第四十二話 魔王軍襲来

 今日も商店街を一人で歩いていた。途中からロレンツォ、ディエゴ、マルティーナも加わった。


 「あなたたちよく飽きないで私についてくるわね」


 「だってフィオーレ驚かすの楽しいし、おいしい果物ももらえるからね」


 後者の理由のほうが大きい気もするが……



 がやがや……ざわざわ……



 「今日は街が賑やかね」


 マルティーナはあたりを見回しながら言う。


 「賑やかというよりなんだか騒がしいような……」


 ディエゴもまわりを見てそう言う。


 「フィオーレ……なんだか今日おかしい……怖いよ……」


 ロレンツォは何かに怖がっているようだ。


 たしかになんだか今日は少しだけ街が騒がしい。


 「お祭りとかなんかあったかな」


 ディエゴもロレンツォと同じように何かおかしいと感じているようだ。


 たしかに何かおかしい。なんと言えばいいのか分からないがいつもと何かが違う。焦燥感というのだろうか、なんだか胸の奥がざわざわする。

 そう思いながら立ち止まっていると突然叫び声が聞こえてきた。


 「魔物だ! 魔王軍が街に攻めて来た! みんな逃げろ!」


 魔物? 魔王軍? 何を言っているの?


 「ぐわぁぁぁぁああああああ!!!!」


 突然叫び声を上げて倒れる街の人々。倒れた住人からは赤黒い血が流れ、その血は石畳の地面に染みるように広がっていった。何かが起っているのはたしかだ。

 見ると魔物とやらがどうやらすぐそこにまで来ているようだった。魔物は何体もいて剣や槍など武器を持ち、獣の姿をしていた。頭は獅子で二足歩行をしていて剣を持っている魔物、頭は烏で翼が生えていて人間のような姿をした弓を持つ魔物、熊のような姿をした獰猛な化け物……これが魔王軍……おとぎ話の存在だと思っていた。噂話でしかないと思っていた。何度、果物屋のおじさんや街の住人、神父様やシスターから注意されてもだ。だが、それがいま目の前にいる。

 私は驚いて動けないでいた。それは異形の存在が目の前にいるからだけではない。人が目の前で血を流して倒れている。その状況に頭がおかしくなりそうだった。

 私の背中に隠れていたロレンツォが後ろからやってきた魔物に捕まった。あまりの出来事に泣きながら抵抗している。


 「やだ! 離して! やめて!」


 それを見たディエゴが「ロレンツォを離せ!」と果敢に体当たりをするが、次の瞬間、剣で真っ正面から斬られ殺されてしまった。そのまわりに血の海が広がっていく。一瞬で友達が死んでしまうなんて……私は頭が真っ白になった。


 「やだ! 怖い! フィオーレ!!」


 ロレンツォは私の名前を叫ぶ! そしてロレンツォも槍で串刺しにされて死んでしまった……

 「やめて! 離して!」と抵抗するマルティーナだったが街の住人たちと同様に殺されていく。

 怖い……殺される……どうすればいいか分からない……腰が抜けて動けない……殺される……

 あとは私だけだ……私もみんなと同じように殺される……もうダメだ……そう思っていたそのときだった。


 「フィオーレ! 逃げるぞ!」


 急に誰かに抱えられた。凄いスピードだ。びっくりして顔を見るといつもの果物屋のおじさんだった。


 「捕まってろよ!」


 おじさんは怖い顔でそう言う。おじさんは私を抱えると全速力で走り出した。おじさんはとても足が速かった。それこそ私が走るのよりもずっと速い。


 「待て! 人間ども!」


 魔物は私達と同じ言葉を話している。それがまた恐怖心をかき立てた。


 「これで遊んでろ! 魔物ども!」


 おじさんは近くにあった木箱を魔物たちめがけて蹴り飛ばした。


 「ぐわっ! てめえふざけるな!」


 よろけた魔物は木箱の山に顔を突っ込む。山のように積まれた木箱はごろごろと崩れ魔物たちを通せんぼした。


 「くそ! これじゃ追えないぞ!」


 「小賢しい真似しやがって!」


 それからおじさんは私を抱えて走りながら裏路地に入った。


 「一回降ろすぞ」


 おじさんは私を降ろしたあと一緒に隠れると話しはじめた。


 「いいかフィオーレ! 神父のもとへ行け! 街は魔王軍に占領されつつある! なんとしてもお前だけは生き延びるんだ!」


 なぜ私を逃がしてくれたのだろうか。なぜ私だけは生き延びるように言うのだろうか。なぜおじさんは神父様のことを知っているのだろうか。知り合いなのだろうか。分からないことだらけだ。


