第二十六話 眠れぬ夜

 日が暮れてきた。そろそろ夜になる頃だろう。

 夜の森を進むのは危険である上に強力な魔物が出る可能性もある。

 僕たちは野宿をすることにした。

 テントを張りその近くで焚き火をする。

 フィオーレたちはテントで眠り、僕は焚き火の近くに布を布団のように敷いて眠るのである。


 「今日の見張り番の順番は……」


 夜は魔物の接近などを考え、交代で見張り番をしている。二人が起きて見張りをし、ほかの四人が寝るという体制を取っている。そして時間になったら他の二人組と交代だ。


 「まずアンナとローゼ、次が僕とエゼル、そしてヒィナとフィオーレの順でどうだろう?」

 「異議ありですわ」

 「アンナ、どうしたの?」

 「わたくしとお姉様をどうして一緒にしていただけないのですか」


 アンナが聞いてくる。

 それはもちろん二人でイチャイチャされていたら見張り番にならないからである。

 そしてフィオーレの安全を考え、いつもアンナと一緒にならないようにしている。


 「アンナがフィオーレと組んだら見張りが疎かになるでしょ?」

 「大丈夫ですわ!」


 そう言い切るアンナだが、フィオーレはちょっと嫌そうにしている。


 「見張り番もちゃんとやりますわ」

 「見張り番も、って見張り番以外のこともするつもりだよね?」

 「ぎくっ」

 「はいダメ」


 いくら二人が強いといっても見張りを疎かにされたら安心して眠れないからね。


 「アンナってフィオーレが夜寝ている時に部屋に突入したりとかしないの?」


 ローゼが聞く。


 「いえ、何度かやっているのですが、毎回返り討ちにされていますわ」


 何度かやってるんかい! いつかのあの「ゆうべはおたのしみでしたね」事件の一回で懲りたわけではないのか……


 それはそうと、僕が毎回このように順番を提案しているのには理由がある。


 アンナとフィオーレを分けるのはフィオーレを守るためでもあるが、どちらかというと戦力的なことを考えた上でのことである。夜中に魔物に襲われるかもしれないからね。

 このパーティではフィオーレとアンナは戦力的にかなり強いメンバーということになる。したがってヒィナか僕、つまり戦いが得意ではないメンバーと組む必要がある。僕が戦えるようになれば見張り番の順番もさらに自由度が高くなるんだけどな……

 次にヒィナの睡眠時間である。他のメンバーよりもヒィナは幼いので睡眠時間を確保してあげたいという狙いがある。

 よってフィオーレとアンナは組ませない、そしてヒィナの順番は最後にしている。

 それに僕は男だから、途中で起きる役を勝ってに買って出ている。途中で起こされるのはきついからね。もう一人のメンバーには申し訳ないが一緒に途中で起きてもらう。


 「それじゃあ、これでいいかな?」

 「ヒィナ、ノゾムと一緒がいい」

 「僕としてはヒィナにはちゃんと寝る時間を確保してもらいたいんだ……だからごめんね」

 「……分かった」


 ちょっと不満そうに見えるが分かってくれたようだ。


 そういうわけで今回も仮眠を取ったあと、途中で起きて見張り番をし、また朝まで寝かせてもらうという流れになった。


 僕たちはまずアンナとローゼに見張りを任せて寝ることにした……




 ……しばらくするとアンナが僕を起こしに来た。ローゼはエゼルを起こしにテントに行ったようだ。


 「ノゾムさん、起きてくださいまし」

 「もう時間……?」

 「ええ、交代ですわ。見張り番よろしくお願いしますわね」


 僕とエゼルはアンナとローゼと交代し、見張り番をすることにした。


 しばらくするとテントの中から声が聞こえてくる。


 「お姉様ぁぁぁぁ!! チュッチュゥゥゥゥ!!!!」

 「やめてぇぇぇぇ!!!!」


 べきべきっ!!


