12-2

「誕生日おめでとう、エメ。どれ、顔をよく見せてくれ」

 優しく言うアーデルベルト王に、エメは姿勢を正して王に歩み寄る。王は腰を屈め、エメの頬に手を添えた。

「ずいぶんと顔色がよくなったな。不自由はしていないか」

 エメが明るく笑うと、アーデルベルト王は満足げに頷く。

「私にも顔をよく見せて、エメ」

 クリスタ王妃に呼ばれ、エメは王妃のそばに歩み寄った。王妃は優しくエメの頬を撫で、穏やかに微笑む。

「実は、私のお腹には赤ちゃんがいるのよ」

 腹を撫でて言うクリスタ王妃に、エメは目を丸くした。王妃の解任はすでに国民に広く知れ渡っている。

「あと三ヶ月で産まれるの。お兄ちゃんになってあげてね」

 エメは目を輝かせてこくこくと頷く。「お兄ちゃん」という単語に惹かれたようだ。

「ではな」

 優しくエメの頭を撫で、アーデルベルト王はクリスタ王妃に手を差し出す。王妃がその手を取り、ふたりが並んで背を向けると、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 その拍手を気に留めず、国王と王妃を見送ったエメがアランのもとへ戻るので、強いっスね、とニコライが笑った。

「お前、すごいな」アランが言う。「よく国王陛下と王妃殿下とあんな平気で接せられるな」

 エメは首を傾げる。最初こそ緊張したもの、王と王妃の優しさに触れ警戒心がなくなったのだろう。

「でも、クリスタ王妃殿下は公爵のお姉様っスよね。アラン様にとっては、恐れ多くも伯母に当たるんじゃ?」

「それはそうだけどさ。いち貴族と王族じゃわけが違うだろ。俺が『伯母様』っつって王妃殿下に話しかけに行ったら不敬で首が飛ぶぜ」

「まあ、そっスね」

 へらと笑うニコライに、アランは肩をすくめた。

 貴族の誕生日パーティだったら、そろそろ音楽隊の演奏に合わせてダンスなどが始まるかもしれない。しかしエメの誕生日パーティはそういった社交界の習わしとはまったく関係なく、参加者も王宮の使用人たちばかりだ。みな料理を楽しみつつお喋りをしている。エメとアランも――アランが一方的だが――ずっとふたりで話し込んでいた。

「エメ」エミルが言った。「みなにピアノを披露しては?」

「お前、ピアノできるのか?」

 アランが目を丸くすると、エメは誇らしげに胸を張る。

 彼が会場に置かれていたグランドピアノに歩み寄ると、それまで溢れていたお喋りが止んだ。エメに視線が集まる。

 エメがピアノの前で辞儀をすると、期待をはらんだ拍手が贈られる。エメに緊張は見られなかった。

 会場中の者が想像していたのは、おそらく「子どものお遊戯」だろう。しかし、エメの演奏はそれを大きく裏切った。紡がれる音に、会場中がシンと静まり返る。

 アランもエメが奏でる音に引き込まれていた。まるで語りかけてくるようだ。短期間で身に付けたとは思えない。

「僕が弾いているのを見て興味を持ったようなので、教えてみたんです」と、エミル。「才能があったんでしょうね」

「それにしたって上手すぎじゃないか?」

 演奏を終え、エメは満足げにまた辞儀をする。ようやく我に帰り、会場中が惜しみない拍手をエメに贈った。

「すごいな、エメ!」

 興奮するアランに、エメは照れ臭そうに笑う。

「俺なんて嫌々だから全然うまくならないよ」

「アラン様はどっちかって言うと」ニコライが言う。「芸術家というよりバリバリの体育会系っスもんね」

「音楽やるより剣の稽古してたほうが楽しいからな」

 エメが感心したように、ほお、と口を丸くするので、アランは得意げに張る胸を叩いた。

「ピアノはエメに分があるかもしれねーけど、ダンジョン攻略だったら負けないからな」

「アラン」

 ディミトリ公爵が呼ぶので、アランは振り向いた。ちょいちょい、とリカルドが手招きする。首を傾げつつ、行って来る、とエメに声をかけてアランはふたりに駆け寄った。

 その途端、会場にいた者たちが一斉にエメのもとへ集まって来た。目を丸くするエメに、おめでとうと言う者、ピアノを賞賛する者、はたまた祈りを捧げる者までいた。エメがいつもの明るい笑みを浮かべると、はう、ぐっ、と観衆の中からくぐもった声が聞こえた。

「みんな、遠慮してくれてたんスね」

 ニコライがおかしそうに言った。エメが友達と楽しそうにしているのを、会場中が邪魔をしないようにしていたようだ。ディミトリ公爵とリカルドは、それに気付いてアランを呼んだのだろう。


   *  *  *


 エメの辞儀でパーティは幕を閉じる。使用人たちはそのまま片付けに取り掛かり、騎士たちは詰所へ帰って行く。

 またな、と手を振るアランを見送ったエメは、充実感に満ちた表情をしていた。

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