第3話 幽霊

 冬季オリンピックの頃にはじまったこの戦争は相変わらずだった。オリンピックの終わりと共に隣の国がぼくの国に攻め込んできた。空挺作戦で首都の大統領を仕留める斬首作戦を仕掛けて48時間で戦争が終わるはずだったらしい。しかしそれはあまりにも楽観的で、その作戦自身が筒抜けに漏れていた。西側は対地監視レーダーと偵察衛星といくつもの傍受システムで作戦を見破り、なおかつ西側出身の傭兵たちが大統領のボディガードとして活躍、斬首作戦も暗殺計画も一蹴した。

 そのあと隣国は主力を投入してきた。春までに戦争を終えないとぼくらの国は歴史に残る泥濘の農業国なのでたいへんなことになる。だがそれも上手く行かなかった。ぼくらの国の首都は空爆とミサイル攻撃を何度も受けたがそれでも耐え抜いた。放送塔やショッピングモールすら破壊されたが、それでも屈服はしなかった。


 そして冬の終わり、春のはじまりの頃、彼らは首都制圧を諦めた。制圧に向かわせた彼らの部隊が徹底的に痛めつけられ、戦闘不能になったからである。道路を進んだ彼らは補給を執拗に妨害されたために弾も燃料も尽きた。彼らは補給を求めたが、道路の脇の森林は我々のものだった。そこに隠れてドローンを使いながら彼らの補給線を寸断させ、車列もわざと渋滞するように攻撃した。その結果大部隊が弾も尽き飢えてもなお後退もできない危機に陥った。まるで絵に描いたような成功だった。それもそのはず、我々はドローンも車列の情報も車列をどう動かすかの彼らの通信も全て自由に使えたし、西側は戦車はだめでも高性能対戦車ミサイルを山ほど供給してきたのだった。そしてぼくらの国の国境ギリギリに西側各国は対地レーダー偵察機と空中管制機を貼り付けさせ、その情報を我々に流していた。彼らがそれを追い払うとしたら第三次世界大戦ものなので、その結果彼らは何をするのも筒抜けとなった。この時点で勝利は不可能なのだが、彼らの国で戦争を決意した指導者はそれを理解しなかった。「バカな大将敵より怖い」と言うがまさにそれだった。


 春が訪れた。彼らはまだ侵略を続けていた。ぼくらの国の南側に彼らのかつて占領した要塞半島がある。そこには凍らぬ軍港があり、彼らの3つの艦隊のうちの1つがそれを母港にしている。彼らはその要塞半島が飛び地になっているのを地続きにしようとし、半島と彼らの国の間の南に土地を占領しようとした。


 ぼくらの国の軍隊に札付きの柄の悪い連中がいる。ネオナチだのと言われ、かつてぼくらの首都が政治の混乱で無法地帯になったときに自警団をやった連中だ。正直好きではない奴らだが、彼らも戦争に参加し、その南の土地の攻防で、包囲された製鉄所の地下に要塞を築いて最後まで抵抗していた。柄が悪い奴らだったが、こうして思い返すと良いところもあったのだ。なによりも侵略者と対峙してると大抵の悪事は些末になる。彼らは徹底的に抵抗したが、弾が尽きて降伏した。彼らはその降伏した彼らを使ってプロパガンダをやりまくった。悔しかったが我々の国もプロパガンダしてるのもわかっていた。それが戦争だ。


 そんな不利の中、ぼくらは一つの計画に参加していた。彼らとぼくらで争うぼくらの国の空の制空権争いで、ぼくらの国の防空システムと空軍は早めに壊滅させられることを覚悟していた。だがそうはならなかった。西側各国の情報で彼らの動きが全てわかっていた上に西側の空中管制機が支援してくれたため、ぼくらの空軍は大活躍したのである。特に首都上空では幽霊と呼ばれるエースすら誕生した。

 だが彼らも必死だった。航空戦力で圧倒しようと何度も攻勢をかけてきた。だがそれも筒抜けにバレていたため、成果を得られず逆に貴重な熟練パイロットを失うこととなった。

そこで彼らがつぎにやったのがミサイル巡洋艦を使うことだった。それには長射程対空ミサイルがあり、ぼくらの国の上空をその射程に入れている。沿岸までよらないといけないにしろ、そのミサイルはぼくらの空軍を脅かしていた。

 だが信じられないことに、その艦…彼らはそれを艦隊旗艦にしていた…を作ったのはぼくらの国の南要塞半島の造船所だった。要塞半島は彼らのものになったが、それを機能させる造船所はぼくらの国のものなのだ。だから、その艦の細かい設計から施工、そして…重大な弱点もぼくらにはバレていた。近接防御機関砲に死角があり、そこをミサイルで精密にトレースされると迎撃できないのだ。普通は気付かないし、気付いてもそんな上手く狙うのは無理だ。

 ぼくらはやった。地上発射の対艦ミサイルを使い、ドローンと西側の偵察衛星と大型偵察無人機の情報を組み合わせてその死角を突いた。そして彼らの旗艦、大型防空ミサイル巡洋艦は大破、撤退して入港修理しようとしたものの曳航にも失敗して沈没したのだ。

 かれらの大醜態だが、彼らはそれもプロパガンダで誤魔化そうとした。


 そして戦いは夏を迎えた。ぼくらには彼らを許さない気持ちと体力はあったが、戦車と弾薬と砲兵火力がたりなかった。それがなければ前進できない。だが彼らも戦車装甲車を多く失い、弾も食糧も不足、そしてなによりも戦う意義もわからず士気はどん底だった。それにアタマにきて彼らの一部は部隊ごとぼくらに投降するほどだった。弾も足りなくなり、ちゃんと当たらないと知ってても都市への対艦ミサイル攻撃をやるようになった。もはや無差別攻撃で非難されるべきものなのだが、彼らの国は避難しない仲間の国に頼ることにしたのでなんの問題もないらしい。その仲間の国はすぐわかるほどのろくでもないならず者国家、国際社会の嫌われ者揃いだった。それでも彼らはやっていけると豪語し、ぼくらもいつの間にか何年もこの陰惨な戦争が続くのだと悲しい気持になっていた。


 そんな夏を越え、秋になった。

 ぼくは司令部によばれた。

「シェリー少佐は家族はいなかったな」

 シェリーとはぼくのことだ。

「そうです。せいぜい別れた嫁がいるぐらいで、気楽な一人暮らしです。でも、と言うことは家族持ちにはできない任務のために私を呼んだんですか?」

 司令の眉が上がった。

「違う、と言いたいが、残念ながらそれだ。相変わらず察しの良さはさすがだな。少佐、君に特別な任務を付与する」

 プロジェクタに資料が映される。

「完全極秘だが、我々はこの秋、攻勢に出ることとなった。目標はここ、川で挟まれたこの街だ。現在の戦線から50キロ先にある交通の要衝だ」

「そんな上手く突入できますか?」

 私もさすがに声を上げてしまった。一気に敵前線を食い破るだけでなくその後ろを蹂躙してしまうことになる!

