第三話 彼女を苦しめたのは俺だ、だから、許すしかないと分かってる。
羽生田護
大好きな人がいる。一緒にいると幸せを心の底から感じる事が出来て、俺はこの子と結ばれる為に生まれてきたんだって実感出来てしまう程に、惚れてしまった人がいる。
少し遅刻気味で学校へと向かった俺は、正門前の桜の木の下で彼女と出会った。
身長の高い彼女がピンクの花弁に包まれながら、その場に立っている。
白く長い指で髪を梳く、それだけなのに、とても絵になった。
自転車を停めて魅入っている俺に対して彼女は微笑むと「遅刻するよ?」と一言。
「あ、す、すいません! 先輩ありがとうございます!」
「先輩……? ふふ、そうだね、急いで新入生君」
「は、はい!」
情けない事に、これが俺の彼女とのファーストコンタクトだった。だってしょうがないだろ? 身長は俺よりも十センチくらい上だし、雰囲気からして大人びてたんだから。俺は立ち漕ぎで駐輪場へと向かい自転車を停め、全速力で教室まで向かったんだ。
一年二組の教室、そこに正門の彼女はいるはずもなく。
淡い恋心を胸に秘めていると、唐突に教室が盛り上がった。
「私は、
入学式を終えた自己紹介の時間に、告白をした女子がいた。
告白というか、告知? 情報公開程度の認識かもしれない。
凄い事をする人もいるもんだと、お陰様でその子の名前は一発で覚える事が出来た。
少し波がかった髪を肩まで伸ばした、少しきつめの子。細くて繊細、けれどもどこか上品な感じがする。雰囲気的には、今朝の
早速みんなの注目が
……凄いと思った。
同じ高校生なのに、ここまで進んでる奴等がいるのかと。
「ああ、保助と桜さんだろ? あの二人は昔っからずっと一緒だぜ?」
「そうだな、今朝の発言だって中学生の頃からだから、俺等からしたら別にって感じだよな」
「羨ましくはあるけどな……俺も彼女欲しいわ」
同じサッカー部希望の奴等から仕入れた情報を耳にして、どこか腑に落ちた感じがした。
中学の頃から付き合っていれば、既に何年という月日が経過している。
そこに恥じらい等は既に無く、成熟したカップルなのだと。午前中で終わった高校生活初日は、保助と桜という二人のカップルの存在に、ただただ圧倒されるだけで終わった。
そんな胸熱な気持ちのままの翌朝、俺は彼女と再会することとなる。
正門付近で満開な桜を見つめる彼女との再会は、デジャブを感じてしまう程。
「どうしたんすか、先輩」
「……ん? あ、君か。ううん、単純にね、桜が綺麗だなって」
かなり勇気を振り絞って声を掛けた。それこそ心臓が痛いくらいにドキドキしてるし、無駄に自転車から降りてカッコつけようとしてるし。口がムズムズするし、自分が自分じゃないみたいだった。
声を掛けた内容を頭の中で何度も反芻して、更には彼女が語り掛けてくれた言葉の解を必死に模索して。会話を続けるには何を言えばいいか、先輩の気を惹くにはどうすればいいか、何を言えば喜ぶのか。ミキサーの様に必死に混ぜ考え抜いた結果、俺の頭は暴走する。
「……先輩の方が綺麗っす」
随分な言葉だったと思う。何でこんな言葉が出たのか分からない。
でも、それしか思い浮かばなかったんだ。それ程に彼女は綺麗だったし、可愛かった。
ショートカットの前髪から覗く瞳が少し大きくなった後、彼女はくすっと笑う。
その笑いが段々と大きくなっていって、しまいには口元を押さえてしまう程。
嬉しかった、可愛い彼女が笑ってくれて、心の底から嬉しかったんだ。
「あは、あはは、ごめん、笑うつもりは無かったんだけど」
「べ、別にいいっすよ。笑ってる先輩も可愛いっすし」
「ふふ、あはははは、うん、ありがとう、ふふ、ヤバイ、ちょっと、止まらない」
「先輩、結構な笑い上戸だったんすね」
「えへへへ、あはは、ち、違う、ごめん、ごめんね。あのね、私、同級生だよ」