 「はあ……ッ!はあ……ッ!」


 おじさんは息を荒げている。


 「はあ……ッ!はあ……おそらく魔王軍は森の中に隠れていたんだ……だからみんな逃げ遅れているんだ」


 街は石壁に囲まれ、その向こうは深い森になっている。街も森も兵士たちがいつも見張っている。そのため街の住人たちは安心して暮らすことができていた。だが街を囲む森はとても深く魔王軍はそれを利用し潜伏していたのだろう。突入される直前まで兵士達は気がつかず、街の住人たちに連絡するのが遅れ、その結果、奇襲される形となったのだ。


 「……話はそれだけだ。お前だけは生き残れ。教会へ行くぞ」


 おじさんは再び私を抱えて路地裏を走り出す。その足はとても速く、教会までものの数分で着きそうな勢いだった。


 「はあッ……はあッ……」


 おじさんはどこで鍛えたのかというほど足が速い。

 途中で出くわす魔物も蹴りで倒していく。武器での攻撃も華麗に避け、反撃する。

 まるで魔物と戦い慣れている戦士のようだ。

 私はこの街に起こっている惨劇に恐怖してしゃべることもできずにいた。

 黙っておじさんの背中に捕まることしかできなかった。



 ☆ ☆ ☆



 俺は今、孤児院の少女フィオーレを抱えて走っている。こいつだけは何が何でも生き残らせなきゃならない。

 フィオーレが勇者だと聞いたのは数年前だ。フィオーレは勇者だと奴は言った。

 勇者なんて俺には分からねえ……こんな日が来るなんて思ってもみなかった……

 だが約束したからな……頼まれたからな……フィオーレを守ってくれってよ!


 ……俺、フィリッポはかつて冒険者をしていた。この街の教会の神父ダニエルとは冒険者仲間だった。

 街の兵士達の手伝いでモンスターを掃討したり、ギルドの依頼で大型モンスターと戦ったりした。

 依頼で商人達の旅の護衛をしたりすることもあった。

 かつてはそうやって飯を食っていた。

 冒険者になる前は傭兵業もしていた。戦場に赴き、ひたすら剣を振るい、多くの命を殺めてきた。


 「いたぞ! 人間だ!」


 「どけ! 魔物ども!」


 俺は魔物たちの剣や槍での攻撃を避けると、蹴りを入れて倒した。

 魔物は木箱の山に突っ込み動けなくなっていた。


 「フィオーレ! もう少しで教会だ!」


 俺たちが向かっている教会の神父ダニエルはかつて最強と謳われた剣士だ。冒険者ならみんな知っているというほどの腕前の持ち主だ。

 かつては俺もあいつと同じギルドに所属し、一緒に大型モンスター相手に戦ってきたのだ。

 だから神父の元が安全だと言うことは分かっていた。あいつはこの街で一番強い。だから神父のもとなら安全なはずだ。

 俺がフィオーレを抱えながら走っていると前方に教会が見えてきた。神父は外に出て俺達のほうを見ている。

 しかし神父の顔は突然、驚きの表情に変わった。



 グシャッ……



 痛え……なんだこれ……


 突如、鈍く、それでいて鋭い痛みが背中に走った。あたたかい何かが腹から背中から下に向かって流れている気がする。


 「ぐっ!」


 俺はうなり声を上げた。見ると腹に矢がぶっ刺さってやがる……あたたかい何かってのは俺の血だったみたいだ……

 神父が驚いた顔をしたのは魔物が接近していたからだろう。後ろを向くと頭はカラスで人間のような姿をし、弓を構えた化け物が俺を射貫いたあとだった。


 「なんとしても……なんとしても守るんだ……」


 「おじさん……なんで……なんで私を……」


 フィオーレは怯えたような顔でそう言った。

 突如、後ろに凄まじい気配を感じた。

 ……いる!! 俺の背後にとんでもねえ魔物がいる……そんじょそこらの魔物じゃねえ……まさか……魔王軍幹部か!

 俺がそう思っていると背中に凄まじい痛みが走る!


 「ぐあぁぁぁあああああぁぁぁぁッ!」


 俺はたまらず倒れる。抱えていたフィオーレだけは守らねばと斬られる前に咄嗟に投げ捨てていた。これで俺と一緒に斬られることだけはないはずだ。地面に叩きつけられて痛いかもしれないが、今の俺にできるのはこれだけだった。

 俺は突っ伏しながら言う。


 「ぐっ! 走れ! 生き残れ!」


 「やだ! おじさん! おじさんも逃げて!」


 俺は自分の最期を覚悟した……正真正銘、本物の最期ってやつだ……


 「じゃあな……」


 俺はかつて傭兵をしていた。数多の命を殺めてきた男だ……モンスターだけじゃねえ、人間もだ。こんな最期になっても何も文句は言えねえ……だが、そんな俺でも最期に子供を守って死ねるなんて……神様ってのは信じちゃいなかったんだが……本当にいたんだな……たまには粋なことしてくれるじゃねえか……


 「おじさん! やだ! おじさん!」


 グシャッ……


 鋭い痛みとともに……俺は薄れていく意識の中、その叫び声を聞いた……

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