「そのために大統領も南の要塞半島の奪回とか欺瞞情報をまいている。敵が南の要塞半島を1度捨ててでも我々の攻勢を阻止しようとすれば、この作戦はなしだ。だが」

 司令は黙った。

「なるほど、敵は要塞半島と言う持ち駒可愛さに判断を間違えれば王のはずの補給路となっている要衝を失い、なおかつ我々の戦術機動でその近くの前線の部隊が包囲される」

「そういう事だ。この作戦は今極秘に進めている。戦車の数を揃えるのが大変だったが」

「えっ、戦車?我々持ってました?持ってるならもっと戦いやすいはずなのに」

「このために温存してたんだ。すまない」

「そうですか……でも案外、情報統制も機能してますね。私それぜんぜん気付かなかった」

「そこはわが国の士気の高さが可能にしてるんだ。侵略者を許さないという気持はまだ途切れてない。だが、この攻勢、成功しても失敗しても地獄だ」

「どういうことです」

「失敗したらせっせと増やしながら温存してきた戦車機甲部隊を失う。戦争がさらに長く続くことに」

「では成功したら?困りますか?」

「成功したら、敵さんは核か化学兵器を使って逆転を狙うかも知れない」

「馬鹿げてる」

「普通はそんな事しない。自国の領土までそれで致命的に汚染される。愚行の中の愚行だ。ただ、普通にそう考えるならそもそも最初からこんなバカな戦争をはじめないだろう」

「そういう事ですか」

「ああ。君にはそこで、敵の核あるいは毒ガス作戦を阻止して欲しい。敵の戦線の後ろに侵入しての作戦になる。困難だが」

「いつものことなので問題ないです」

「そう言ってくれると期待してたよ。我々は他に手段がない。また敵戦線の深く後ろなので作戦失敗でも救出はほぼ無理だ」

「でしょうね」

 こうしてぼくのミッション:インポッシブルがはじまるのだった。


「少佐!」

 小柄な兵士が格納庫から出されようとしているヘリを背に声を上げている。

「また一緒の任務だな」

「嬉しいです。同じ困難な作戦でも少佐とならやれると思う」

「そうだと良いんだが。でもこのヘリ、よく使えることになったな」

 ヘリは形状に西側の設計らしさがあちこちにあるが、それでもここまで資料でよく見かけるヘリのどれにも似ていない。テールローターはなくエアの吹き出し口が太い後尾に開いている。ノーズにはこの手の特殊ヘリによく見るセンサーヘッドはない。センサーは全て埋め込み式にしたらしい。

「米軍の暗殺作戦用らしいです」

「米軍がこっちにこっそり持ってきてたけど、まさかこのためとはなあ」

 その時、ヘリの中から佐官の階級章をつけたフライトスーツの女性が出てきた。

「今回の作戦、極秘に我々米軍も参加します」

「それではなにかあったら第三次世界大戦になるのでは?」

「まさか」

 彼女は手元のクリップボードを見ながら答えた。

「そんなものはとっくにはじまってる。大統領も口では否定しててもそう考えるのが普通だし」

「…そうかも知れないな」

「作戦開始は攻勢の開始と同時です。我々米軍が化学兵器・核兵器の運搬・使用前整備の徴候を分析、もしそれらがあればそれを阻止する。それが作戦目標です」

「最近のFPSゲームみたいに行かないとは思うけど、そうやらなくちゃいけないわけだ」

「ええ」

 その目の前にそびえる大格納庫に彼女は悲しい眼になった。

「まだあれ、残骸なんですね」

「ああ」

 世界で一番大きな飛行機として世界で愛されていた我が国の輸送機がそこで残骸を晒している。敵軍に破壊されたままなのだ。

「クラファンで修繕費を集めてるって言ってたけど、どれぐらいあつまったのか」

「集まってもクラファンの運営の取り分が大き過ぎる」

「金持ちってそういう事しかやらないもんな」

 彼女は頷いた。


 基地で最後の食事を取っているとき、味方機甲旅団が前進を開始したと知らされた。ついに「9月攻勢」がはじまった。

「行こう」

 ぼくら大量破壊兵器捜索チームも特殊任務用ステルスヘリに乗り、上空から敵の最後の切り札を仕留める任務に入った。偵察無人機と偵察ドローン、そして偵察衛星が捜索を支援してくれるし味方管制機が進撃を調整してくれる。そしてヘリパイロットも練度が高く、難しい匍匐飛行をやすやすとこなしている。

