第三十七話 一緒に強くなろう
僕たちは宿で荷物を取ったあと、街から出て夜の森の中を歩く。
「ここまで来ればとりあえず大丈夫かな……」
僕たちは街から少し離れたところで野宿することにした。
「今日は暗くて前に進めないからこのあたりで野宿ね」
フィオーレが言う。
「そうだね、もう疲れたよ……」
とはいえ眠れるはずがない。空を飛んで龍と戦ったのだ。まだ恐怖が残っている。実を言うとまだ足がすくんでいる感じがするし、どうも落ち着かない。
他のみんなもこの戦いでかなり疲れたはずである。
「それにしても大変だったね。龍が街に現れて、あの美しい水の都がめちゃくちゃになっちゃったし」
ローゼがそう言う。
「うん、たくさんの犠牲が出たね……」
「それにしてもノゾムの活躍はすごかったね。よく龍を倒したよ」
「水の精霊様のおかげだよ」
ローゼは話した感じ大丈夫そうだ。
しかし問題なのは他のメンバーである。特に心配なのはエゼルかな……あとアンナの様子もおかしい。
「……」
アンナはずっと黙って下を見つめている。街を出る話をしているあたりではすでに機嫌が悪そうだった。
いろいろなことがあったからな……少し時間が経ってから聞いてみることにしよう。
「……」
エゼルもどこか虚空を見つめてふらふらとしている。心ここにあらずといった感じだ。
エゼルは龍が現れたところから足がすくんでいるように見えた。ちょっと後で話をしてみようかな……
「……」
ヒィナは相変わらず黙っているので分からない。
とにかく寝袋を用意し、各々眠る準備をする……だがやはり、みんな眠れないようである。
見張りはローゼに任せていて、あとで僕と交代することになった。
アンナたちにはあとで話しかけるとして、まずヒィナが眠れているか心配なので小声でヒィナに聞いてみる。
「ヒィナ、大丈夫? 眠れてる?」
「大丈夫、ヒィナ寝てる」
寝ていなかった。ヒィナは少し感情が読みにくいため怖がっているのかどうか分からないが、様子を見る限り大丈夫そうである。
「そっか、おやすみヒィナ」
「うん」
ヒィナはそのまま眠ってしまった。
フィオーレのほうを見る。フィオーレはもう眠っているようである。
「早いなあ……よっぽど疲れていたんだろうなあ……」
さて、アンナに話しかけてみるか……
「アンナ、起きてる……?」
「ええ……起きていますわ……」
「ちょっとだけ話さないか?」
「ええ……」
アンナはいつもより静かである。
「どうしたの? 街を出るあたりからずっと黙ってるけど……」
「大丈夫ですわ」
「フィオーレならもう寝てるよ?」
「……」
やはり黙っている……これは何か気にしているのだろうか……
「アンナ、いつもありがとう」
「どうしたんですの……? 急に……?」
「いや、いつも魔法の修行手伝ってくれたりさ、魔法薬作ってくれたりするから……その、なんとなく?」
「なんですのそれ」
ちょっとだけ笑うアンナ……少し悲しそうにも見える……
「何か気にしてることがあるの?」
「……どうしてそう思うんですの?」
「うーん……なんとなくアンナが元気ないなぁって思ったから?」
「そんなことないですわよ……」
僕は龍との戦いのことを思い出す……フィオーレはすごかったな……龍と戦って……僕も精霊魔法を使ったし……
でも街の人たちがフィオーレのことを化け物扱いした時には腹が立ったなぁ……
「僕、はじめて魔法を使ったんだけど……魔法を使うってあんな感じなんだね。たぶん今はもう使えないけど」
「ええ、見てましたわ……」
「フィオーレはすごいよね、あんな大きな龍と戦うんだから」
「ええ、お姉様は街の方々のために戦ってました……立派だと思いますわ……」
「アンナ……僕ね、街の人たちがフィオーレのことを化け物扱いした時、すごく腹が立ったんだ」
「……ノゾムさん?」
「僕はフィオーレがあんな言われ方をして思わず叫んじゃったよ……怒りや悲しみでおかしくなりそうだった」
「ノゾムさん……」
「アンナ……アンナも何かあったら言ってみていいんだよ?」
「……」
アンナは静かに話しはじめる。
「本当は……本当は…………すごく悲しかったんですの……腹が立ちましたし、何よりわたくしが敬愛するお姉様があんな言われ方をして……」
「そうだね、分かるよ……」
「それが悔しくて悔しくて……どうすることもできない自分に怒り狂いそうでした……うぅ……ううぅぅ……」
静かに泣き出すアンナ……どうやら怒りや悲しみをためてしまっていたようだ……
「大丈夫だよアンナ……街の人たちだって分かってるはずだよ……フィオーレは悪くないって」
「ううぅぅ……」
声を押し殺して泣くアンナ……
「ううぅぅ……あぁぁぁ……」
「もう大丈夫だから……みんな本当にフィオーレのことを悪く思ってないから……」
「ええ……うぅ……」
アンナはいつしか泣き疲れて眠ってしまったようだ……
