7-4

「さて、エメ坊ちゃま、どの服にいたしましょう」

 部屋に帰るなり、ユリアーネが衣装ラックを引っ張って来た。いつも違う服が揃っているところは感心する。

「物理攻撃耐性というと、こちらかしら。でもこれではエメ坊ちゃまの可愛さを表現できないわ……。むしろ魔法攻撃耐性を上げる……のは意味がないわね」

 ひとりでぶつぶつと呟きながら、これでもないあれでもないとユリアーネは服を次々と手に取っては流している。エメが呆然とそれを眺めていると、長くなりそうっスね、とニコライが苦笑いを浮かべた。

 そこにエミルが入って来る。その手には服があった。

「僕が子どもの頃に着ていた服です。物理攻撃耐性がついています。まあ、エメに似合えば、ですが」

 エミルから手渡された服を広げ、まあ、とユリアーネは目を輝かせた。どうやら御眼鏡に適ったらしい。

「とても可愛らしいです! これを着た幼き日のエミル様はそれはそれはお可愛らしかったのでしょうね……」

 服を片手に天を仰ぐユリアーネに、ラースも苦笑する。彼がこほんと咳払いをするので、ユリアーネはハッとした。

「いけない、私の趣味ではダメですわ。エメ坊ちゃま、どのお洋服がお気に召しましたか?」

 エメはいくつかの服を眺めたあと、エミルの持って来た服を指差した。まあ、とユリアーネは頬に手を当てる。

「さすがエメ坊ちゃま! 審美眼がおありになるのですね。ええ、ええ。ユリアーネもきっとこれがお似合いになると思いますわ。では、さっそく合わせてみましょう」

 常に冷静沈着だったユリアーネはどこへ行ってしまったのか。これはこれで、ある意味では彼女らしさが出ていて良いのかもしれない。

 試着したエメを見ると、ほう、とユリアーネは息をつく。

「とってもお可愛らしいです……。さすが、エミル様。頭脳明晰なだけでなく服飾のセンスもお持ちとは……」

 ひとりで感激しているユリアーネに、母が買った物ですが、とエミルは極小さな声で呟いた。ラースとニコライは揃ってこの日最大の苦笑いを浮かべた。


   *  *  *


 翌朝、エメはわくわくしながら寝たためか、いつもより早く目が覚めた。もう一度寝るのはなんだかもったいない気がして、ベッドから降り靴を履く。また勝手に部屋を出るとラースに怒られるので、先に服でも着替えておこう。

 窓を開けると、昇り始めたばかりの太陽が薄く輝いている。涼やかな風が気持ち良い。そんな中で本を開いてみると、すこしだけ大人になれたような気がした。


   *  *  *


「失礼します。おはようございます――あら?」

 ユリアーネとラースがエメの部屋に入ると、なぜかエメが机に突っ伏して寝ていた。開いた本を下敷きにしている。

「なぜ机で寝てらっしゃるのでしょう。服も着替えて……」

「粗方、早く目が覚めたから本でも読もうと思って、そのまま寝てしまったんだろう」

 呆れてそう言い、ラースはエメの肩を揺さぶった。エメはぼんやりしながら起き、それからハッとして立ち上がる。寝てしまったのは本意ではなかったようだ。

「まあ、勝手に外に出なかったのは褒めてやる」

 ラースが頭を撫でると、エメは少し気恥ずかしそうに笑う。この表情を見るに、おそらく自分の予想は当たっているのだろう、とラースは思った。

「さ、坊ちゃま。支度をしましょう」

 とは言え、すでに着替えは済ませてあり、あとはリボンタイを結ぶだけだ。さすがにリボンタイを自分で巻くことはできなかったらしい。その前に顔を洗って来ましょう、と背中を押すユリアーネとともにエメは部屋を出て行く。

 ダンジョンデビューが楽しみで早く目が覚めてしまったのだろう、とラースは椅子に腰を下ろしながら考えていた。

 自分のダンジョンデビューはいつだったろうか、と思考を巡らせる。もう何十年か前のことだ。そのときのことはよく憶えていないが、おそらく自分も前夜は楽しみにしていたのだろうと思う。付き添いも含めて「冒険者の迷宮」に行くのはこれで何十回目になるため、自分のダンジョンデビューもそうだったかは憶えていない。

(……けっこう忘れるもんだな)

 エメもいつか、ダンジョンデビューのことなど忘れ一人前の冒険者として活躍する日が来るのだろう。もしくは魔法使いとしての素養を伸ばし、宮廷魔法使いになるという道もある。エメがどの道を選ぶかはわからないが、きっとどの道に進んでも目を輝かせているのだろう、と、なんとなくそんなことを思った。

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