お腹を押さえながら、ごめんねを繰り返し笑う彼女を見て、すこーんと何かが抜けた感じがた。同級生、確かに思えば、入学式の日に上級生がいるはずがない。自宅学習という名のお休みなはず、何故それを失念していたのか。
「ウチの高校、学年別に分けてるのが上履きの色くらいだから、分からないよね。ご、ごめん、ふふふ、先輩だから気を使ったんだよね、ごめん、本当にごめん、くふふ、あはははっ」
ひとしきりに笑った後、涙目になりながら彼女は自己紹介してくれたんだ。
桜に負けない、満面の笑みを浮かべながら。
「私、
怒ったとか、ムカついたとか、そういう感情じゃない。
先輩だからとか、気を使ったとか、そういう勘違いのまま終わるのは嫌だったから。
「……俺、別に年上だからって気を使った訳じゃないっすよ」
「いいって、そんな」
「綺麗な人に綺麗って言って、何もおかしくはないはずっす。一発で惚れちまったんすよ、せんぱ……違う、楓園さんに、俺は一発で心の底から惚れちまったんだ。付き合って下さい、俺、生まれて初めて一目惚れしちまったみたいなんです」
なんで二回会っただけで告白なんかしてしまったのか。
多分、上奏寺さんに毒されてたのかもしれない。
同年代でもお付き合いしている人はいる。
同年代どころか、あの二人は中学からずっと付き合ってるんだ。
一目惚れのイキナリの告白が上手くいくはずがない。
もっとお互いを知って、それからの方が良いに決まってる。
でも、もう告白してしまった。変えられない、このまま行くしかない。
断られても、逃げられても、俺は楓園さんを追い続けるしか――
「……ふぅん、そっか。いいよ、お付き合いしても」
「そ、そうっすよね、イキナリの告白とか迷惑でしか――え?」
「でも私、結構浮気魔だよ? それでもいいの?」
「う、浮気魔って……いいっすよ、俺は絶対に浮気させないっすから」
「いいんだ、変な人。ふふ、やっぱり君って面白いなぁ」
どこまでが本気で、どこまでが冗談か分からない告白劇。
美結は数歩俺に近づくと、黒曜石の様な瞳を輝かせ、覗き込むようにしてこう言ったんだ。
「ねぇ、結局貴方の名前は何ていうの?」
名前も知らない男の告白を受け入れる美結の事を、その時の俺はただ単に運命だと思い込んだ。俺の想いが美結の心を揺さぶって、それでOKという返事を美結の口から出す事に成功したんだって。何の根拠もない自信と共に。
バカだったと思う。
浮かれてたんだと思う。
それから数日もせずに、俺は上奏寺さんと同じ事をした。
一年二組の教室で自信満々に馬鹿面をぶら下げながら。
俺は六組の楓園美結と付き合っていると宣言した。
喜ぶと思ったから、少なくとも、俺の心の師匠である保助と上奏寺さんの二人は、それで笑みを浮かべていたから。同じ土俵に上がりたかったんだと思う、どこか有頂天になってたんだと思う。
でも、俺のその浅はかな考えは、結果として美結を苦しめる事となった。
「いきなり公表とか、されると思わなかった」
眉を顰める彼女を前にして、俺は何も言えず。
聞けば俺の公表は瞬く間に学校中に知れ渡り、六組の彼女の下へと数多の女子や、物珍しさから他学年の男子生徒が見学にやってきたのだとか。まるで動物園の動物を見る様に、腫れ物を見る様な視線を美結へと浴びせかけたらしい。
あの公言は、上奏寺桜と備前章保助だから成り立っていたんだ。
降って湧いた様な俺と美結とで成り立つものじゃない。
その日の美結がどれだけ傷付いたのかは、俺には分からない。
けど、いつかはその傷だって癒える時が来る。
師匠である保助に助言を貰いながら、俺はただその時を待つ。
例え、保助と美結が浮気していると知っていても。
――
次話「誘惑の言葉はとても魅力的で、僕にはそれが喉から手がでえるくらいに愛しいものだったんだ」
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