第二十三話 フィオーレの為に

 僕はフィオーレを安全そうな平らな岩の上に寝かせる。アンナに僕のマントを取ってもらい、岩の上に敷いてもらった。その上にフィオーレを慎重に寝かせた。みんなも心配そうにフィオーレを見ている。


 「どうしたんだろうフィオーレ……」


 そういえばリラ神がフィオーレは何かを隠していると言っていた。やはりそれと関係しているのだろうか……


 「フィオーレ、大丈夫?」

 「おそらく大丈夫だよ」

 「どうしちゃったのよフィオーレは」


 リラ神はフィオーレにそのことを聞くなと言っていた。たしかに聞かれたくないことはあるだろう。僕たちが聞くべきではないのかもしれない。

 そしておそらくフィオーレが起きたら、みんな彼女に色々な質問をするだろう。それは避けなければならない。

 しかし、僕たちは命を賭して戦う……フィオーレに不信感を抱いたまま背を預けることはできない……それもまた事実……


 こうなったら……


 僕はみんなに頭を下げる。


 「……」


 「ちょっと!! なんであんたが頭を下げるのよ!?」

 「君はいまフィオーレが叫んだ理由を何か知っているのかい? フィオーレは何に対して謝っていたんだい?」

 「ノゾムさん、頭を上げてください。お姉様について何か知っているのですか? お姉様はわたくしたちに何か隠しているのですか?」


 「……知らない……何も知らない」


 本当に何も知らない。だがみんなにフィオーレのことを信用してもらう必要がある。


 「フィオーレは僕たちに何かを隠している。リラ神から聞いたんだ。だけど僕もフィオーレが何を隠しているか知らないんだ」

 「そんな……フィオーレは何か大事なことを隠しているんじゃないの?」

 「わたくしはお姉様のことを知りたいですわ。大事なことならなおさらです」


 「ノゾム、フィオーレが大事なことを隠している状態で君は彼女を信じて戦えるのかい?」


 猫先生も聞いてくる。


 「フィオーレには僕たちに言えない隠し事がある……そしてそれを聞くべきではない……でもフィオーレを信じてほしい」

 「フィオーレを信じてほしい?」

 「うん、分かるんだ……信じて大丈夫だって……そしてみんなにもフィオーレを信じてもらいたい」


 僕はそのために頭を下げたのだ。みんなにフィオーレを信じてほしいとお願いするために……


 「わたくしたちはお姉様を信じていますわ……ですがノゾムさんが頭を下げるのはなぜですか?」

 「そうじゃない……もっとちゃんと信じてほしいんだ……フィオーレのことを……だからこれは僕からのお願いだ」

 「ちゃんと信じる……?」

 「うん……僕たちは世界のために、引いてはフィオーレのために命を賭して戦うことになる……ほんの少しでも信じられないと思ってはいけないんだ」


 僕は続ける。


 「だから僕が責任を持つ。フィオーレには隠し事があるけど、信じても大丈夫だって……僕がすべて責任を持つよ」

 「根拠はあるんですの? お姉様を信じても大丈夫だと」

 「ない。でも大丈夫……僕が責任を取る……フィオーレが僕たちを騙すようなことは絶対にない……だから信じてほしい……そしてフィオーレには何も聞かないであげてほしい……きっといつか自分から話してくれるようになるって信じてる」


 僕は頭を下げながらそう言う。アンナは黙って僕を見つめてくる。


 「……分かりましたわ。でも大丈夫ですわよ。わたくしたちは別に疑っているわけではありませんから。それにノゾムさんだけが責任を取る必要はありません。全員がお姉様についていくと決めていますから。そしてノゾムさんの頼みであれば、お姉様に何があったか聞かないでおきますわ」

 「ボクも聞かないよ。ボクとしてはちゃんと何があったか話してほしいと思うけど」

 「ヒィナも聞かない」

 「私も聞かないでおいてあげるわよ。私たちは仲間よ。一人の責任なんかには絶対しないわ」


 「みんな、ありがとう」


 僕はみんなにお礼を言う。


 「良いんだね、ノゾム。フィオーレが隠している事がのちに大きな問題を招いたとしても……大丈夫なんだね?」


 猫先生も聞いてくる。


 「うん……僕はフィオーレを信じてる……そしてもし何かあったら、僕の責任……いや、全員の責任だ……」

 「……分かった。じゃあフィオーレが起きたらまた話をはじめよう」


 それからフィオーレが起きるまで待つことにした……




 「ところでなんで街に戻らないで、こんな森のど真ん中で話をしてるのよ? 酒場とか宿屋まで行けばいいじゃない」

 「それなんだけど……街に行くとボクが襲われるからニャ!!」

 「え? 猫先生が?」

 「先生ほどの魔法の達人がいったいどのような人に襲われると言うのですか?」


 「人間の女の子ニャ!!」

 「人間の女の子……?」


 「そうニャ!! 人間の女の子たちはボクを見ると可愛いって言いながらわしゃわしゃしに来るニャ!!」

 「女の子たちがわしゃわしