第三十一話 暗躍する影
あの後、絵描きのおじさんと分かれてきた。
川に落ちてびしょ濡れになった僕とフィオーレは服を着替えるために宿へと戻ることにした。
宿へ帰り、フィオーレと別れ、自室に戻る。
「やれやれフィオーレには困ったもんだね……」
「きゃああああああああ!!!!」
着替えようとしたそのとき、向こうの部屋のほうからフィオーレの叫び声がする。
何かあったのだろうか!?
僕は急いでフィオーレたちの部屋に向かって走って行く。
「どうしたのフィオーレ!?」
「ノゾムゥゥゥゥ助けてぇぇぇぇ!!!!」
「お姉様ぁぁぁぁ!!!! びしょ濡れになって、よりいっそう素敵ですわぁぁぁぁ!!!!」
見ると、どうやってか自力で縄から抜け出たアンナがフィオーレに襲いかかっている。
「なんだまたやってるのか、じゃあ僕は部屋に戻るから。ごゆっくりどうぞ」
「ノゾムゥゥゥゥ!!!!」
まあ、いつものことだし大丈夫だろう。今朝は僕が縛りあげて助けたけど、今回は助けなくてもいいだろう。びしょ濡れだし早く着替えたいからね。
泣き叫ぶフィオーレを背に僕は部屋へと戻るのだった。
着替えてしばらくしてから、僕は街へと再び出る。
「この街は綺麗だな、ほかにも見てまわりたいところだ。それから次の旅のためにいろいろ買って……あとでクエストも確認しなきゃね」
旅の疲れを癒やしたらまた旅に出るための準備をしなければならない。クエストを受けてお金を貯めて、旅のためにいろいろな道具やら薬やら食料やらを買う。中央王国セントラルーネに行くために。
「ふむふむ、いろいろな物が売ってるな」
しばらく歩いていると、ヒィナたち三人がいるのを見つけた。
「あ、ノゾム来た」
「ヒィナ、いい子にしてた?」
「うん、ヒィナ、いい子」
「で、三人は何してるの?」
「これ見てる」
そう言ってヒィナはお店のほうを指さす。そこには美しい剣が飾られていた。それはまるで日本刀のようだった。
片刃の剣で刀身が反り返っており、僕がいた世界でいうところの日本刀に近い形をしていた。
「すごい、日本刀みたい」
「ノゾム、この剣を知っているのかい?」
「いや、よくは知らないけど……」
でもよく考えると別に日本刀に詳しいわけではない。いろいろな種類やら何やらがあるらしいが、僕は日本刀についてほとんど知らないのだ。
「この剣は東国のジパンという国から輸入された物らしいんだ」
ローゼが言う。
「へえ、そんな国もあるんだ」
「芸術品としての価値があるらしく、こうしてこの街でも高値で売られているんだ」
「なるほどねえ」
日本刀のような剣か……武器としてはどうなのだろうか……気になるところだ。
僕の武器は今のところ安物の剣だ。僕は戦いであまり役に立っているわけではないし、今のところはこれで事足りている。しかしこれから先、魔王や魔物と戦うことを考えるとどんな武器を使っていけばいいのか考えなくてはならないのもたしかだ。
「ふーむ……日本刀のような剣か……」
まあ、どっちにしろこんな高価なものが買えるわけないし、芸術品として眺めるだけになるが……武器についてはいずれ考えよう……
「フィオーレはどうしたのよ?」
エゼルが聞いてくる。
「ああ、フィオーレなら宿にいるよ。アンナに襲われてる」
「ああ……」
またやってるのか……という顔をするローゼとエゼル。うん、またやってるのよあの二人。
「もうすぐ昼になるんじゃないのかい? 食事を取ることにしよう」
「そうだね」
僕たち四人はご飯を食べる店を探すことにした。
しばらく歩いていて気がついたが、ヒィナの様子がおかしい。ずっと何か嫌そうな顔をしている。
「どうしたのヒィナ?」
「イヤな気配する」
「イヤな気配?」
そういえばリラ神も何かイヤな気配がすると言っていたな。
「どっちのほうから?」
「あっち、でもこっちに来ない」
「ふむ……」
何かは分からないが警戒したほうがよさそうだな。
「ヒィナは何を言っているんだい?」
ローゼが聞いてくる。
「その、この街に何かイヤな気配を感じるみたいなんだ」
「そうなのか? ボクは別に何も感じないんだけど」
「私も何も感じないけど」
エゼルも分からないらしい。
「実は夢にリラ神が出てきたんだ。この街に何か邪悪な存在がいるみたいだから気をつけろ、って」
「なんでそんな大事なこと早く言わないのよ!」
「たしかにそれはみんなにもっと早く言うべきだね」
「ご、ごめん……忘れてて……」
巨大なゴリラがキス顔で迫ってきた上にあんなことやこんなことをされそうになっていたのだ。そっちのインパクトが強すぎて大事な話を忘れていた。アレはハニーが悪い、うん、そうだ。ハニーが悪いよ、絶対。