「アンナもつらかったんだな……」
アンナもいろいろ我慢してきたのかもしれないな……
普段はムードメーカーなアンナだが意外とまわりに気を使っているのかもしれない……
龍との戦いではフィオーレのことを悪く言われたのがつらかったんだろうな……
さて、そろそろ見張り交代の時間かな。僕はローゼに話しかける。
「ローゼ、そろそろ見張り代わるよ。疲れてるでしょ?」
「いや、みんな疲れてるだろ? ノゾムももう少し休んでくれ。ボクが見張りを続けるよ」
アンナだけではない……ローゼも無理しているみたいだな……
「ローゼも疲れてるでしょ? ゆっくり休んで」
「……ありがとう、そうさせてもらうよ」
焚き火の近くに座っていたローゼは立ち上がってこっちに来る。
「すまないノゾム、さっきの話、少しだけ聞こえてしまったよ……アンナもつらかったんだね……」
「聞こえちゃってたか……そうだね、アンナも無理してたみたい」
「ああ、でもそういうときのために仲間はいるんだ……一緒に乗り越えていこう」
「そうだね、ありがとう」
そんな話をしてローゼと見張りを交代した。
見張りをしながら話したいと思っていた相手がいる……それはエゼルだ。
龍との戦いのとき、エゼルの様子がおかしかったのを覚えている。
エゼルと話をして聞いてみようと思ったのだ。
「エゼル、起きてる?」
「ええ……眠れないわ」
やはり起きていたようだ。
「疲れてるところ悪いけど、眠れないなら一緒に見張りをしない? ちょっと話がしたいんだけど」
「……まあいいわよ」
エゼルは起き上がってこちらにやってきた。
僕たちは焚き火の近くに座り、話をする。
「ごめん……私もさっきの話、少しだけ聞いちゃったわ……」
「……」
「私もフィオーレのことを悪く言われて腹が立ってたの」
「そうだね……僕もだよ……」
しばらく黙った後、僕は話しを切り出す。
「……エゼルも大丈夫? 少し心配だったんだ」
「心配……? 私が……?」
「うん、エゼルの様子がおかしかったように見えたから、心配になっちゃって」
「大丈夫よ、私……」
そう言ったあと、エゼルは少しうつむく。
「エゼル?」
「……」
黙って下を向くエゼル。どうしたのだろうか?
「…………私ね、本当は……怖かったの……」
「……うん、僕も怖かったよ」
エゼルは少し意地っ張りなところがあるので心配だったが、どうやら本心を言ってくれるようだ。
「怖かった……空を飛ぶ巨大な龍……燃えさかる街……血を流して倒れる街の人々……あんなの見たのはじめてだったから……」
「うん……」
僕もすごく怖かった……あんな大惨事が目の前で起こったのだから……
「でもノゾムはすごい……土壇場であんな風に龍に立ち向かっていけるなんて……それに比べて私は……怖くて足がすくんで、何もできなかった……」
「そんなことないよ……エゼルだって頑張ってくれたじゃないか」
「私、すごい冒険がしたくて冒険者になったのに……魔王と戦うことを覚悟してきたはずなのに、こんなことで足を止めてるなんて……街の人たちのために一生懸命動いていたみんなに申し訳ない……」
静かに泣き始めるエゼル……焚き火の明かりで頬に涙がつたうのが見える……彼女はそれを悟られたくないかのように拭う……
「エゼル……僕だって怖かった……エゼルがみんなを助けてくれたから街の被害が広がらずに済んだんだよ」
「ノゾム……」
「本当の気持ちを話してくれてありがとう。僕もあの戦いで自分に誓ったんだ……これからもっと強くなるって……」
「もっと強くなる……?」
「うん……今回のことではっきりしたんだ……僕はもっと強くなってフィオーレと一緒に戦えるようになるんだって……」
今回の惨劇ではフィオーレを支えられない僕たちに責任があるように感じた。今までだってフィオーレやみんなと魔王を倒すことを心に決めていた。だが、それはそんな簡単な話ではないことを身をもって知ったのだ。
僕はもっと強くなる。そしていつかフィオーレと背中を合わせて、みんなと一緒に魔王と戦うと、そう決めたんだ。
「今回のことでたくさんの犠牲が出た……僕たちがまだまだ力不足であることを思い知った……だから……強くなろう、一緒に……二度とこんなことが起こらないように……」
「……」
エゼルは僕の話を黙って聞いていた。
「……そうね、私も頑張る。ありがとうノゾム」
エゼルはそう言う。
暗闇の森はだんだん薄明るくなってきた。もうすぐ朝になるだろう。
「私もみんなと一緒に強くなるわ! そしてすごい冒険をして、魔王を倒すの!」
どうやら少し元気になったようだ。
「うん、そうだね。一緒に頑張ろう」
僕たちはそのまま朝日が昇るまで見張りを続けるのだった……
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