第三十三話 龍と相対する
夜空に巨大な漆黒の龍が現れた。僕は剣を持ってフィオーレたちのいる部屋へと走る。
「フィオーレ!! みんな!!」
「ええ!! 分かってるわ!!」
僕はフィオーレたちと合流し、宿から出て、龍のほうへ向かって走る。
空を舞う巨大な龍は今まで感じたことがないようなおぞましい威圧感を放っている。歩を進めるたびに足が竦むほどの恐怖を肌で感じる。
体全体に伝わるプレッシャーはすさまじく、それはあの小さな世界樹の街グロウバウムで遭遇した巨大なシカの魔物など比ではない。
フィオーレたちは怖くないのだろうか。そう思い振り返ってみる。フィオーレとアンナは平気そうだが、ローゼとエゼルは少しこわばっているように見える。ヒィナはもともと表情があまり変わらない子なのでよく分からない。
実を言うとヒィナは宿においていこうか迷ったが、連れて行くことにした。ヒィナだって導かれし者だ。一人だけおいていくことはできなかった。
空を見上げると、龍は口から炎を吐いたり、地面へと低空飛行して暴れ回ったりして、街を無差別に攻撃している。
走りながらあたりを見回すと攻撃に巻き込まれて怪我をした人や亡くなってしまった人、瓦礫の下敷きになって動けなくなった人などがいる。
「街を無差別に攻撃するなんて……許せない……」
フィオーレがボソっとそう言ったのが聞こえた。
早く龍を止めなければ被害がもっと広がってしまう! これ以上、被害が広がる前になんとかしないと……
……そう思っていたその時だった。
「痛いよ……助けて……」
「助けてくれぇぇぇぇ!!!! この子が!!!! この子が怪我をしてしまったんだッ!!」
「ウチの子が!!!! ウチの子が息をしていないの!!!! ううぅぅ……ッ!!!!」
「あの人を助けて!!!! 足が挟まって動けないの!!!!」
「俺たちがいったい何をしたっていうんだ!!!!」
苦しむ声、助けを求める声が聞こえきた……そんな声に僕は思わず足を止めてしまう。
「ノゾム!! 早くして!!」
フィオーレが走りながら僕を呼ぶ。
「分かってる……分かってるんだ……!!」
早くあの龍を倒さなければならないのに……早くなんとかしなければもっと被害が拡大してしまう……だけど……ッ!!
怪我をした街の人たちを放っておくなんてできない……ッ!!
「くそ……どうしたら……ッ!!」
「ノゾム!」
ローゼが僕に声をかける。
「ボクたちは怪我をした人を助けるよ! やっぱり街の人たちが心配だ!」
「でもローゼだけじゃ……」
「わたくしなら怪我人を治療できるかもしれません、ついて行きますわ!」
「分かった、頼む!」
助かった……本当は僕も助けに行きたいが、これなら後ろを任せて先に進むことができる。
そして僕はヒィナのほうを向く。
「ヒィナ、君もローゼとアンナについて行くんだ。いいね?」
「……ヒィナ、ノゾムと一緒にいたい」
「ヒィナ、僕は君が心配なんだ、さあ早く」
「……分かった」
ヒィナもローゼとアンナについていく。
エゼルを見ると足を止めて、あたりを見回していた。
その顔は恐怖に歪んでいた……
「はあッ……はあッ……」
瓦礫に足が挟まりもがき苦しむ人……最愛の人を失い泣き叫ぶ人……見たこともない数の人の亡骸……そして目の前でおぞましく動き回る巨大な龍……
これを見てパニックにならない人はいない。僕だってさっき怪我をしている人を見て、助けたくて足を止めてしまった。迷ってしまった。
「はあッ……はあッ……」
「エゼル!! エゼル!!」
僕はエゼルに向かって叫ぶ。
「の、ノゾム……」
「エゼル、君は怪我をした人たちを救助してくれ! それから動ける人たちと一緒にみんなを避難させるんだ!」
「わ、分かったわ……」
恐怖でパニックになっていたエゼルだったが、どうにかふらつく足を前に出し、歩き出した。
これでいい、あの状態ではおそらくエゼルは戦えない……
こうして僕たちはローゼたちと別れ、別行動をすることになった。
そして僕とフィオーレは龍の真下に来た。
真下に来るとその迫力を別物だった……巨大な体、鋭い爪、鋭い眼光、その全てが僕を威圧してくる。
「やめなさい!」
フィオーレが叫ぶ。
「なんだ、お前らは」
龍がフィオーレに気づいた。地の底を這うような低い声があたりに響く。
「小娘、さっさと逃げたほうが賢明ではないか? 俺が怖くないのか?」
「怖くないわ! 私は怒っているのよ!」
フィオーレはそう言う。僕は怖くて仕方ないんですけど……
「まあ、いい。少しおしゃべりしないか? 無力な人間風情と話すのは面白くないが、いまは暇なんでな」
「おしゃべり……だと……?」
僕がそう聞き返す。
「そうだ、おしゃべりだ。お前たち、勇者とやらを知らないか? この世界の救世主、お前たちを救う存在だ」
「勇者がどうしたって言うんだ」
「俺はそいつを探している……だからこの街を焼き払い、あぶり出そうとしているのだ」
「勇者一人おびき出すためだけに! これだけの人を巻き込んだのか!」
僕は叫ぶ。
「そうだ、俺は勇者とおしゃべりがしたいのだ。今はそのためならば他はどうでもよいのだ」
「また……私のせいで……」
フィオーレは悲しそうな顔をして、小さな声でつぶやいている。
「ふぃ、フィオーレ……?」
すると、フィオーレの顔が今まで見たこともないような怖い顔になる。
「あなたと話すことなんてないわ……今からあなたをぶっ倒すもの……ッ!!」
「小娘、さっさと逃げたらどうだ? 俺が用があるのは勇者なのだ、お前に用などないのだ。勇者とやらはどんな屈強な男なのか、楽しみだな」
それを聞き終わる前にフィオーレは走り出す!
