第四十五話 最後の一撃
ダニエルは息を切らせていた。
「はあ……ッ!! はあ……ッ!!」
「ダニエルよ、そろそろ終わりだな……楽しかったぞ」
ダニエルは病を患っている……あまり長い時間戦えない体だったのだろう……
「私はここで死ぬでしょう……死ぬのは怖くありません……命を賭して家族のために戦うことができました……ですが、ひとつ悔いがあるとすれば……最後まで守ってあげられなかったことです」
「ダニエルよ、私は楽しかったぞ……残念だがお前の家族はこの後、殺されるだろう」
「……ッ!!」
さすがのダニエルもつらそうな顔をする。
「だから、最後に私を説得してみろ……その剣でな」
「……」
ダニエルは苦しそうに自分の持つ剣を見る。
私は続けて言う。
「お前の最後の力を見せてみろ!」
それが今の私にできる強者への精一杯の敬意の払い方だった。
これは魔王様からの命令だ……どうしたって中にいるシスターと子供を殺さなければならない。
私はこの男と戦えて幸せだった。だからせめてそう言ってやることしかできなかった……
「私の最後の技です……」
ダニエルはそう言うと、剣を構え力をためる。剣は最大級の炎のエネルギーを纏い、辺りにゴウゴウという鈍い音を立てている。炎がダニエルのまわりを駆け巡る。
「そうだ! その剣で私を止めてみせろ!」
私はそう言って剣を構える。
「炎の精霊魔法……フォノカミ……奥義……ッ!!!!」
凄まじい炎だ……ッ!! まわりを焼き焦がしてしまいそうだ……ッ!!
エネルギーが最大出力となったのを感じる……ッ!!
来る……ッッ!!!!
「……カグツチッ!!!!」
炎を纏った強烈な一撃がこちらに飛んでくる。
「その一撃、受け止めてみせよう!」
私は剣にエネルギーを集中させ、その攻撃を受け止める。
「ぐおおおおおおおおあああああああッッ!!!!」
凄まじい一撃だ。気を抜けば腕が持っていかれそうだ。
「うおおおおおおおおああああああッッ!!!!」
これほどの攻撃は今まで受けたことがない。素晴らしい剣技だ!
「かああああああああああああッッ!!!!」
じりじりと私の体は後退していく……吹き飛ばされないように足で踏ん張る……
「くっ!! はああああああああああッッ!!!!」
私はその強烈な攻撃を剣ではね除けた!!
「はあ……ッ! はあ……ッ! ダニエルよ、見事な一撃だった……」
素晴らしい戦いだった……これほどまでの強者と存分に戦えて私の心は幸福に満たされていた。
「ぐっ! かはっ……ッ」
ダニエルを取り巻く炎は瞬く間に消えていった……
そしてダニエルは血を吐いてその場に倒れ、絶命した……
私も地に膝をついた……
「強き者よ……安らかに眠れ……」
私はダニエルの亡骸に向かってそうつぶやいた……
しばらく経ってからのことだ、戦いの余韻に浸っていると部下たちがやってくる。
「フェンリル様、ご無事ですか!」
「人間のクセに強い奴でしたね」
「……」
私はダニエルの亡骸を見つめる。
「……丁重に葬ってやれ」
「はっ!!」
部下たちはダニエルの死体を慎重に運ぼうとする。
そのとき、ダニエルの死体から何かが転がり落ちた。
「これは……」
見るとそれはダニエルのペンダントだった。葉の形をした緑のペンダント……ダニエルが戦闘の最中も大事そうに身につけていたものだ。
「……これは私が預かろう…………ダニエルよ、お前のことは心の片隅にいつまでもとどめておこう……我が友として……」
強き者こそが我が友でありライバルだ……そんな男がまた一人増えた……喜ばしいことだ……
「さて……」
教会の中に入ってシスターと子供を抹殺する……そしてこの街を壊滅させれば私の任務はいったん完了だ。
私は教会へと足を踏み入れる。
壊れかけの教会に入るとシスターが一人、私に背を向けてオリーヴィアの像に向かって必死に祈っているのが見えた。
「逃げなかったのか……」
私はシスターに近づく……しかしシスターは微動だにしない。
私を見た者は普通ならば恐怖で叫び声を上げ、腰を抜かしながら逃げるはずなのに……
