第三十八話 預言という対策

 しばらくすると朝が来た。エゼルはやはり疲れていたのか眠ってしまっていた。


 「ノゾム、見張り代わるから休んでいいよ。出発は少し後にするから」


 起きてきたフィオーレがそう言う。


 「ありがとう、そうさせてもらおうかな……」


 実はすごく疲れていたんだよね……眠らせてもらうことにしようかな。もう朝だけど。


 僕は自分の寝袋に入る。すぐに眠気がやってきていつの間にか眠ってしまう。



 目を開けると、目の前に巨大なゴリラがいた。


 「ダァァァァリィィィィィィンンンン!!!! 生きててよかったわァァァァ!!!!」


 その巨大なゴリラは大粒の涙を流しながら僕を激しく抱きしめてくる。


 「ハニィィィィィィ!!!! 痛いよォォォォォォ!!!!」


 どうやらここは夢の中のようだ。白い光の空間がどこまでも広がっている。

 リラ神は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら言う。


 「だってぇぇぇぇううぇぇぇぇっへへええええ!!!! あんな巨大な邪龍とぉぉぉぉ戦ったんだものォォォォォォ!!!! アチシィィィィ心配で心配でぇぇぇぇぇぇうへぇぇぇぇ!!」


 「ありがとうハニィィィィ!! 大丈夫だから離してェェェェェェ!!!!」


 体がミシミシと音を立てる。


 「ああああああああ!!!! やばいから!!!! 体がミシミシいってるから!!!!」


 「ううええぇぇぇぇんんんんやっぱり大丈夫じゃないのねぇぇぇぇ!!!!」


 「ハニィィィィィィ!!!!」


 べきべきっ!! 体がすごい音を立てる!


 「ああああああああっっっっ!!!! いますごい音鳴った!! すごい音したから!!」


 「うへええええ!!!! ダーリンはぁぁぁぁ命懸けでぇぇぇぇへぇぇぇぇ!!!! あの街を救うためにぃぃぃぃ!!!! ああああああああっっ!!!!」


 「もうやばい!! もうやばいから!! 助けてぇぇぇぇ!!!!」


 バキッ!!


