第四十四話 魔王軍幹部フェンリル

 私はいま聖職者である神父と剣を交えているという不可思議な状況下にある。

 だがこの神父はただ者ではない。剣を構えるその姿、洗練された技の数々、それらを見ればすぐに分かった。この神父こそ私の求める強者だ。

 強者と戦うことを何よりの楽しみとしている私は胸を躍らせずにはいられなかった。

 魔物と人間では生まれつきの強さが違う。人間の身でこれほどの強さに至るまでには一体どれほどの研鑽を経たのだろうか。

 とにかく胸の高鳴りを抑えることができなかった。

 神父は私の懐に入り込むと下から剣を振ってくる。その剣を受け流すと勢いを利用して回転斬りを叩き込んできた。

 素晴らしい、そうでなくては面白くない。私は後ろに飛び退きながらその攻撃を躱した後、前方に突進しながら大ぶりな攻撃を繰り出す。


 「うおおおおおッ!」


 私は叫びながら強力な連撃をたたき込む!

 神父はその連撃を正確に防ぎ切る。人間の神父より魔物の私の剣撃のほうが重いはずだが上手く攻撃を受け流し力のかかる方向をそらして防ぎ切っている。

 素晴らしい、普通の人間の戦士であれば五秒と保たないだろう。

 この街でこれほどの腕の剣士と相まみえることができるとは思ってもみなかった。


 「私も本気でいきます」


 神父は剣を両手で持ち、後ろに構えた。すると神父の持つ剣が赤い炎を纏う。その炎は先端から虹色の光を放っている。


 「炎の精霊魔法……フォノカミ……ッ!!」


 そして神父が叫んだ。


 「火炎斬り!」


 神父はこちらに向かって一直線に突進し、炎を纏った斬撃を叩き込んできた。

 私は剣でそれを受け止める。受け止めた瞬間、その炎は辺り一面を焼き焦がした。


 「なるほど、まさか精霊魔法まで使えるとはな」


 この神父はやはりただ者ではない。これほど強力な剣技を放ってくるとは……

 だが、剣を交えている私には分かったことがある。


 「ぐっ」


 神父は苦しそうな顔でうなり声を上げる。


 「やはりな……貴様、病を患っているな」


 「……分かりましたか」


 「強者たる者、剣を交えれば分かる。もう魔法剣を使うのはやめろ、死を早めるぞ」


 「ここであなたに勝たなければ同じこと」


 神父は苦しそうな顔でそう言う。


 「私は貴様が病人だとしても手は抜かぬぞ。手を抜くのは無礼に値するからだ。本気で戦うのは貴様という強者への敬意の証だ」


 「構いません」


 この男、まさに心技体。私はこの男と剣を交えたことを永遠に誇りに思うだろう。

 人間と魔物では元から体力、そして身体能力に差がある。だがそれを感じさせない見事な戦いぶりだ。

 私は剣を交えながら問う。


 「神父よ、貴様の名を聞きたい!」


 「名乗るほどの者ではありません。ですが、あなたに敬意を表し答えます。ダニエルです……そして先ほどの男はフィリッポと言います」


 「ダニエル……なるほど。覚えておこう。そしてあの男フィリッポの名もな」


 凄まじい剣と剣のぶつかり合い……気分が高揚する。


 「炎の精霊魔法……フォノカミ……ッ!!」


 ダニエルは剣の刀身からゴウっと巨大な炎の柱を上げ、斬りかかってくる。


 「煉獄斬りッ!!」


 「ふんっ!!!!」


 私はそれを刀身で力強く受け止める。


 「いい! いいぞ! いい剣技だ!」


 私はつばぜり合いをしながら言う。


 「私も魔法剣を見せよう」


 「なんと……ッ!!」


 私はダニエルを吹き飛ばす。ダニエルは足で踏ん張り体勢を崩さぬようにしながら後ろへと下がる。


 「闇の魔法剣……ッ!!」


 私の剣の刀身は白く輝き、そこからはひゅぅぅっと白い冷気が立ち上っていた。


 「氷結斬りッ!!」


 私はダニエルに超スピードで接近するとその魔法剣で斬りかかる!

 ダニエルは炎の魔法剣でその攻撃を受け止める!