「女よ、なぜ逃げない……」
もちろん逃げても無駄だ。たとえ逃げても殺す。逃げたところでこの街には安全な場所などない。
「なぜ私に背を向けて祈る……そんなことをしても無駄だぞ」
「……」
シスターは黙って祈り続ける。
そう、このシスターは抵抗しているのだ。
力では私に絶対に敵わない。逃げても無駄。この教会は魔物たちに包囲されていてどこへも逃げる場所などない。このシスターにできることは何もない。
だが私に抵抗している……シスターとして最後まで自分の責務を全うする……世界の平和を祈る……それは私たち魔王軍への最後の抵抗である。
そしてもうひとつ、先ほど男がかばった子供がいない。おそらくどこかに隠れているのだろう。最大限それを悟らせないようにしているのだ。
子供の気配を探ってみよう…………ふむ、地下か……この教会には地下室があるようだな……それを私に悟らせないために今ここにいるのか……
「女よ、このあとお前は殺される……そのあとで先ほどの子供も殺すだろう……最後に何か言い残すことはあるか」
「いつかあなたの憤怒の呪縛が消え去りますように……」
「憤怒の呪縛……」
なぜだろうか……憤怒の呪縛と聞いた瞬間、何かを思い出しそうになる……妙な感覚だ……
「私の心配をするのか……この状況において、私の身を案ずるのか……」
「はい……世界の平和や子供たちのことを想い祈りますが、それと同時にあなたから感じる怒りの感情、しがらみ……それらも取り除いてあげられればと思います」
「……」
この女は私からそのような私すら忘れてしまった感情を感じ取ったのか……そしてこの状況で逃げずに私の心配をするとは……
「強さとは肉体のことにのみあらず。強き者こそ我が友。心強き者よ、お前の名を聞きたい」
「エマ……」
「エマよ、安らかに眠れ」
私はせめてエマが苦しまないよう一瞬で殺した……目にもとまらぬ早技で殺したのだ……
剣で斬られたエマは程なくしてその場に倒れた……
「……」
なんとも言えない感覚がする……自分の心配をする者がいるとは……
こんな経験は久しぶりのような気がする……
「フェンリル様! 子供を探します! もしかしたら勇者かもしれませんからね!」
部下の一人が話しかけてくる。
「その者を丁重に葬ってやってくれ」
「はっ!!」
「……」
「……フェンリル様?」
私たち魔王軍がこの世界へ進軍している理由……それは幼き勇者の抹殺である。
八年前、魔王様が神と戦った。
そのときだった。戦いの最後にオリーヴィアは勇者と呼ばれる存在をこの世界へと解き放った。
我々が調査したところ、勇者とはこの世界の救世主であり、魔王様を倒す存在であることを知った。
我々は勇者がまだ力をつけぬうちに、まだ幼いうちに抹殺することを魔王様に命じられたのだ。
そして現在のように街や村をしらみつぶしに襲い、人間たちを殺しているのだ。
「……フェンリル様、いかがなさいましたか?」
ダニエルもエマも子供を守るために命を賭して抵抗してきた……
もしかしたら地下室に隠れている子供は勇者かもしれない……そうではないかもしれない……
だが、私にはダニエル、フィリッポ、エマ……その三人の魂をどうしても無下にはできなかった……
「近くにいる部下たちに教会から離れるように伝えろ」
「はっ!!」
部下たちが教会から離れたのを見て私は教会を一刀両断する。
スパンと斬れた後、ガラガラと崩壊する教会……
「フェンリル様!? いったい何を!?」
「これで先ほどの子供は死んだ……撤退するぞ」
「良いのですか? 死体を確認していませんが……」
「良い。責任は私が取る」
「はっ!」
私は部下にそう言い、街から軍を撤退させるように命じる。
もうすでに街は全域が魔王軍に侵略されている。
「もし運がよかったら生き残れるかもしれないな……」
私は小声でそう呟くと、その場を後にした……
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