 「ああああああああああッッッッ!!!!!!」


 「ダァァァァリィィィィィィィィンンンン!!!!!!」


 そんなやりとりが続き、しばらくしてからようやく解放してもらえた……



 「とにかくダーリンが無事でよかったわ……うぅ……」


 「ハニー、大丈夫だから……」


 リラ神は泣きながら言う。


 「ダーリン、話があって来たの」


 「話……?」


 リラ神は話をはじめる。


 「あの龍のこと、そして魔王のこと、世界のことよ」


 僕は固唾を呑んでリラ神の話を聞くことにした……リラ神は話しはじめる。


 「聞いているかもしれないけど、あの龍は神話に出てくる蛇……邪龍よ」


 「やっぱりそうなんだね」


 「その龍の封印を魔王軍の下っ端たちが解いたのよ……そうフィオーレちんやダーリンたちをやっつけるためにね」


 「魔王軍……」


 魔王軍……いずれは戦わなければならない相手だ……そんな奴等が街の中で、それもすぐ近くにいたなんて……


 「魔王軍の下っ端たちは中途半端に封印を解いたの、そして制御できずにあんなことに……」


 「そうだったんだ……」


 「本来なら勝てる相手ではなかったはずよ」


 「水の精霊様もそう言ってたね」


 「あの龍は魔王ラウレンティアを生み出した元凶なのよ」


 「やっぱりそうだったんだ」


 魔王ラウレンティア、それはかつての神フローリアのこと……あの龍にそそのかされて魔王になってしまった者……


 「その昔、フローリアは清純で女神ユエリアの教えの通り、立派に神の使いとしてこの大地を管轄していたと聞くわ」


 「そうなんだ」


 「しかし、あの龍は口が達者で、フローリアをそそのかしたのよ」


 「どんな風に言ったんだろう?」


 「分からないわ……神を騙すなんて相当なことよ、普通できないわ。あの龍もとんでもない化け物なのよ」


 「そうだよね……」


 いったいどんな理由で神から魔王になったというのだろうか。龍の目的はなんだったのだろうか。どうにも腑に落ちない話である。


 「かつての選ばれし古代の戦士たちはもう一人の神オリーヴィアとともに立ち向かい、フローリアを倒したわ」


 「猫先生もそう言っていたね」


 「でもフローリアは魔王として復活した……それも昔の話だわ」


 やはり数百年単位で昔の話なのだろうか。


 「そして今から約十五年前、力を蓄えた魔王ラウレンティアは魔王軍を世界に放ったわ」


 「十五年前……つい最近だよね……」


 十五年前……


 「いまでは世界の約半分が魔王軍の管轄になってしまったわ」


 「うん……」


 「そして現在の神オリーヴィア……」


 「オリーヴィアがどうかしたの?」


 「十五年ほど前……その結果、オリーヴィアは魔王ラウレンティアによって倒されてしまったのよ」


 「えっ!? じゃあこの世界の神様はいま不在ってこと!?」


 「不在ってわけではないわ、いまは力を蓄え直しているのよ」


 力を蓄え直しているとはどういうことだろうか……


 「天空にある命の大樹で体を休めているはずよ」


 「ちょっと待って? いまオリーヴィアが狙われたらやばくない?」


 「それなら大丈夫よ、魔王も戦いの傷を癒やさないといけないから、天空にある命の大樹までいけないはずよ。きっと魔界で体を休めているわ」


 「そ、そうなんだ」


 「でも時間の問題かもしれないわね」


 思っていたよりこの世界は大変なことになっているのかもしれない……


 「そしてオリーヴィアは最後の力を振り絞って勇者……そう、フィオーレちんを呼び出したわ」


 「フィオーレはそうして生まれてきたんだね」


 「ええ、フィオーレちんはこの世界の希望なのよ」


 「……」


 「きっと神オリーヴィアはこうなることを予期していたのかもしれないわね」


 予期していた……預言のことだろうか……


 「何百年も前から予期していたこと……それをあらかじめ預言として人々に伝えて対策しようとしたのね」


 「うん……」


 「そして預言の通り、ダーリンたちが集まった……預言を知る人々は今まで何百年にも渡ってこうなることを伝えてきたのよ」


 「まさかそんなことになってるなんて……」


 「オリーヴィアは自分が敗北した後のことまで考えていたのよね……」


 やっぱり神様ってすごいんだなあ……未来を想定した上で預言を残したし……この世界を守るという自分の責務から逃げなかった……


 「だからダーリンたちはこの世界の希望なのよ! フィオーレちんのことをよろしく頼むわね、ダーリン!」


 「うん、分かったよ」


 「あら……そろそろ時間ね……」


 「あ、うん」


 毎回突然だな……


 「ダーリン、最後にお別れのキッスを……」


 「ええっ!? なんで!?」


 リラ神は、がしっ、と僕の顔を両手で掴む。


 「えっ? えっ? なにこの手は!?」


 「ダーリン、愛のキッスよ!! ぶちゅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」


 近づいてくるゴリラの巨大な顔面!!!!


 「ああああああああッッ!!!! 助けてぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 「逃げられないわよぉぉぉぉおおおおおおんんんん!!!! ぶちゅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」


 「ああああああああああああああッッ!!!!!!」


 しかしリラ神の顔は僕の顔にキスしようとする前に消えていった……


 「はあ……はあ……助かったぁぁぁぁ!!!!」


 助かった……もうすぐゴリラとキスするところだった……

 そして僕は夢から覚めるのだった……



 「ノゾム、大丈夫?」


 目を覚ますとフィオーレがこちらをのぞき込んでいた。


 「ああ、うん、大丈夫……ゴリラの夢を見ちゃって……」


 「なんで私の夢なのよ!!」


 「フィオーレのことじゃないから!!」


 フィオーレはついに自分のことをゴリラだと認識し始めたのか……やばいな……

 それにしてもリラ神のせいで大変な目にあったが、いろいろと知ることができた……なんだか複雑な気分だ……


 「ノゾムさん、もう少ししたら行きますわよ。そろそろエゼルさんも起こしますわ」


 アンナがそう言いながら旅の支度をしている。


 「うん、分かったよ」


 どうやらエゼルも寝ているようだ。

 エゼルが起きたあと、僕たちは旅の支度を整えて出発することにした。

 中央王国セントラルーネ、そして中継地点にある砂と魔法の街カタブラルーネを目指して……

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