4-6

 貴族の令息を、使用人たちが使うような食堂に通すことは本来ならあまり好ましいこととは言えないだろう。しかしアランはそれでいいと言う。そのほうが気が楽だからと。

「まあ、アラン坊ちゃま」メイド長が顔を綻ばせる。「お久しぶりでございますね。ご健勝そうでなによりです」

「アダイラも元気そうだな」

 公爵家の屋敷が程近いこともあって、アランは何度も王宮に来ている。メイド長とも深い顔馴染みなのだ。

 メイド長が朝焼いたパウンドケーキと紅茶をアランに出した。エメの前には紅茶しか出されないので、彼は不思議そうに首を傾げる。

「エメは食べないのか?」

「先ほど食べたばかりですので」

 ラースが代わりに答えると、ふうん、とアランは呟く、

「お前の腕、細すだろ。ちょっとぶつけたら折れそうだ」

 アランの視線が腕に注がれるので、エメは少し顔を引きつらせた。あまり腕輪を見られたくなかった。固有スキルを封じるものだと、おそらくアランなら知っていると思ったからだ。しかしアランは腕輪を気にする様子はない。

「男なんだから、たくさん食べて大きくならないとだぞ」

 エメはどこか困ったように笑う。

「ラースの弟なら、将来は騎士になるんだろ?」

「弟は魔法使いです」

「ふうん。でもお前、体力なさそうだな」

 そんなことない、と言うようにエメは肩の高さで拳を握り締めるが、アランは彼の二の腕をむんずと掴んだ。

「こんなに細っこくて生きていけるのかよ」

 エメはまた眉尻を下げて笑う。アランの言う通り、エメは体力がなく一日を過ごすだけでも一苦労だ。魔法使いは体力値より魔力値を伸ばしたほうがいいとエミルが言っていたが、体力値も大事だとニコライは言っていた。実際、冒険に出るときには体力が必要になるだろう。

「俺、このあいだダンジョン攻略していたんだよ。下位だけどな。だからモンスターはあんまり出て来なくて、父様に戦力を証明することができなかったんだ」

 エメが興味を惹かれたらしいことに気付いて、アランはダンジョン攻略のことを嬉々として話す。エメは時々こくこくと頷いて、その話に聞き入っていた。


   *  *  *

 それから一時間ほど経って、ディミトリ公爵とリカルドが戻って来た。帰るぞ、とアランに声を掛けると、エメもアランも残念そうな顔をした。しかし、ただの貴族である彼らが用もないのに王宮に長居することはできない。アランは少し不貞腐れたような顔になりながら立ち上がる。

「じゃあな、エメ。またな」

 手を振り食堂を出て行くアランの背中が見えなくなると、エメがへなへなとテーブルに突っ伏した。

「体力がなくなるまで遊ぶんじゃない」

 呆れて言いながら、ラースはエメを抱き上げる。サバと遊んだことに加え、アランとお喋りを楽しんでいたため、エメの体力が尽きかけているのだ。

「ま、それだけ楽しかったってことっスよ。子どもらしく楽しそうにしてるのを見ると、こっちも嬉しくなるっスね」

 ニコライの意見には同意するが、体力が尽きかけるまで堪えるのは褒められたものではない。ラースに抱え上げられたエメは、ぐったりと彼にもたれかかった。


 エメはベッドに入るとすぐ寝息を立て、そのまま朝までぐっすりと眠り続けた。心配したユリアーネがたびたび様子を見に来るが、その物音でもみじろぎひとつしない。よほど疲れてしまったのだろう。

 ベッドのそばの椅子に腰掛けたラースは、昼間のことを思い出していた。アランは齢十。子どもにしてはとても思慮深い。さすが公爵家だ、とそんなことを考えていた。

 エメにとっては初めての友達だ。アランが貴族らしく業突く張りな子どもだったら、エメから遠ざけていただろう。しかしあの公爵の教育で性格のひん曲がった子どもになるとは思えない。もし他の貴族の子どもと同じような、財力自慢をするような子どもだったら、エメも仲良くなりたいとは思わなかっただろうが。

 ラースとて、エメの心の傷を癒せるなら誰でもいい、というわけではない。エメは幼い。自分の領域に入れることを許す人間を選べないかもしれない。エメの初めての友達がアランでよかった、とラースは思った。

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