第三十話 芸術の街

 その日の夜、僕が宿で眠って夢を見ていた時のことだ。


 「ノゾムくん……」


 「お姉さん! チュゥゥゥゥ!!!!」


 夢の中で謎のお姉さんといちゃいちゃしていたそのとき、突然お姉さんの姿が消え、次の瞬間、ゴリラのキス顔が出てくる!!


 「ブッッッッチュゥゥウウウウ!!!!」


 「ほああああああああああ!!!!」


 それはゴリラの神様、リラ神だった!!


 「ダァァァァァァリィィィィィィンンンン!!!! 久しぶりねぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 「ぎゃああああああ出たああああああ!!!!」


 「ダーリンのほうからキスを求めてくるなんて!!」


 「違うううううう!!!!」


 「さっそくだけど、アチシの愛を受け取ってぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 「やめてぇぇぇぇええええええ!!!!」


 まあ、リラ神が夢に出てきたということは何か用があるのだろう。

 いつものやりとりを一通りやった後、本題に入る。


 「ダーリン、このマルコーネの街、なんだかイヤな気配がするわ」


 「イヤな気配?」


 「ええ、きっと邪悪な魔物がいるわ。そして大変なことが起こる予感がするの」


 「大変なこと……」


 「ダーリン、くれぐれも気をつけて」


 「ありがとう、気をつけるよ」


 「それはそうと、うふっ、さっきの続きよ!! キスだけで終わらせる自信がないわ!!」


 「やめてけろぉぉぉぉぉぉ!!!!」



 次の日、僕はフィオーレたちと食堂で会う。


 「ノゾム、おはよう……って、またなんか疲れてる?」


 「うん……またイヤな夢を見ちゃって……」


 今日は各々、街を自由に散策する。

 僕はフィオーレと二人で歩いている。いまアンナという変態がフィオーレの近くにいないのは、今朝、彼女がフィオーレに襲いかかっていたのを見たので、僕が縛り上げて部屋に置いてきたからだ。

 もうアンナを縛り上げるのにも慣れてきたな……それにアンナもアンナで慣れてきているのか勝手に縄抜けしている時がある。そのうち縄で縛るだけではあの変態を止めることはできなくなるんじゃないだろうか……

 それとヒィナはローゼとエゼルと一緒にいるらしい。ローゼとエゼルは別の芸術品を見たいと言って別行動をしているのである。たまにはいいだろうとヒィナにはそれについていってもらった感じだ。

 ヒィナは僕と一緒にいることが多いので、今回は少し珍しい組み合わせということになるのかな。


 このマルコーネの街は有名な美術館のようなものがあるわけではなく、街全体が芸術作品であふれかえっている。

 もちろん美術館もあるかもしれないが……

 少し横を見れば石でできた変な形のモニュメントがあったり、落書きのような絵が壁に描いてあったりする。絵に関して言えば本当に何が書かれているのか分からないほどの落書きぶりである。素人の僕ではただの落書きなのか芸術作品なのか分からないくらいだ。

 僕は芸術に詳しいわけではないし、素晴らしいセンスがあるわけでもないので街の雰囲気をなんとなく楽しむ感じで歩いてまわっていた。


 「いろいろな芸術作品があるね。こんな街ははじめてだよ。水も綺麗だし」


 「そうね、私も芸術はあまり良く分からない。でも楽しい」


 フィオーレはあたりを見まわしながら隣を歩いている。


 「ノゾムたちと出会うまでこんなに楽しくてのんびりした時間を過ごすことなんてなかったから……」


 フィオーレは少し悲しそうな顔をする。


 「……フィオーレ?」


 「ううん、何でもない!」


 そう言ってまた前に進み出す。

 フィオーレはもしかしたら僕たちに合う前、孤独でさみしい旅をしてきたのかもしれない。

 だが、フィオーレは何かを隠している。だから過去話をむやみに聞くわけにはいかない。

 僕はみんなと決めたのだ。フィオーレが自分から話してくれるまでは聞かないと。

 だから何も聞かずに後ろをついていく。せめて今だけでも楽しい時間を過ごしてほしい……そう思った。


 「あ、あれ何かしら!」


 フィオーレは何か見つけるとそっちに走って行く。


 「走ると危ないよ」


 「これ見て、変な形の岩がある」


 見ると三角形の岩があり、まわりに何かのオブジェクトが飾られたモニュメントがある。これは本当に芸術作品なのかと思うほどのゴツゴツとした岩が三角形の岩のまわりに飾られているのである。