「まあ、とにかく気をつけなければならないね。その方向を探してみようか」
ローゼがそう言う。
「ヒィナ、邪悪な魔物がどこにいるか分かる?」
「あっち」
「よしあっちを探してみよう」
僕たちはヒィナが指さすほうへと行ってみる。
「どう? このあたり?」
再びヒィナに聞いてみる。
「逃げた」
「逃げた?」
なぜ逃げるのだろうか。
「追いかけようか?」
「いや、追いかけてもまた逃げられるだけだろう」
ローゼが言う。
「逃げるということは今は戦う意思がないということ。逆に言うと、後で準備をしてから襲いかかってくる可能性もあるということだ。相手の意図が分からない以上、ボクたちは気をつけて構えていなければならない」
「ふむ、じゃあどうすればいいんだろう」
「とりあえず様子を見よう。こちらも迎え撃つ準備をするんだ。夜は気をつけて動くこと、そしていつ襲われるか分からないから単独行動は控えることが大事だろう」
「なるほど……」
ローゼの言うように今はどうすることもできなさそうだ。しばらく様子を見ることにしよう。
「まあ、私がいるからには平気よ! どっからでもかかってらっしゃい!」
エゼルは元気にそう言う。
「じゃあみんな、気をつけておこう」
「分かった」
僕たちはあたりを警戒しながら歩き始めたのだった。
☆ ☆ ☆
すっかり夜になった。やや明かりはあるものの、あたりは暗く、人間どもにバレないように動くにはちょうどいいだろう。
「しかし、勇者パーティご一行様がこちらに気づいて追ってきたのには驚いたな」
ここで勇者たちに任務を邪魔されるわけにはいかなかったので不愉快だが逃げることにしたのだ。
「さて、そろそろ魔力が上がってくる頃合いだな、勇者一行の居場所も分かったし、はじめるか」
この街には太古の昔、神話に出てくる蛇、いわゆる龍が封印された場所があると聞いている。
この先に大きな樹のある広場があるそうだ。そこには石碑があり、その下に龍の魂が眠っているという。
なぜこんなところに封印されているのか分からないが、魔王ラウレンティア様がそう言うらしいのだ。俺たちは魔王軍幹部から聞いてそれに従っているだけだから、よくは知らない。
その龍とやらは我らの魔王様に世界を支配する助言を与えたという。その助言により魔王様は世界を支配するため、神オリーヴィアと戦い、その結果、世界の下へと堕天されたそうだ。
詳しいことは分からないが、我々魔物がいるのも魔王様のおかげ。この龍は魔王様が世界を征服しようとしたきっかけであり、ある意味、我ら魔物がいる理由でもある。
魔王様はこの龍を勇者を倒すために使うというのだ。我ら下っ端の力では封印を完全に解くことはできないため、龍は力を発揮できない。逆にそれがいい。弱った龍であれば我々の魔法でなんとか操ることができる。操れば龍を勇者と戦わせることができるからだ。
俺はフードを被った仲間の魔物に聞く。
「おい、こっちで合ってるか?」
「ああ、そのようだが……お、あったぞ」
暗闇の中、目をこらすと広場の樹の下にそれらしい石碑がある。
ふむ、どうやらこれだな。
「どうする? もう封印を解くか?」
勇者どもは魔王様を倒せる唯一の存在だという。まあ、人間ごときに魔王様が倒されるはずがないが、あのお方は用心深い。勇者を倒すためなら手段を選ばない。
今回の我々の任務は勇者どもの所在を確認したのち、龍の封印を解き、勇者パーティご一行様を血祭りに上げることだ。
「ああ、そろそろ封印を解く」
「よし、封印を解くぞ」
我らは魔王軍幹部から渡された謎の像を掲げ、教えられた呪文を詠唱する。
「出でよ!! 封印されし龍!! 魔王様の敵である勇者を倒すのだ!!」
夜の帳に分厚い黒い雲がかかり、雨と雷が降りはじめる。
すると、広場の真ん中に巨大な魔法陣が現れ、光り始めた。
そしてその魔法陣の中から巨大な龍が姿を現したのだった……
「やった!! やったぞ!! 龍を復活させた!!」
「これで魔王様に認めてもらえる!! 俺たちも幹部だ!!」
龍は黒い鱗に覆われた巨大で長い蛇の姿をしていた。空へと舞い上がり、雲の間を駆け抜ける。
うねるように空を舞うその姿は、まさに邪悪でおぞましい蛇そのものだった。
「これが……龍……ッ!!」
あまりの迫力に正直驚いた。
体長はどれくらいあるのだろうか……それほど巨大で長い体をしている。
この後、この龍を操って勇者と戦わせるのが俺たちの使命だ。
こんなものを操れるのだろうか……
「やってやる……ッ!! やってやるぜ!!」
さあ、龍よ、邪魔な勇者どもを片付けて来い!!
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