第四十一話 この街の景色

 ここは秋めく空と色づく木々の街メイプルーネ。空は一年中カラッと晴れ、木々の葉はいつも赤や黄色に色づいている、不思議な街だ。建物は木組みで街全体は石畳でできている。美しく色づいた葉の隙間から陽の光が差し、揺らめく海の底を表したかのような影を石畳に落としていた。小川はせせらぎ、噴水には小さな虹ができている。ハートが装飾された木製のベンチには常に恋人達が座り、愛を語っている。商店街には新鮮な果物や野菜、魚が売られている。旅人や冒険者が使うような珍しい道具が売られている店もあり、宿屋なんかもある。

 私はこの風景が好き……景観が綺麗だというのもあるけど、なんといってもみんなが幸せそうに生活しているから……


 「……」


 「……」


 私が街の中を一人で歩いていると後ろから気配を感じた。

 その直後、誰かが私の服の裾を引っ張ってくる。

 びっくりして振り返るとそこには孤児院の一番年下の男の子ロレンツォがいた。金色の髪と顔のそばかすが特徴的な背の低い男の子だ。


 「フィオーレ……あそぼ?」


 ロレンツォは裾を引っ張りながら上目遣いで言う。


 「ロレンツォ、こんなところまでついて来たの?」


 「ディエゴとマルティーナもいるよ」


 ロレンツォの後ろを見るとディエゴとマルティーナがついてきていた。この二人も私より年下だ。


 「ロレンツォ、またフィオーレについてきたのかよ」


 元気な茶髪の少年ディエゴはロレンツォに向かってそう言う。


 「うん、フィオーレと遊ぶ」


 「もう、あんたたちホント子供ね」


 気の強そうな金髪の少女マルティーナはそう言いながら近づいてくる。


 「子供じゃねえし」


 そう言うディエゴ。八歳の私より年下なんだから子供よ……

 この子たちは私がいつも一人なので心配してくれているのかもしれない。私よりずっと大人なのかも……ダメなお姉さんね、私。


 「フィオーレ、あそぼ?」


 ロレンツォはもう一度そう言う。


 「……うん」


 私はその子たちと合流して街を探検することにした。



 商店街をしばらく歩くと果物屋さんが話しかけてきた。


 「おうガキども、ウチで果物買ってかないか?」


 なぜかこの果物屋のおじさんは私たちを見ると声をかけてくる。お金なんて持ってないの知ってるのに。


 「お金なんて持ってないわよ?」


 マルティーナは言う。


 「そうか、そいつは残念だ」


 ロレンツォはおじさんが怖いのか私の後ろに隠れている。だがおなかが空いているのか私の後ろからりんごをじっと見つめている。


 「りんご……食べたい」


 ロレンツォはそう言いながらりんごを見つめる。


 「残念だったな坊主、そいつはウチの商品だ。金も持ってねえヤツに食わせるわけにはいかねえ」


 「……」


 ロレンツォは落ち込んでいる。

 それはそうだ、お金がなければ買い物などできない。孤児の私たちにそんなお金があるはずもなく……


 「……」


 「……」


 ディエゴとマルティーナは物欲しそうな顔で果物屋のおじさんを見つめる。


 「な、なんだよ、そんな顔してもやらないからな」


 「……」


 じっと見つめる三人……


 「お、おい、なんだよその顔……」


 「……」


 私以外の三人はじっと見つめている。


 「うう……分かったよ、俺のおごりだ。お前ら好きなの持ってけ」


 「ありがとうおじさん!」


 ディエゴは元気にそう言う。


 「お前らなあ……」


 「ありがとうおじさん……」


 私はロレンツォと一緒にお礼を言う。


 「仕方ねえだろ、店の前にずっと立たれてちゃ商売にならねえからな」


 おじさんはなんだかんだ言いながらいつも果物を私たちにくれる。

 私たちがどれにしようか迷っているとおじさんが話しかけてくる。


 「いつも言っているが、決して街の外に出るんじゃないぞ」


 「分かってるよ、魔物が出るかもしれないんでしょ」


 私はそう答える。

 魔物……それは最近いろいろな街を襲っているという危険な存在だ。

 聞いた話では八年ほど前、地の底からよみがえった魔王が魔王軍を引き連れ、そこから魔物が世界に広がりつつあると聞いた。


 「そうだ、危険だからな。街の中で遊べよ」


 おじさんはいつも私たちに魔物が出るから街の中にいるよう注意してくる。

 最近は特に物騒らしく、街の外の森では魔物や魔獣が出るらしい。


 「ただでさえ森は危険な場所なのに魔物が出るとなると、今までよりもっと危険だからな」


 大型のモンスターや獣がいて危険なのに余計に危険になったとおじさんが嘆く。


 「分かってる、気をつけるよ!」


 ディエゴは元気にそう言う。


 「おう、分かってるならいいんだよ」


 私たちは好きな果物を選んだあと、おじさんに礼を言ってその場を立ち去る。


 私たちは街の中を歩いていく。人通りを抜けるといつも行く丘がある。私たちはいつも通りそこを登っていく。

 丘の上にはベンチがあり、そこに座ってみんなで果物屋さんからもらった果物を各々食べる。これはいつもの流れなのだ。

 丘の上からは街を一望できた。私たちの孤児院はあっちのほうかな……

 そう思いながら選んだりんごを食べることにした。ロレンツォがりんごにしたので私はそれに合わせた感じだ。ディエゴとマルティーナはぶどうだ。

