13-1
催し物のあと、王宮が日常に戻るのは早い。一週間かけて準備が行われた会場は、一晩で元通りだった。
エメも――推定――十三歳になったからと言って、何かが変わるはけではない。午前中はいつも通りサバと遊び、午後はエミルの授業を受ける。ニコライとエミルがエメの教育方針で揉めるのも、いつものことだ。
授業を終え、エメのステータスを【鑑定】していたエミルが、何かに気付いて顔を上げる。
「新しいスキルがあるのですが……」
そう言って、ラースにエメのステータスボードを差し出す。これです、とある一角を指差した。
「【状態異常修復】?」
「その名の通り、状態異常になっても即座に修復する……つまりは、状態異常を防ぐスキルですね」
「へえ、すごい」と、ニコライ。「無敵っスね」
「完全ではないですよ。防げない状態異常もあります。おそらく、アラン様にもらったリボンに付随する――」
「あ! ってことはっスよ!」
エミルの言葉を遮りニコライが思い付いたように大きな声を出すので、本を読んでいたエメが驚いて目を丸くした。
「これは『風香の迷宮』を攻略するチャンスなのでは⁉」
ニコライがグッと拳を握る。ラースとエミルはようやくその可能性に気付くが、顔を見合わせる。
「スキルが使えたとしても、エメには危険だ」
歩み寄って来たエメが三人を見上げて首を傾げるので、エミルが腰を屈めた。
「『風香の迷宮』というのは、王宮の近くにあるダンジョンのひとつです。風の匂いで攻略者を惑わせる魔法がかけられているため、いままで攻略できた人は数える程度です」
ほお、と口を丸くしたエメが、思い付いたようにアランにもらった髪紐を指差す。
「魔道具は効かないんです。この【状態異常修復】は
懇願するように見つめるニコライに、ラースは顔をしかめた。それからステータスボードを眺める。
「体力値が五十六、魔力値が三百二十か……」
「申し分ないかとは思いますが」と、エミル。「【状態異常修復】は体力を消費するスキルでもありませんし」
「……わかった。いいか、エメ」
息をついて言うラースに、エメは目を輝かせてこくこくと頷いた。ダンジョン攻略に心が躍っているらしい。
「明日でいいか」
「大丈夫っス!」
「構いません」
ラースはふたりに頷き返し、腰を屈める。
「『風香の迷宮』のクリア条件は、八階層目にある
エメは真剣な表情になって頷いた。
「出発は早朝だ。起きられるか?」
心配無用、とばかりにエメは意気込んで拳を握る。よし、とラースが頭を撫でると、エメは満足げに微笑んだ。
「ユリアーネ。お前にも早起きを強いることになるが」
「問題ございません」
即座に応えるユリアーネに、ラースは肩をすくめた。
* * *
その夜、ベッドに潜ったエメに、ユリアーネが肩を優しくたたきながら言う。
「きちんと起こして差し上げますからね。それと、このユリアーネとお約束していただきたいことがあります」
エメは問いかけるようにユリアーネを見上げた。
「絶対にラース様たちから離れないでください。何があっても、ですよ。お約束ください」
そう言ってユリアーネが右手の小指を差し出すので、エメはそれに応えて右手の小指を絡ませる。ユリアーネはどこか安心したように微笑んだ。
「それから、これをお持ちください」
ユリアーネは小さなヘアピンをエメに見せる。小さな緑色の宝石がついたシルバーのヘアピンだ。
「お守りです。明日のヘアセットのときに着けて差し上げますからね。それでは、おやすみなさい」
優しく肩をたたくユリアーネの声で、エメは誘われるように眠りに落ちた。その寝顔にユリアーネは小さく笑った。
「――」
影が差し込む。風が不穏に鳴る。
「予測通りでした」
「……警戒を続けて」
「御意」
影が遠ざかると、風の音がおさまる。
ユリアーネは穏やかな寝顔のエメの頬を撫でた。
「坊ちゃんを傷付ける者は許さない。誰であろうと」
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