第三十二話 復活する神話の龍
その日の夜、僕は宿の自室でベッドに座り、本を読んでいた。
もちろん警戒は怠っていない。
いつ何が起こってもいいように身構えている。
単独行動は控えるようにとローゼたちと話したが、さすがに女性陣と一緒の部屋に泊まることはできないので一人で警戒しながら過ごしている。
「フィオーレたちは大丈夫だろうか……」
そう思いながら本のページをめくる。
ちなみに、この本はこの街マルコーネの賢者様にもらった聖なる書物である。
その賢者様はなぜか僕の顔を見るなりニコニコしてこちらに来たのだ。そしてこの本を渡してきた。
中を見ると、女性の熟した大きな果実が実っている絵がたくさん書いてあるそれはそれはありがたい書物であった。
僕はこの本が他のみんなに見つからないように懸命に隠しながらこの宿の自室まで戻ってきたのだ。
あと、その賢者様は異世界転生者ではないようだった。異世界転生について話してみたが分からないようであった。
そしてこの本はその賢者様が描いたものらしい。実に素晴らしい絵の才能である。
「グロウバウムでは書物を破られた上にひどい目にあったけど、この街ではなんとか見つからないように部屋まで持って帰ってくることができたぞ。よかったよかった」
小さな世界樹の街グロウバウムで手に入れた聖なる書物はフィオーレに破られちゃったからね。それにしてもこの街にも賢者様がいるなんてね、驚きだよ。
きっと高名な魔法使いなのだろう、それならもっとやらなければならないこともあっただろうに。魔法の研究とか、若者たちを導くとか……まあ僕としてはこんなありがたいものをもらえるのだから文句はないけどね。
「ふむ、これはなかなか興味深い果実だな」
そう言いながら僕は本を読み進める。
僕が神秘の果実の研究をしていると、窓の外で何かが光っているのに気づく。そして次にゴロゴロと音が聞こえてきた。
雷か……雨でも降っているのだろうか……そう思っていると……
次の瞬間、とてつもない気配を感じる……ッ!!
なんだ!? まるでおぞましい何かがすぐ近くにいるかのようだ!!
僕は窓を開けて空を見上げる。
すると、空に広がる黒い雲の合間に黒く巨大な何かが動いているではないか!!
なんだあれは……僕はそう思いながら必死にそれを観察する。
そして分かった……
「龍だ……龍が空を飛んでいる……ッ!!」
僕はあっけにとられて空を舞う龍を見上げる。
黒い鱗、巨大で長い体、手足があり、鋭い爪がある。
瞳は赤く光り、頭は蛇やワニのような形をしている……
その巨大な体はどのくらい長いのか、あまりにも巨大すぎてこの場所からではまったく分からない。
この龍はどこから現れたのか。
リラ神の言っていた危機とはこの龍のことだったのか!?
「早くフィオーレたちに知らせなきゃ……!!」
僕は急いでフィオーレたちの元へと向かうのだった……
☆ ☆ ☆
ついに神話の龍を復活させた。
空を舞う黒い邪龍は雲の間から赤く光る瞳でこちらを見ている。
この龍を操って勇者どもを倒すのだ!
「さあ龍よ、勇者どもを倒しに行け!」
「は? いやなんだが」
龍はまるで地の底から響くかのような低い声で俺の命令に反論してきた。
「え?」
「え?」
「え?」
俺は仲間の魔物と目を合わせる。
「え?」
「え?」
そしてもう一度、龍を見る。
「……え?」
聞き間違いだろうか? それとも言い方が悪かったのだろうか?