 「あはぁぁぁぁんんんん!!!! お姉様の抱きしめ!! すごく良いですわぁぁぁぁ!!」


 テントの中で何が起こっているのか容易に想像がつく……ヒィナが寝てるからやめてほしいんだけど……


 「今夜もアンナは元気ね」

 「そうだね」


 エゼルとそんな話をする。

 しばらくすると静かになった。どうやらみんな寝たようだ。


 焚き火の前で見張り番をしつつエゼルと色々話してみることにした。


 「エゼルは剣術が使えるけど、誰かに教わっていたの?」

 「ええ、教わっていたわ……剣術指南役の先生にね」

 「ローゼはお姫様だから剣術指南役の先生がいるのは分かるけど、エゼルはどうして剣術を教わっていたの?」

 「……私、貴族の娘なのよ。貴族令嬢ってやつ」

 「そうだったの!?」


 これは予想外だ。普段の態度からそんな感じがしなかったのはもちろん、出会ったのが街の酒場だったからなおさらである。


 「エーデルシュテルンっていう家の娘よ。そこで何不自由なく生まれ育ったわ、でも私は冒険者に憧れたの」

 「冒険者に? どうして?」

 「まあ、貴族にも色々な問題はあるのよ。それでみんなを見返したくて、それで冒険者になって立派にやっていこうと思ったの」

 「その盾はもしかして……」


 僕はエゼルがいつも持っている盾を見る。とても立派な装飾が施してある素晴らしい盾だ。


 「家宝の盾よ。半ば家を飛び出す形で出てきたんだけど、持って出てきたわ。私はいずれ凄い冒険者になるんだから、持って行っても構わないでしょ、って思ったの」

 「家宝の盾を持って来ちゃったの!?」


 エゼルも相当なおてんば娘だったでござるよ……知ってたけど。


 「何……? 何かあったの……?」


 大きい声を出したせいか、フィオーレが起きてくる。


 「あぁ、なんでもないよ。ごめんねフィオーレ、おやすみ」

 「ええ、おやすみ……」


 テントの中を見ると、アンナが縛られた状態で寝ているのが見えた。

 

 「それにしても、なんでローゼといいエゼルといい、そんな大事なものを持ってくるかな……」

 「ローゼのレイピアも家宝なの? え? ってことはアレって……」

 「うん、ローゼンブルクの国宝だよ」

 「何してるのよあの子は!」


 これにはさすがのエゼルも驚いたようだ。


 「ね、国宝を盗んでどこかに隠しておいていたらしいよ」

 「大丈夫なのそれ!?」

 「僕もツッコミが追いつかなかったよ」


 このパーティ大丈夫だろうか……もしローゼンブルクに戻ったら怒られるだけでは済まなそうだ。


 「話を戻すわね……私は冒険者が集う街グロウバウムで生活していたわ。冒険者はすごく大変だった……覚悟はしていたつもりだったけど、すごくつらい日々を送ったわ」

 「大変だったね……」

 「そんなときよ、みんなが来たのは! 私は、ついにこの時が来た! って思ったわ!」


 エゼルは嬉しそうに語る。


 「私は導かれし者で、いつか魔王を倒して世界を救う……こんなに胸躍る話はないって思ったわ!」


 胸、ぺったんこですよ? 踊るほどの胸はないですよ……というかウチのパーティはぺったんこしかいません。


 「それで今、みんなと居られて幸せだと思ったの……って何よその目は! 何か失礼なこと考えてない!?」


 大丈夫、胸のことなんて考えてないから!


 「べ、別に何も考えてないよ!?」

 「まあ、いいわ。そんな感じよ」

 「話してくれてありがとう、色々知ることができてよかったよ。エゼルはいい子だね」

 「小さいからって子供扱いするな! あんたと歳はそう変わらないでしょ!」


 まあ、うん……たぶん同い年くらいだよ……


 「それで、あんたは記憶は戻ったの? 他の世界から来たけど記憶がないっていうじゃない」

 「うーん、まったく記憶が戻る気配はないんだよね……こう、エピソードだけ抜けてるみたいな……ある程度の知識は残ってるみたいなんだけど」

 「まあ、それはいつか記憶が戻ることを信じるしかないわよね……記憶が戻ったらちゃんと私たちに教えなさいよね」

 「うん、分かった」


 たしかに僕は前の世界で何をやっていたのだろうか……おそらく普通の高校生だったんじゃないかと思うけど……

 そういえば女神ユエリアは僕が不思議な本を開いてあの場所まで来たって言ってたな……それはどういうことだろうか……そしてなぜか異世界転移させられた……わけが分からない……


 「あ、そろそろ時間ね。フィオーレとヒィナを起こしましょう」

 「もうそんな時間か、そうだね、二人を起こそう」


 僕とエゼルはフィオーレとヒィナを起こす。


 「起きてフィオーレ」

 「うーん、ご飯……」


 僕はフィオーレに抱きしめられる……


 「痛いってば!! ってやっぱりすごい力だ!!」

 「こらフィオーレ、ノゾムを離しなさい!」

 「むにゃむにゃ……はっ! ごめんねノゾム!」

 「いいよ……起きてくれてよかったよ……」


 僕はフィオーレから離れる……あやうく気絶するところだった……



 僕とエゼルはフィオーレとヒィナと交代すると眠るのだった……




 「起きて……起きてノゾム……」

 「ん……? どうしたのフィオーレ……」


 フィオーレが涙目になりながら僕を起こす。


 「ヒィナと怪談話してたら怖くなっちゃって……」

 「ええ……フィオーレが怖がるなんて……ヒィナはそんなに怖い話が得意なの?」

 「違うの! 怖い話をしようとしたら怖くなっちゃったの!」

 「それでなんで今まで旅が出来てたの……夜はどうやって過ごしてたの……」

 「とにかく一緒に起きててええええ!!!!」


 泣きながら僕に言うフィオーレ……

 君は伝説の勇者だよね……なんで怪談話で怖がってるの……


 「分かった……じゃあヒィナ、寝てていいよ」

 「ヒィナもノゾムと起きてる」


 左側から僕を抱き枕か何かのように抱きしめるフィオーレ……もちろんものすごい力で抱きしめられている……今にも意識が飛びそうだ……

 そして右肩に寄りかかってくるヒィナ……


 なんだこの状況は……


 こうして僕は激痛に耐えながら朝日が昇るまで待つのだった……

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