第四章 託された想い
第四十話 天から降ってきた子
空一面に広がる星々は宝石箱の中身をそのままひっくり返したかのような輝きを放っていた。今夜も宝玉が散りばめられた深い藍色の空を涼しい風が吹いている。
私はこの寒空の下、天体観測をしていた。
「お星様が見たい!」そう言い出したのは私だった。なぜかは分からないがとてもそうしたくなったのだ。神父様は一人では危ないからと言って私と一緒に来てくれた。
見上げていると一筋の光が空を横切った。
「あ! 流れ星だ! わあ! 綺麗!」
私はそう言いながら指を指す。
このところ街に良くない噂が流れていた。魔界から醜悪な魔物たちがこの世界にやってきて人々を襲っている、と。
私は神父様に問いかけた。
「魔物はこの街にもやってくるのかなあ? 勇者様はどこにいるのかなあ?」
「いつも神話を聞かせてあげているでしょう。この世界が闇に覆われるとき勇者が現れて救ってくださると。大丈夫ですよ、オリーヴィア様のお告げを信じるのです」
神父様はそう答えた。オリーヴィア様とは私たちの信仰している神の使いオリーヴィアのことだ。私たちの教会に伝わる聖書には神話が書かれていた。
そこにはこう記されている。
『光あるところに闇は生まれる。世界樹の下より出でし者がこの世界を闇で覆わんとする時、天から使者が降りてくる。その者は不思議な力を持ち、この世界を覆う闇を振り払う。その者を勇者と呼ぶ。勇者はその闇より出でし者を打ち倒すとどこかへと姿を消すことであろう。勇者を探せ。その者がこの世界の運命を変える』
勇者様は本当にいるのだろうか。いるとしたらどこにいるのだろうか。オリーヴィア様のお告げを信じるほかなかった。私はこの街メイプルーネの教会のシスターになるのだから。
ここから遠くの街の人々はつらい目にあっているのかもしれない。まったく実感はなかった。だが、その事実がもしあるとするなら平和を願わずにはいられなかった。
「お星様、どうかこの世界を平和にしてください」
私はいま通り過ぎた一筋の光に想いを告げた。
「君は優しい子だね。そうだね、この世界が平和になるといいね」
神父様はにこりと微笑み、私の頭を撫でた。
「私ね! いまのお星様がお願い事を叶えてくれるって、そんな気がするの!」
私と神父様はその後もしばらく星空を見上げていた。
その帰り道、神父様と教会に帰っていると不思議な感覚がした。すぐ近くの森の中から何かに呼ばれているような気がする。私は神父様から離れると森の中を進んでいった。
「戻って来なさい! 危ないよ!」
だが森へと進む足を止められなかった。不思議な感覚がしたところに近づくと何かが地面に落ちているのを見つけた。見ると年端もいかない幼子が捨てられている。
「赤ちゃんだ!」
私は近寄ってその子供を抱きかかえた。
「ああ、なんということだ。また子供が捨てられている……私たちの孤児院で引き取ろう」
神父様はそう言って私のほうに来た。
「さあ、危ないから教会に戻ろう」
「……フィオーレ」
「フィオーレ? なんだい急に?」
「この子の名前! きっと世界樹の導きよ! だから私が見つけることができたんだわ!」
世界樹とは神話に出てくる樹のことだ。
『創造の女神ユエリアは草花を育て愛でることを好んだ。しばらくすると樹も育てるようになった。ユエリアは樹の葉から神の使いオリーヴィアとフローリアを創り出すと種を分け与えた。ユエリアは二人に我々の世界を任せた。オリーヴィアはこの世界を任されるとその種から世界樹というそれはそれは大きな樹を育てた。我々の住む大地を創ったのだった。それがこの世界の始まりである』
きっとこの子は世界樹の祝福を受けた子なんだ、心からそう思った。
「そうかもしれないね、さあ戻ろう」
私にはこの子が、さっき見た流れ星として、この世界に降りてきたように感じた。
そしてその子供を抱きかかえて神父様と一緒に教会へと戻っていった。