 私はりんごをひとくち食べる。


 「……おいしい」


 蜜たっぷりのりんごはとても甘く、シャキッした食感とみずみずしさが同時にやってくる。


 「おいしいね」


 ロレンツォはにこにこしながらそう言う。


 「このあとかくれんぼしねえか?」


 ぶどうを食べながらディエゴは言う。


 「いいよ」


 「じゃあフィオーレ鬼な!」


 「分かった、みんな隠れてね」


 「うん!」


 りんごを食べ終わったあと、私たちはかくれんぼをしたのだった……


 生活は決して楽じゃないけどこんな幸せな日々が続くとこのときは思っていた……



 ☆ ☆ ☆



 俺はフィリッポ、しがない冒険者だ。ギルドに所属し、普段はモンスターを狩ったり、商隊を護衛する傭兵をしたりしている。

 冒険者になる前は本当に傭兵業をしていた。人間ども相手に戦場を渡り歩いてきた。


 「ダニエル、疲れはないか」


 俺は同僚のダニエルという男に声をかける。


 「ええ、大丈夫です。おかげさまで元気です」


 ダニエルは物静かな男だ。穏やかにそう答える。荒々しい性格の俺とは大違いだ。ちなみにダニエルも昔は俺とともに傭兵業をしていた。

 大型モンスターを狩るためダニエルとともに街から村へ移動している最中、夜になったので野宿をするところだ。空気は澄み渡っており、空には星が広がっている。


 「飯でも食うか……干し肉くらいしかねえけどよ。本当はいろいろあるが、たくさん食べるわけにもいかねえ。ダニエル、疲れは取っておけよ。今回のモンスターは危険だからな。ドラゴンだぜ。炎を吐くぞ」


 焚き火を囲むように俺たち二人は座った。俺は焚き火を見つめながら座るダニエルにそう言う。焚き火は小さな明かりを灯しながらパチパチと小さな音を立てている。

 大型のモンスターは時々、村を襲うことがあるため注意が必要だ。だから俺たち冒険者が依頼されて街を守るために戦うのだ。


 「ええ、分かっています。お互い気をつけましょう」


 飯を食いながら言うダニエル。

 冒険者は様々な理由で望まぬ死を迎えることがある。森での危険はもちろん、獣やモンスターなど様々な理由で命を落とす可能性がある。遺品や遺体さえ見つからない場合もある。帰ってこなくなってしまった冒険者だって俺たちは今まで見てきた。

 特に大型モンスターとの戦いは少しの判断ミスが命取りとなる。細心の注意を払う必要があるのだ。

 とはいえ、傭兵の時のように戦場を渡り歩き、多くの命を殺めるよりは大型モンスターを倒すほうが気分的には楽かもしれない。


 目の前にいるこの男ダニエルは我がギルド最強の剣士だ。あちこちにその名が知れ渡たるほどの強者だ。傭兵時代から腕っ節が強かった。


 「まあ一番気をつけなきゃなんねえのは俺かもしれねえな」


 そう言いつつ、ダニエルのほうを見る。ダニエルは何かの葉のような形をした緑のペンダントを握りしめ、うつむいていた。


 「そのペンダント、いつも持ってるな。大事なものなのか?」


 俺は興味本位で聞いてみた。


 「ええ、これは私が昔から所属している教会のシスターからいただいたものなのです」


 「ほお……」


 シスターね……そういえばダニエルは時々、昔話をしてくれるんだが何かを探しているとか言っていたな……


 「そういえばなんだか探しているとか言っていたな。勇者……だったか?」


 「ええ、勇者……我が教会に古くから伝わる伝説の存在です。この世界を救う救世主で、天から降ってくるそうなのです」


 「空から人が降ってくる? いまいち信じられねえな……なんだか知らねえけどよ、世界を救うってなんだよ」


 「これからこの世界に訪れる危機、その危機を打ち破ってくれる存在だそうです」


 「ふーん……世界の危機ねぇ……デカイモンスターも多いからな……よっぽどデカイモンスターが出てくるってのかねえ? まあ大事なもんや信じてるもんは人それぞれだしな。別に否定するつもりはねえけどよ」


 俺はぶっきらぼうにそう言う。

 俺は生まれてこの方、神様なんて信じてねえけどよ……世の中には信じてるやつだっているからな。否定するつもりなんかねえよ。

 もし神様がいるってんならよ……願いの一つくらい叶えてくれるよな……

 俺は今まで悪党とはいえ、数多の命を殺めてきた男だ。冒険者という危険な仕事をしているし、どんな最期を迎えるか分かったもんじゃねえ。だから最期くらい立派に事を成し遂げたいだろ?

 だから願うなら、あれだ。子供を守って死ぬ。そしてその子供は未来に花を咲かせるんだ……

 柄にもなくそんなどうしようもない願いを思い浮かべた。

 ダニエルはそんなことを考えている俺の目を見て言う。


 「もし勇者を見つけたら、全力で守っていただけませんか?」


 「あ? どういうことだ?」


 「いえ、なんとなく、あなたにはそんなふうに言ったほうがいい気がしたんです」


 「ほお、導きってやつかい?」


 「……そうかもしれないですね」


 「まあなんにしても明日早いからな、もうしばらくしたら寝るわ。あとで見張りを交代するから時間になったら起こしてくれ」


 「ええ、分かりました」


 俺とダニエルはそんなふうにその日の夜を過ごしたのだった……

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