた。
「アラン様」
「ん。お、ラース。サボりか?」
「これからエメのところに行くんですよ」
「じゃあ俺も連れてけよ」
そう言って、アランが歩み寄って来る。その表情は楽しげだ。いつの間にか互いに心を開いているのだから、子どもというものは不思議だ。
アランと出会ったばかりのとき、エメはアランに怯えていた。アランがエメを遊びに誘った理由はよくわからない。他の子どもには心を開こうとしないアランが、なぜエメと仲良くしているのか、ラースにはひとつも理解できない。ただの気まぐれだろうか、とひとつ息をついた。
アランとともに中庭に行くと、エメがサバと遊んでいた。
「何やってんだ、あいつ」
怪訝そうにアランが言う。エメはサバとともに、くるくると回っている。その表情は楽しげだ。
「踊ってんのか?」
「さっきからあの調子なんスよ」
お手上げ、と言うようにニコライが肩をすくめる。くるくると回り続けるエメに、サバがぴょんぴょんとついて行く。彼らのあいだだけで世界ができているようだった。
「おーい、エメ!」
アランが歩み寄ると、彼に気付いたエメはようやく動きを止める。嬉しそうにアランに駆け寄ると、その手を強く引いた。おい、と困惑するアランの腕を引いてまたくるくると回り始めた。サバは嬉しそうに跳ねながらついて来た。
「おい、なんなんだよ! 目が回る!」
ひたすら回り続けるエメを、アランは必死に追い駆ける。
光景としては異様だった。くるくる回り続けるエメとアラン、嬉しそうに駆け回るサバ。それを眺める護衛三人と侍女がひとり。傍から見たら首を捻る状況だ。
「坊ちゃんもだいぶ体力がついたっスね」
「そうですね」ユリアーネが頷く。「息は上がっていますが」
「これだけ回り続けていれば息も上がるでしょう」と、エミル。「ニコライさんも回って来たらどうです?」
「いや~お邪魔できないっスよ~」
「ユリアーネ」ラースは言った。「エメはどれくらいああやって回り続けているんだ?」
「アラン様がいらっしゃる三分ほど前からです」
「そろそろ倒れる頃だな」
ラースが言うや否や、エメが足をもつれさせバランスを崩した。咄嗟にアランが手を伸ばすが、支えきることができずにふたりして倒れてしまう。サバは相変わらず、ふたりの周りをぴょんぴょんと跳ねている。
おかしそうに笑うエメに、アランは顔をしかめた。
「なんなんだよ、急に」
エメは起き上がると、手のひらを空に向けた。にこにこしているエメに、アランはまた眉をひそめた。
「なんだよ」
訝しげにアランが言うと、エメはきょとんと目を丸くした。それから、あれ? と言うように空を見上げる。首を捻ってきょろきょろし始めるので、アランは首を傾げた。
もしかしたら、とユリアーネが言う。
「妖精が見えていたのかもしれませんね」
「そんなの気軽に見えるもんか?」
「普通は見えませんわ」
「ふうん……。まあでも、エメなら見えるのかもな」
「妖精は本来、人間を惑わせる存在なんですがね」
エミルが言うと、アランは苦笑いを浮かべた。
「そんなもんと遊んでたのか……」
「エメは
「ってことは、下手したら俺は惑わされてたってことか」
「その可能性が高いかと」
ひえ、とアランは表情を凍らせる。
「よかったですね。連れて行かれなくて」
「……どこに?」
「さあ」
肩をすくめるエミルに、ふうん、とアランは唇を尖らせた。それから、まあいいや、と立ち上がる。
「サバと遊ぼうぜ、エメ」
エメが手を差し出すと、アランは一瞬だけ躊躇したように見えた。それでもエメの手を取り、駆けて行く。
「アラン様は思慮深いっスね」
感心したようにニコライが言った。ラースは頷く。
「貴族教育の表れだな」
エメが着けているスキルを封じるための腕輪は、少々特殊なものだ。知識を持ち合わせていない者もいるが、両手に同じ腕輪をつけているのはスキルを封じている可能性が高い。そしてその腕輪を着けている者の手は、みだりに触れてはならないというのが暗黙のルールだ。腕輪を着けているというのは、手に関するスキルである可能性が高いからだ。アランはそれを知っているのだろう。
「特に、エメは手に触れられるのを嫌がるでしょうしね」
「できれば握り締めたいのに……」
ユリアーネが苦悶に表情を歪めながら言うので、ニコライは苦笑いを浮かべた。それから励ますように言う。
「坊ちゃんが良いって言えばいいんじゃないっスか?」
「用もないのに手を握るわけには参りません」
「握り締めたいって用があるじゃないっスか」
「……今度、お願いしてみます」
ユリアーネが小さくそう言うので、なぜかニコライが満足げに胸を張って頷いた。
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