☆ ☆ ☆
朝の陽光が空から私の部屋の窓に差し込んだ。あたたかな光は宙を浮く埃を美しく映し出した。それを見ると今日も一日が始まるのだと実感する。窓からはカラっと晴れた空が見え涼しい風が吹き込んでくる。
ベッドから起き上がり身支度を整えた。朝食を取る前に教会へと行き、孤児院のみんなと一緒に朝のお祈りをする。
「サラ、おせえよ!」
「ごめんね!」
起きてきた子供たちが口々に話している。
この教会は私たちが暮らす孤児院の前にある。木造の古い建物に美しいステンドグラスがあるのはなんだかアンバランスな感じがした。目の前には美しい女性の姿の像がある。この教会で信仰している神の使いオリーヴィアの像だ。
「みんな、そろそろ朝食にしましょう」
一緒にお祈りをしていたシスターがそう言った。シスターの首からは赤い宝石がはめ込まれた花の形のペンダントがぶら下がっている。若くて綺麗なシスターだ。八歳の私でもそう思うほど綺麗な女性だった。八歳と言っても正確な年齢は分からない。拾われてきた孤児だから。
ご飯を食べるため、他の子供達と孤児院に戻り、みんなと食事を取る。今日の朝ご飯はライ麦パンと畑で取れた野菜で作ったサラダだ。
「大地の恵みに感謝をして、いただきます」
私たちはそう言って食事を始める。
私はシスターに質問する。
「……ねえ、なんで私を拾ったの?」
私はいつもしている質問をしている。シスターの話を何度聞いても、なぜ拾われたのか理解できないからだ。
「私がまだ十二歳の時のことよ。あなたを拾ったときよく分からない何かを感じたの。大地の恵みというのかしら。きっとこの子は世界樹の加護を受けた子なんだと思ったの。そこで世界樹の祝福を受けた花という意味でフィオーレという名前をつけたのよ」
一緒に食事をしながらシスターはそう言った。私を拾って名前をつけたのはシスターらしい。そんなこと覚えてないけど。
「……そう」
「ねえねえ! 私は? 私はなんでエマって名前なの?」
「僕の名前の由来も教えて!」
他の子供たちも聞きたがっている。
「はいはい、順番だからね」
シスターは笑顔でそう言った。
私には理解できなかった。シスターがなぜそんな風に言うのか……
そうして朝食の時間はいつも通りに過ぎていった。
食事が終わると朝の掃除の時間だ。孤児院の子供達と教会の掃除をする。といっても毎日やっているからまったく汚れてないけど。女の子たちは一生懸命掃除をしていたが男の子たちはどちらかというと遊んでいた。
「ちょっと男の子たち! ちゃんと掃除してよ!」
女の子たちは怒っている。私は箒で掃き掃除をしながらそれを遠目で見ている。
「ちゃんとやってるよ」
「どこがよ」
「うるせえんだよブス!!」
「ぶ、ブスじゃないもん……うええええええんんんん」
「ああ!! またマルコがサラを泣かせた!!」
「ち、ちげえし、俺のせいじゃねえし!!」
またやってる……あのやりとりに何の意味があるというのか……
私たちはそんな感じでいつも通りに掃除をするのだった……
その後はシスターが勉強を教えてくれる。
「フィオーレ、あなたはいつも勉強を頑張ってるわね。偉いわよ」
私は勉強は好きだった。別にすごく得意なわけではないけど……
……この街のいったいどれくらいの人が読み書きができるだろうか。この街には学校がある地区もあるが、それでも読み書きができない人は多いはずだ。子供のときから働いていたり学校に行くお金がなかったりする人もいるのでこればかりは仕方がない。この孤児院から学校まで距離がある。その分、ここで無償で勉強させてもらえるだけありがたいと思うべきだ。
勉強会がおわり、そしてお昼ご飯の後は自由時間だ。
この日、私は一人で街へと出ることにした。
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