 「ああ、これはきっと」


 「えいっ」


 フィオーレは三角形のオブジェクトの尖っている部分を触るとべきっ、とへし折ってしまう。


 「ああ、折れちゃった……」


 「ちょっと!? 芸術作品になんてことを!! あ、ああ!! 僕見てない!! 何も見てない!! フィオーレが何かのモニュメントを壊したところなんて見てないから!!」


 「ノゾム、どうしたの?」


 このゴリラ、これが芸術作品だと分からずに壊しちゃったよ……どうしよう……


 「いや、何でもない……っていうか僕知らないよ……」


 っていうかそもそも片手で岩を砕ける時点でおかしいんだけど……フィオーレの馬鹿力に慣れてきたのかな……感覚がおかしくなってきてる気がする。


 何もなかったことにして僕は無理やり進み出す。



 しばらく歩いていると、僕たちは橋の上でベレー帽を被ったおじさんに声をかけられた。


 「君たち、ちょっといいかい?」


 「はい、なんでしょうか?」


 「私は絵描きなんだが、絵を描かせてもらってもいいかな?」


 そのおじさんはキャンバスの前の椅子に座り、筆と絵の具を持っている。被写体になってほしいということだろうか?


 「え? 僕ですか? しょうがないなあ、恥ずかしいけど被写体になりますよ!」


 「いや、用があるのは君じゃなくてそっちのお嬢ちゃんね」


 「え?」


 「え?」


 なんだ僕じゃないのか……まあ、知ってたけど。


 「そっちのお嬢ちゃん、ちょっといいかな?」


 おじさんはフィオーレに言う。


 「私? 別にいいけど」


 「ありがとう。しかし、とんでもなく美人だね」


 「そ、そんなことないです……」


 忘れていたけどフィオーレは美少女だ。それもとんでもないほどの美人である。普段あまりにもゴリラなので完全に忘れていた。


 「ちょっと時間をもらうよ、絵を描くから待っててね」


 このおじさん、いったいフィオーレをどんな風に描くのだろうか。


 この街はとにかく風景が綺麗だ。それを背景にフィオーレを描けば、すごい絵が完成しそうな気がする。

 僕はおじさんの後ろで、だんだんと描かれていく絵と緊張してぎこちない被写体のフィオーレを見比べながら待つ。

 それにしてもこのおじさん、この世界で絵を描くのが趣味ということはなかなかのお金持ちなのではないだろうか?

 というのも生きる上で必要な仕事が最優先のこの世界で絵を描く趣味に時間をかけられるというのは、はっきり言って上流階級の娯楽なのではないだろうか。もちろんここは観光の名所なので遊びに来ている人が多くその限りではないのも事実だが……


 などと、考察しているうちに絵が描き終わったようだ。

 キャンバスに描かれた絵を見ると素人の僕が見ても素晴らしいと思うような絵が描かれていた。

 石の街並みに川が流れ、石橋の上に風に髪の毛をなびかせる美少女の姿が描かれている。


 「すごく綺麗な絵ですね!」


 僕はおじさんにそう言う。


 「ありがとう。気に入ってもらえて嬉しいよ」


 「ちょっと?」


 フィオーレがどこか不機嫌そうに絵を見ながら言う。


 「どうしたのフィオーレ?」


 「私の胸……こんなに小さいかしら?」


 「え?」


 「え?」


 「え?」


 僕とおじさんは絵を見る。別におかしくはないが……


 「別におかしくないけど……」


 「なんか被写体の私の胸が小さいみたいな絵なんだけど」


 「え?」


 「え?」


 描かれた絵と自分の胸を見比べるフィオーレ。大丈夫です、あなたは絵に描かれた通りのまごうことなきぺったんこですから。


 「私は……」


 なんだか怒っているように見えるぞ……


 「もしかしてこれヤバイんじゃ……」


 「私は……私はこんなに!! ぺったんこじゃない!!」



 バシンッ!! バキバキッ!!



 橋の上で地団駄を踏むフィオーレ。その衝撃で橋は崩れ落ち、僕たち三人は川へと落ちる。



 「やっぱりこうなった!!!!」



 「ああああああああああッッ!!!!」



 バシャァァァァンッ!!



 僕たちは崩れる橋とともに水の中へ落ちた。不思議なことに怪我もなく無事だ。



 「ぷはぁっ!! 橋が崩れた!! このお嬢ちゃんはなんだい!? 何者なんだい!?」


 「……ゴリラですね」


 「ゴリラじゃないもん!」



 いつものやりとりを一通りした後、僕たちは川を泳いでなんとか岸へと上がるのだった……





 ☆ ☆ ☆





 見つけた……勇者だ。


 あの橋を壊すほどのパワー。間違いない。


 それにしてもすさまじい力だ。たいていの魔物はあれほど力など持っていない。


 水に落ちてびしょびしょになってやがる。馬鹿なやつらだぜ。


 あいつらがこの街にいるうちに任務を遂行させる。


 それが我らの上司、魔王軍幹部、そして我らの絶対的存在、魔王ラウレンティア様の命令だからだ。


 俺が勇者と戦ってもいいが、まあ絶対に勝てないだろう。


 だから、いまこうしているのだ。


 だから、いまこうして待っているのだ。


 待っていろ勇者ども、必ず倒してやるからな。

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