7-3

 サンドイッチを黙々と食べるエメに、メイド長が頬に手を当てて感慨深そうに言った。

「ずいぶん食べられるようになりましたね」

「顔色もずいぶん良くなりました」

 エミルの言葉に、うんうん、とメイド長は頷く。毎日、エメのために試行錯誤を繰り返してきた彼女としては、彼が普通に食事を取れるようになったことが嬉しいのだろう。

「まるで子育てだな」

「親ってこういう気持ちなんですね」

 皮肉を言ったつもりのラースに、エミルが至極真面目に言うので、ラースは思わず苦笑いを浮かべた。

 賑やかな一団が食堂に入って来る。ベルンハルト団長率いる騎士隊だった。ベルンハルトはエメに気付き、おや、と穏やかな笑みを浮かべる。

「エメ、久しぶりだね」

 歩み寄って来たベルンハルトに、エメは辞儀をした。

「不自由はしていないかい?」

 エメが頷くと、ベルンハルトは安心したように微笑んだ。

「ラースは意地悪してこないかい?」

 ベルンハルトは冗談めかして笑う。エメもおかしそうに笑うので、ラースは苦虫を嚙み潰したような顔になった。

「あ、団長。お疲れ様です」

 ニコライが食堂に入って来て、簡素に敬礼する。

「やあ、ニコライ。元気そうだね」

「っス!」

 ベルンハルトは団長と言っても、アーデルトラウト王国国王直属騎士団は五つの小隊がある。ラースが一隊を担っているように、五つの小隊にはそれぞれの小隊長がいる。ベルンハルト団長が直接的に指示を下すことは、合同演習のときか出撃のときくらいである。しかし、騎士たちの中には確実にベルンハルト団長に叩き込まれた基礎がある。この国で騎士を志す者は、誰もがベルンハルト団長に憧れると言われている。

 ベルンハルトが去ると、ニコライが言った。

「クエスト、受け付けてきたっスよ」

「ああ」

「そのとき、ディミトリ公爵にお会いしたんスけど」

「……ああ」

「合同を申し込まれたんでお受けしといたっス!」

 あっけらかんとニコライが言うので、ラースは思わずひたいに手を当て深い溜め息を落とした。

「お受けしないわけにいかないっスからね~」

「どちらに行かれるのです?」メイド長が問う。

「『冒険者の迷宮』っス。最下位ダンジョンっスね」

 ダンジョンのランクには、上位、中位、下位と三種類がある。出て来る魔物の強さ、迷宮の複雑さなどで冒険者ギルドがランクを決めているらしい。下位の中でも最も簡単なダンジョンとされているのが最下位ダンジョンの「冒険者の迷宮」だ。迷宮とは名ばかりの簡単な造りのダンジョンで、魔物もランクの低い物しか現れないため、初心者が腕試しに行くダンジョンである。騎士が三人――それも高レベル――が行くような場所ではないが、経験値の浅いエメにはちょうどいいはずだ。

「冒険者の迷宮で」と、エミル。「スキルや魔法の獲得は無理でしょうが、ダンジョンデビューの経験値はそこそこ良いですからね。ステータス上昇が期待できます」

「出るのはポケットラットくらいっスけど、一応、物理攻撃耐性のある服を着てったほうがいいっスね」

「必要ないと思うがな」ラースは言う。「すでに加護で物理攻撃耐性は上がっている。ポケットラットくらい平気だろ」

「そうやって油断してると、痛い目見るんスよ」

 エメはサンドイッチを食べながら、そんな三人の話をわくわくしながら聞いていた。ダンジョンデビュー、それはエメの心を躍らせるには充分な言葉だった。

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