「正面に風力発電塔!」

 巨大なプロペラを回す塔を回避する。

「それにしても活動中の敵機がやたら少ない。なんでだろう?」

「最近使い始めたこっちの長距離ロケット砲でもそこまでは攻撃できないはず」

「向こうも温存策か?くそ」

「いや」

 一人が言い出した。

「俺たちみたいなチームがあと5つある。そのほとんどが今稼働してる」

「そういや先月、要塞半島の敵基地の謎の爆発で敵航空機がかなり破壊されてた!」

「あれと同じことをまた?」

「多分な。情報筒抜けだから、こっそり接近して援助で渡された自爆ドローンを突っ込ませれば」

「そうだったのか」

「なにしろ周りの住民は敵に反感持ってるのがほとんどだ。敵国よりの思想だったとしてもこの戦争のやり方にはみんな憤ってる」

「まったく、バカな戦争しやがって」

「ああ。だから、これで終わらせるんだ」

 ヘリの中で口数が増えている。みんなアドレナリンが回ってきているのだ。

「味方機甲師団が交戦中。敵の抵抗が少ないとの報告あり」

「敵さん、南の方に主力を持って行っちまったんだな」

「うちの大統領も南南って演説しまくってたからな。策にまんまとハマったんだろ」

「俺、うちの大統領が時々タイムリーパーに思えてくる」

「実はぼくも。あんなに上手く行くなんて、今後の歴史教科書に載ること必至だ」

「だよなあ」


 この特殊作戦ヘリにはデータリンク装置が搭載されている。それによって近傍の敵と味方の存在が地図上にプロットされ、まるでテレビゲームのように一覧できる。

「味方機甲旅団、敵前線を突破。前線の後ろの補給部隊や砲兵を蹂躙しながら作戦目標に向けて機動中」

「敵は散発的に抵抗するのがやっとのようです」

 ぼくは息を吐いた。

「このままぼくらが敵を包囲殲滅したところで、敵国は変わらんかもな。またプロパガンダで誤魔化してまだ負けてない、って」

「そうかもなあ。このまま敵首都まで進撃してもまだ首都を移動して戦い続けるかも。ゲームじゃあるまいし、勘弁して欲しい」

「ゲームだったらとっくの昔にゲームオーバーになっていそうだけどな」

「敵の大統領、部下にまで「てめーの負けだ!」って言われてるらしいけど、そういうのを片っ端から投獄してる。おかげで監獄が満員になってるって」

「狂ってる」

「このまま我々は機甲旅団の進撃路を迂回して敵の深部に突入、その途中で野営を実施する」

「今のところ上手く行ってるけど、その野営がヤバいな」

「でもやらないと味方機甲旅団の進軍とタイミングが合わない」

「致し方なし、か」


 ヘリは前もって選定されたランディングゾーンの安全を確認して着陸体制に入った。だがそこに人影がある。ぼくらに緊張が走るが、ヘリのパイロットが「味方だ。スリーパーだ」と抑えた。そう、我々の国も敵の後方にこういう潜伏協力者を送っている。特に敵と我々は人種が近く顔立ちだけで区別するのは困難だ。それなのに人種と文化が違うと言い出してそれを保護すると言う目的でこの「特殊軍事作戦」と名付けた戦争を始めた敵大統領に本当に恨みの念が浮かぶ。

 スリーパーはヘリの膠着を見届け、少し合図するとどこからともなく消えていった。僕らは偽装網でヘリを隠した。

 一晩ここに潜伏、休息する。これ以上早く進撃しても無駄だし、ヘリを真夜中に飛ばすのはリスクが大きすぎる。必要ならそうするが今はその必要は無い。無線をこちらからは封止し、データリンクを見守りながら僕らは歩哨の数名を残して眠る。野営の上、周りは全て敵という敵地では怖くて眠れないと思うのだが、ここで眠らないと先が危うい。かといって睡眠剤を飲むわけにもいかない。つらいが、これが終わったらたっぷりベッドで眠るんだと思って仮眠する。


