4-5
「お前、いくつだ?」
「十二歳です」
アランの問いかけに、エメの代わりにラースが答える。
「俺より小さいな。俺は十歳だ」
「アラン様がでかいだけです」
「おい! ラース! 俺はそいつに話し掛けてんだぞ!」
どぎまぎと手を組んだり離したりしているエメを指差して、アランが語気を強くして言う。
「失礼しました。エメは声が出せないもので」
ラースの言葉に、アランは少しだけ面食らったような顔をしたあと、ふうん、と小さく呟く。ラースは、エメが身構えたのがわかった。声を出せないことで何かを言われるかもしれないと思ったのだろう。しかしアランは何を言うでもなく、サバのリードを手にする。
「サバと遊ぼうぜ。来いよ」
そう言って、アランは中庭の奥に向かった。この先はサバが駆け回るために広くなっている場所がある。
エメは遠慮がちについて行く。アランは肩掛けの布のカバンを地面に放り、その中から平らな丸い板を取り出す。
「これはフリスビーっていうんだ。見てな」
得意げに言ったアランが、フリスビーを投げた。すると、嬉しそうにしながらサバがそれを追い駆ける。高度が低くなったところで飛び跳ね、フリスビーを口で捕まえた。それをくわえ自慢げにアランのもとへ持って来る。
アランがまた投げると、サバは楽しそうに追い駆け、同じように口で捕まえて持って戻って来た。
「簡単な遊びだろ? お前もやるか?」
アランが問いかけるので、興味を惹かれていたらしいエメは頷いた。フリスビーを受け取り、えいや、と言わんばかりに投げる。しかしそれはうまく飛ばず、彼らのそばに落下してしまう。サバも不完全燃焼という顔をしている。
「俺のお手本をしっかり見てな」アランはまたフリスビーを手にする。「こう持って、助走をつけて投げるんだ」
アランの飛ばしたフリスビーは勢いよく飛んで行く。サバは捕まえたそれを、誘うようにエメに差し出した。
「いいか? 持ち方はこうだ」
アランはフリスビーを持って見せる。エメは見よう見まねでフリスビーを握り再び投げるが、ひょろひょろと飛んですぐ地面に落ちる。サバがそれを拾い、エメのもとへ持って来た。励ますような顔をしているような気がする。
「握力と腕力がなさすぎだな。フリスビーはやめようぜ」
そう言ってアランはフリスビーをカバンにしまい、別の物を取り出した。ゴムボールである。
「これなら簡単に投げられるだろ」
アランに差し出されたゴムボールを少し見つめたあと、えいや、と空に放る。飛距離は出ないもの、フリスビーよりは遠くに飛んで行った。サバが嬉しそうにそれを追い駆け、地面に落ちたボールを口にくわえる。尻尾を振りながら戻って来て、エメにボールを差し出した。
しかし、エメは受け取っただけで投げるのをやめる。
「坊ちゃん方、お茶にしないっスかー?」
ニコライが明るい声で言った。ラースも、これ以上にエメがボールを投げるのを止めようとしていた。おそらく、エメはかなり疲れてきている。ニコライに薄く微笑んで見せるが、ひたいには汗が滲んでいた。
ラースがエメを抱え上げると、アランは首を傾げる。
「いつもそうやって運んでるのか?」
「エメは体力値がかなり低いんです」
「ふうん」
深く追及してこないところは、さすが公爵家の令息といったところだろうか。踏み込む領域を見極めているのだ。
ラースは、貴族というものにあまり良い印象を持っていない。貴族が口にすることと言えば、まずは財力自慢だ。親はもちろんのこと、その子どもも親の財力をさも自分のものかのように語る。財力がなんだと言うのだろうか。
その点、ディミトリ公爵家が財力自慢をすることは一切ない。公爵家には財力自慢する必要がないほどの実力がある。それは公爵家を知る者はすべからく認めていることだ。しかしディミトリ公爵はそれに驕ることもなく、家業での実績を着実に伸ばしている。だがその権力は、王家には匹敵しない。匹敵しないように、ディミトリ公爵がうまくやっているのだ。王家に匹敵してしまうと、快く思わない者が出てくる。ディミトリ公爵家にとって安易に敵を作ることは得策とは言えない。それをうまくコントロールすることが、ディミトリ公爵の実力を証明しているだろう。
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