きょとんする龍。その表情はまるで変わらないが、たしかに「何言ってるんだこいつ」という顔でこちらを見ている。
「あの……龍さん、いや龍様、勇者一行を倒してきてください、お願いします」
「いやなんですけど」
「え?」
「え?」
「え?」
聞き間違いではなかった。言い方の問題でもなかった。しかも丁寧に断られた。
「俺の封印を解いたのは評価に値する、褒めてやろう。だがお前らに操られるほど俺は落ちぶれてはいない」
龍は続けて言う。
「俺の名はジャファニール。俺はおしゃべりが大好きだ」
「だだだだからなんだ! おおお俺たちはお前を操って勇者どもを……」
「口を慎め雑魚ども、俺はお前らにおしゃべりをしようと言っているのだ。お前らは俺を操れていない、ゆえにお前らに拒否権はない。お前ら程度の雑魚、一瞬で始末できるからだ」
「ひぃぃ……」
「おしゃべりをしよう。ここはどこだ? 俺が封印されてからどのくらい時間が経っている?」
龍は一方的に質問してくる。
「ここここここはマルコーネという人間どもの街だ。お前が封印されてからどのくらい経っているかまでは知らない……おおおおそらく数百年かそこらは経っているんじゃないか」
魔王様が神の使いをし、そしていまのように魔王になるまでの神話の時代から果たしてどのくらいの時が経っているのだろうか……俺たちでは推し量ることもできない。
「ふむ……ということは、あの神の使い、たしかオリーヴィアとか言ったか……あの小娘は大地を創造することに成功した、と、そういうことか……そして人間どもが下の大地に降りて栄えた……なるほどな」
「おおおお前!! お前が魔王様に」
「口を慎めと言っているだろう!! この俺をお前と呼ぶんじゃああああないッ!!」
龍は怒鳴る。
「ひぃぃ……」
「しかし、お前たちのその姿、人間ではないな」
「おおお俺たちは魔物だ! 魔王様が世界樹の下から創造されたのだ!!」
邪龍ジャファニールは俺たちを鋭い眼光で見ている。
「なるほど、あの命の大樹の下の下へと堕ちて行った神の使いか……たしかフローリアとかいったか、俺がだましてやったら簡単に引っかかった愚か者だ」
「ま、魔王様を侮辱するな!!」
「そもそもあの小娘ならお前ら程度の雑魚にこの俺が操れないことくらい分かっていたはずだ、つまり封印を解くように命じたのは違う奴、そうだろう?」
「魔王軍幹部、七つの大罪、強欲の罪! ズヴェン様だ!」
「やはりな、つまりそのズヴェンとかいう奴が俺を利用するために中途半端に封印を解かせたのだ。これはあの小娘の命令ではない、そのズヴェンとかいう奴の命令だ。そしてお前らは捨て駒として利用されたのだ」
「そ、そんな!! 俺たちが捨て駒……ッ!!」
「そうだ、お前らは捨て駒だ。そのズヴェンは俺の封印を完全に解き、俺を操る方法を知っていたはずだ。それをしなかったということは元々、お前らが死んでも構わないと思っていたということ」
「う、嘘だッ!! ズヴェン様はそんなお方ではない!!」
龍は続けて言う。
「中途半端に封印を解いたのは俺を勇者とかいう人間の救世主とここで戦わせるため。そして俺をある程度、自分の支配下に置くためだ。俺がここからあまり離れることができないように封印を中途半端に解いたんだ。そしてお前たちは俺の封印を完全に解くことも、俺を操ることもできない」
「な、何が言いたいんだ!!」
「俺がお前らの言うことを聞かなければお前らは死ぬ。仮に俺と勇者が戦ったとして、その戦いにお前らが巻き込まれたとしてもお前らは死ぬ。どっちにしろお前らはここで死ぬ運命にあるんだ」
「そ、そんな!! 嘘だ!! 嘘だッ!!」
「哀れだな、実に哀れだ……こき使われた挙げ句、捨て駒にされて死ぬというのだから」
「ズヴェン様が俺たちにそんなことを命令するはずがない!!」
俺たちは背に隠していた剣を手に持ち、龍へと向ける。
「ほう、立ち向かってくるのか。このジャファニール相手に勝てると思っているのか」
「うおおおおおお!!!! ズヴェン様はそんなお方じゃなぁぁぁぁいいいい!!!!」
龍は口を開ける。そこから炎が発射され、俺たちはその炎に飲み込まれた。
「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁああああああ!!!! 熱い!!!! 熱いいいいいい!!!!」
「魔王様ぁぁぁぁ!!!! ズヴェン様ぁぁぁぁ!!!!」
俺たちは炎に焼かれ、意識はそこで途絶えた……
☆ ☆ ☆
雑魚の魔物どもを焼き払い、俺は少し後悔した。
「ああ、せっかくおしゃべりができると思ったのになあ……残念だなあ……」
俺はあたりを見まわす。
地上にいる人間どもはがやがやと騒ぎ、ある者は俺を見上げて恐れおののき、ある者は俺に背を向け逃げる。
人間たちは皆、思い思いの方向へ逃げ、まるで統制が取れていない。
「烏合の衆が……いつまで経っても人間はこんなものなのか……」
それにしても困った、おしゃべりする相手がいない……
中途半端に、とはいえ、せっかく封印から解き放たれ、ある程度は自由の身になったというのに。
人間どもはパニックになっている。話せそうにない、まあ、そもそも何の力も持たないただの人間風情などと話をしてもなあ……
そこで俺は考える。
そうだ、勇者とかいう奴と話してみよう!
人間の救世主ほどの力があれば、もしかしたら俺の封印を完全に解くことができるかもしれない。
封印を完全に解くことができれば、本来の力を発揮することができるし、この地から離れることもできる!
「勇者よ、待っていろ。いまからあぶり出してやるからな!」
俺は街に向けて口から火炎放射を放つ。街は炎に包まれ、多くの人間どもが死に絶えていく……
俺はおしゃべりが大好きだ。おしゃべりをするためなら手段は選ばない。
勇者よ、出てこい。
俺とおしゃべりをしよう。
そして俺の封印を完全に解くのだ!
ノゾムくんが読んでいる聖なる書物は十五歳の彼が読んでも大丈夫な絵しか描いていない書物です。
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