 特殊部隊の朝は早い。日の出前に偽装網を格納し、ヘリを離陸させ更に敵勢力圏の深部に進撃する。

「一日で20キロ進んだのか」

 味方機甲旅団は快進撃を続けていた。個人端末で受信したその映像に僕らは見入った。

 敵戦車がその上に乗った味方兵を振り落としながら目一杯の速度で走り、その最後にハンドル操作を間違えて大木に激突する映像だ。まさに敗走の姿だった。通常の負けであれば味方の退却を支援すべく、損な役割ではあるが殿(しんがり)となって追撃側に抵抗する者がいるはずなのだが、それすらもないという。まさに前線が総崩れし、統制が効かなくなっているのだ。まさに断末魔……。敵味方ではあるが同じ軍人、見ていてやったと味方を褒めるだけで無く、負けるときは哀れなものだ、そして我々も間違えればああなるのだと思い、気持ちはいいようのないものになった。これも戦争なのだ。

 ヘリで更に進撃する。今のところ敵の防空網に察知される兆候はなさそうだ。しかし更に敵地の奥に進むことで息が詰まってくる、かといってこの揺れるヘリの機上で装備品の点検をするのはリスキーだ。うっかり装備の小物を落としたら最悪ヘリの機外に吸い出されかねない。余計なことをしないのも大事だ。


「注視!」

 ヘリの機長が声を上げる。データリンクを見ると、それに合成された表示に『核砲弾』の表示が現れていた。まだ敵国の奥深くだが、これが輸送される先は……崩壊した前線!?

「この核砲弾を追跡し、必要に応じて『処理』する」

「了解」

 ヘリはその核砲弾を運搬する鉄道列車に向けて力強いスキュードローターの羽ばたき音都ともに進路を変えた。

「衛星情報だと核砲弾運搬列車は鉄道の本線を最優先で進んでいる。やっかいなのはこれ」

「ナンダこりゃ」

「2基の対空機銃を搭載した車両が列車の2カ所に連結されている」

「装甲列車だ。時代錯誤も甚だしい」

「でも考えたかもしれない。ヘリンボーンには易々と屈せずに済む。鉄道輸送を護衛するには今も昔も戦車より装甲列車だ。だから敵さんも装甲列車連隊を復活させてたんだろう」

「どうします?」

「どうします、って…やるしかないさ。でなきゃ3発目の核攻撃が我々の国でやられることになる」

「やりますかね。やれば連中の国土もヒドく汚染されるし戦争の勝敗を覆すことも出来ない」

「その判断が出来たらそもそもこの戦争は始まってないさ」

「そうですけど」

「高高度無人偵察機が急行して詳細情報を取得するそうです」

「偵察ドローンは」

「ヘリ2号機が稜線に隠れて進出させます」

「隊長、やるとしたら」

「アレを使うしかないだろうな」

 彼はうなずいた。

「準備に入ります」

「頼んだ」


 全員、個人装備に身を固めた。もともとぼくらも敵と同じ東側陣営だったので装備品は似たものが多いが、そのなかで西側の装備品を取り入れるようになった。現実的にはぼくらは今や西側陣営の一員になりつつある。西側陣営の拡大を阻止するのも敵国大統領の叫んだこの戦争の目的だったが、それは完全に失敗した。僕らはどうやっても敵と一緒にはならない。この戦争で彼らがいかに残忍かを学んでしまった。これは向こう数百年覆ることはない。まったく愚かな判断だが、典型的な独裁者の陥る罠なのだろう。恐怖による支配が良い結果に結びつくことは歴史上まずないし、それにぼくらが同情する理由は全くない。

 ぼくらはたとえ殺されても最後まで魂の自由を捨てることはない。もちろん自由はしばしば苛立たせられたり悲しい対立を生むが、それでも専制独裁よりずっとマシだと思う。特にヒドイ国では公開もしていない自分のPCの中のメモの段階から検閲するという。そんなところで生きて何が楽しいものか。それでもそういう国では自由もほどほどになどという映画スターが大手を振っている。くそったれ。拳法映画を幼い頃見て彼のファンだったが裏切られた感がすさまじい。ふざけんな。

「IPはここ、ここ、ここ。IP到着後3号機が前に回り込んで列車を止め、2号機が列車後方を攻撃して動きを止める。そして1号機と2号機で攻撃開始。核砲弾は1号機で回収する」