「はああああッ!!!!」
フィオーレは叫びながら飛び上がり、一瞬で龍の顔の前までジャンプする!!
バコォォォォォンンンン!!!!
フィオーレは龍の顎めがけて下からアッパーを食らわせる!!
「ぐるるるるぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
龍はたまらず吹き飛ばされるが、空中でなんとか持ちこたえた!
「なんだこの力は……まさかお前が……勇者……ッ!! こんな小娘が……ッ!!」
フィオーレは崩壊せずに残っていた建物の屋根に着地する。
「これはほんの挨拶代わりよ……」
フィオーレは鋭い眼光で龍を見ている。
龍は空中で身を翻し、僕たちのほうへと向き直る。
「ふっふっふっ……!!!! はああああああはっはっはっはっはっはっ!!!!」
龍はフィオーレを見て大笑いし始める。
「勇者、そうか、お前が勇者か……勇者よ、俺はお前とおしゃべりがしたかったのだ」
「残念だけど、あなたと話すことなんて何もないわ……私は怒っているもの」
「まあそう言うな、とりあえず俺の話を聞け」
龍はフィオーレに向かって話し始める。
「勇者よ、俺にはお前と戦う理由などない、そして魔王と結託するつもりもない。俺は自由を愛する者なのだ」
「自由? この街をこんな風にしておいて、それで自由を主張するつもりなの?」
「そうではない、俺は別に勇者だとか魔王だとか世界の運命だとか、そんなものはどうでもよいのだ。俺は自由に空を飛び、自由におしゃべりがしたい、それだけなのだ」
「ふざけるのも大概にしなさい……あなたのせいでこの街の人たちは苦しんでいるのよ」
「俺はこの封印を完全に解いてもらいたいだけだ。そうすれば力を存分に発揮できる。自由の身になれる。そうなればお前たちに力を貸してやろう。魔王を一緒に倒そうではないか。俺は魔王の倒し方を知っている。魔王の居場所だって分かる。お前たちにとって悪いことは一つもない。どうだ? いい提案だろう?」
「……残念だけど、あなたに力を貸してもらいたいなんて、これっぽっちも思わないわ」
フィオーレは冷たく言い放つ。
「勇者よ、お前の力があれば俺の封印を完全に解くことができるはずだ。俺は今、力を完全に発揮できず、魔力を感知することができないから分からないが、お前の魔法なら封印を解くことができるはずだ……」
あの……フィオーレは魔法使えないんですけど……
そう思っていると、フィオーレは冷たく言う。
「私、そんなことできないわよ。私は魔法が使えないもの……仮にできたとして、そんなことをするつもりなんてないわ」
「お前ッ!! 勇者のくせに魔法が使えないのか!! このぽんこつがああああああ!!!!」
龍は怒鳴り散らす。
「勇者は魔王を倒すための切り札だろうが!! それが魔法も使えないなんてあるわけないだろう!!!! 俺が何のためにお前をあぶり出したと思っているんだこの小娘がああああああ!!!!」
「なんとでも言いなさい。私、本当に魔法が使えないもの」
「もういい!!!! これは腹いせだ!!!! この街を焼き払ってくれる!!!!」
龍はそう言って街に向かって炎を吐く!!
「……ッ!! やめなさい!!」
「いいやッ!! やめないね!! 封印を解くことができないのなら、もうお前に用などないわ!! お前が悪いのだ!!!! お前が俺の封印を解くことができないのが悪いのだ!!!!」
龍は暴れ回り、街を、人々を、攻撃する……それも無差別に……
僕とフィオーレはこの龍をなんとかして止めなければならない……ッ!!
絶対に……ッ!!
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