 瞬く間に地面は凍りつきあたり一面を氷の床へと変える。


 「くっ!!」


 ダニエルは凍りつくことなく耐えて見せた。


 「見事だ。私のこの剣を耐えられる者はいなかった」


 「凄まじい攻撃です……魔法剣でなければやられていました……」


 「ふふふ、ここから本気のぶつかり合いといこうではないか!」


 炎の剣と氷の剣がぶつかり合う。

 ダニエルが炎の剣を振れば凄まじい業火とともにあたりは焼き尽くされ、私が氷の剣を振ればあたり一面が凍りついた。


 「炎の精霊魔法……フォノカミ……ッ!! 不知火斬りッ!!」


 一瞬にしてダニエルは姿を消し、次の瞬間、私の剣に重い斬撃がのしかかる!


 「ぐっ!! はああああああああああ!!!!」


 私がその斬撃を受け流すと私の横にあった崩壊した建物の壁は一瞬にしてスパンと切れた。

 神父が次の瞬間、壁の前に現れる。

 建物の壁は崩落し、ガラガラと音を立てる。


 「いまの速さでも防ぎますか……」


 「危なかった。いまのはいい攻撃だったぞ」


 まさか目で追うのも困難なほどの速さで斬りつけてくるとは……


 「面白いぞ! ダニエル! 私はとても楽しいぞ!!」


 「……」


 ダニエルの顔はこわばっていた……


 「フェンリル様! 我らも加勢します!」


 「あの人間は疲弊しています! 今がチャンスです!」


 部下たちが私に向かって話しかけてくる。

 とても優秀な部下たちだ。ちゃんと戦況を見て判断している。

 しかしダニエルは強い。私を慕ってくれる部下をみすみす死なせるわけにはいかない。


 「やめておけ。お前たちが近づけば命はないぞ」


 私はそう言って部下を止める。


 「ならば我らはあの神父の後ろにある教会を攻め落としてきます」


 その言葉を聞いた瞬間、ダニエルの様子が変わった。

 私への警戒を解かずに後ろに下がり、教会を守りに行く。


 「ダニエル、どこへ行く!」


 「……」


 黙って走るダニエル。あの教会がそんなにも大事だというのだろうか。



 あとを追うとダニエルは教会を守っていた。中に入ろうとする部下たちを瞬殺していた。


 「ぐわああああああああああ!!!!」


 部下の一人がダニエルの強烈な一撃の前に断末魔を上げて倒れる。


 「この神父強い!!」


 部下たちはダニエルの必死の抵抗にあい、教会に入れないでいた。

 私はその様子を見て部下たちに言う。


 「教会に攻め入るのはやめろ! いったん引け! 今は教会に手を出すな!」


 部下の魔物たちはよろめきながら教会から逃げていく。

 私はダニエルに問う。


 「ダニエルよ、なぜこの教会を守る。この教会はお前にとってそんなに大切なものなのか」


 「はい、この教会は私にとって大切な場所なのです」


 「大切な場所……?」


 「はい、この教会の中にいるのは私の大切な家族です。私が命を賭してでも守りたい人々なのです。それが私が剣を振るう理由です」


 「剣を振る理由……」


 なぜか私はその言葉にダニエルの強い意志を感じた。その言葉が綺麗事などではなく、本当に心の底から出ている言葉だということを感じたのだ。

 だがそれと同時に私の心の中には正体不明の黒いもやもやがあるように感じた。なぜかそれの言葉を憎むような感情が湧き起こるのだ。


 「ぐっ……!!」


 私は剣を構え、ダニエルへ接近する!

 再び剣と剣が交わる。

 ダニエルは家族を守るために剣を振るうと言った。

 だがなんだ……この憎悪にも似た感情は……

 考えるな……歴戦の戦士と戦うこの時間こそ我が生涯において最高の時間なのだ。

 それを邪魔する思考は今は必要ないのだ。


 「ダニエルよ、お前という戦士と戦えることを誇りに思うぞ!」


 「ありがとうございます……」


 ダニエルは構える。


 「炎の精霊魔法……フォノカミ……ッ!!」


 そして凄まじい剣技をたたき込んでくる!


 「朧火斬り!!」


 私は氷の魔法剣でそれを受けきる!!


 「楽しいぞ! ダニエル!」


 「くっ……!!」


 炎の剣と氷の剣がせめぎ合う。

 その戦いは長く続くかのように思われた……


 「かはっ……ッ!! はあッ……!! はあッ……!!」


 血を吐くダニエル……

 非常に長い時間、剣を交えたように感じたが本当は一瞬のことだったのかもしれない。

 この戦いに終わりが近づいてきていた……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る