「回収するのか」

「しなきゃ使われる。作戦目標は核砲弾の使用阻止だ。最低でも核砲弾を破壊しなければならない。でも状況が許せばその上、奪い取りたい。そうすれば敵さんが核砲弾を使おうとしていたことが国際的にはっきりする」

「そうだが」

「敵もそれはわかってると思う。強力な抵抗が予想される。だが、核を使わせないためにはこれしかない。諸君の奮闘を期待する」

「はい!」


 鉄道線路がちょうどこの近くで川を渡る橋にさしかかる。3号機がその橋にロケット弾を撃ち込む。繊細だが雄大な鉄橋はそのミサイルでトラスの交点が破壊され崩れた。とはいっても橋はその一カ所が壊れただけでまだ残っている。工兵隊がすぐに修繕してしまえるレベルだ。そして装甲列車はだいたいその工兵を搭載している。一見装甲列車は航空攻撃に脆弱に思えるが、線路も鉄道施設も航空機では狙いが難しく簡単に破壊できないし、したとしてもすぐ修繕される。かといって装甲列車そのものも一般に思われる容易な空爆の標的ではない。自衛火力はやっかいだし、線路上しか動けないとはいえその速度で照準は難しくなる。少なくとも戦車よりは速く動く目標なのだ。もちろん無敵の兵器では無いし空爆には抵抗できるといっても跳ね返すことは出来ない。だが陸兵、特に鉄道輸送を妨害するパルチザンにとっては忌まわしいほどの強敵なのだ。彼らの使える爆薬での破壊工作を易々と修復するうえに火力で彼らを圧倒する。逆に言えばそういう類いの敵の現れるところに装甲列車は配置される事が多い。

 崩壊したトラスは2つ、鉄骨が倒れたがそれの支えていた線路はほとんど壊れていない。がれきが落ちて通行を妨害しているが交通を遮断するには足りない。だが列車は警笛を鳴らして減速した。安全確認をするのだろう。うずたかい丘の稜線からセンサーを出して偵察しながらタイミングを計る。同時に3号機が列車の後退を阻止しようとしている。あ、あれは保線基地だ! それにミサイルを放つ。保線基地への引き込み線への分岐器を狙ったミサイルは画像誘導で精密に分岐器のレールの交点、フログレールを吹き飛ばした。これで列車はこの分岐部分を脱線せずに通過することが出来なくなり、装甲列車は袋のネズミとなった。それに気づいた敵が銃座から対空射撃を開始した。だがこちらの姿が見えている訳ではなさそうだ。無駄弾ではあるがそれを撃たなければ有効弾も打てないのが機銃というものだ。その弾幕の遙か下を匍匐飛行しながらヘリが自爆ドローンをランチャーから打ち出した。それはミサイルよりも遅いのだが機銃で撃ち落とすには小さすぎて阻止しにくく、またこちらからは精密に画像誘導できる。一般には地上からの運用が普通だが、ぼくらはこの戦争で空中のヘリからのドローン運用法を確立していた。それに従って2両の対空機銃搭載車を狙う。必死に敵は機銃の照準をドローンに合わせようとするが、ドローンはそれに対して軽快に飛び回れる上に数が多すぎる。機銃を撃つクルーの後ろ側に回り込んだドローンがそのまま突入、彼らを吹き飛ばし沈黙させた。他の兵士が携行式対空ミサイルを撃とうとするがそれにも自爆ドローンが突入し制圧する。そして列車は逃げようにも前方の鉄橋も後ろの保線基地も破壊されているためにできない。停車すると乗車していた敵工兵が降車して対抗しようとするがヘリの機銃がそれを掃射して反撃を許さない。そこにぼくらのヘリ1号機が降下していく。

「核弾頭は先頭の機関車から2両目!」

「降下するぞ! 行け、行け、行け!」

 ロープを使ったラペリングで貨車の屋根の上に降りる。機関車の次、1両目に着いている客車の屋上にラジエターとファン、そして無線アンテナが見える。

「電源通信車だ!」

 すぐに部下がグレネードをファンに撃ち込む。直後に電源車は爆発炎上し、車内から火だるまになった敵兵が逃げ出す。それをぼくらはアサルトライフルの連射で射殺する。

「1両目炎上中、2名射殺、クリア!」

「3両目、3名射殺、クリア」

「2両目は!?」

 その窓の少ない客車を見て僕は言葉を失った。

「これ、現金輸送車じゃないか!」

 少ない窓のガラスは色がやや緑がかっている。おそらく防弾ガラスだ。その車内から外を見ようとした敵兵がチラリと見えたが、すぐにカーテンが閉められた。おそらくこれは現金輸送用の客車で車内には警備員が待機できるように休憩室と簡単な台所、トイレに場合によっては休息できる寝台も備え付けられているのだろう。

 それを核砲弾輸送に? 同僚がうなずいた。その手には放射線センサー。

 反応は間違いなく車両の前後にある金庫室の後方金庫に核砲弾が搭載されていることを示していた。

「どうします?」

 ぼくはボディカメラでそれが録画できたのを確認したが、少し迷った。いや、迷わない訳には行かないだろう。

 だが、ぼくに現実的にやれることは少なかった。

「ヘリに戻ろう。そのあとで客車をミサイルで爆破して脱出する」

 僕は命令した。

「核砲弾を爆破するんですか」

「核は正規のメカニズムで起爆しないと核爆発は起こせない。戦術核であってもそういう安全機構が付いているはずだ。それにあの現金輸送客車をこじ開ける手段がない。そんなことモタモタやってたら空挺部隊の我々は包囲殲滅される」

 部下はうなずいた。遮蔽物の少ない線路端だが、撃ってくる敵兵はいない感じだ。

 前方の機関車に部下が向かうと、運転士とその助士はすでに降りて命乞いをしていた。もちろんぼくらに無益な殺生をする気は無い。だが機関車は再起動できないように破壊した。炎上する機関車と電源車。

 でも核砲弾を積んだ現金輸送客車はなおも全ての扉を固く閉ざしている。

 ぼくらはヘリに乗り、離陸して映像を撮影しながらヘリのミサイルでその客車を乗っている兵士とともに爆破、破壊した。

 あとには焼けただれた列車の残骸が薄く青い煙を吐きながら残った。放射線センサーは急激な放射線の増大を感知したが、爆発は核爆発のそれより遙かに小さかった。

 あとで環境影響評価が必要になるが、それは敵の仕事だ。

「接近する空中目標、その数2! マッハ2で向かってくる」

「敵防空戦闘機か」

「おそらく!」

「脱出する! それと味方に脱出支援要請!」

「やってます!」

 ヘリはどうやっても固定翼戦闘機を速度で振り切れない。そして敵の戦闘機は低空飛行する巡航ミサイルの迎撃を得意とする長射程空対空ミサイルを満載している。ステルスとは言え鈍足の僕らのヘリは容易な目標でしかない。まずい!

 だがそのときだった。

「幽霊2、スタンバイ」

「幽霊3から6,スタンバイ」

 前側から我々に向かってくる別の機影から無線が入った。

 幽霊…!?

 そうか、あの首都防衛で孤軍奮闘した戦闘機、『首都の幽霊』だ!

「落とされたんじゃ無かったのか!」

 接近する味方戦闘機隊に思わず声が上がる。

「いや」

 ぼくはうなずいた。

「幽霊は不滅さ。幽霊だもの」

 部下もうなずいた。

「そりゃそうですね」


 そして我々によって核砲弾の前線への輸送が阻止されたことは大統領も我が国防省も公開しなかった。敵大統領府も同じで、この作戦自身が完全に闇の中に消えることになった。きっとなにかの交渉のカードにでもなるのだろう。

 ぼくらの国の機甲師団はさらに敵前線を深く突破、交通の要衝である我が国第4の都市に入ってそれを解放した。半年ぶりに敵の占領から解放された人々は大いに心から喜んだ。


 だが、それでもこの馬鹿げた戦争はなおも終わらないのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る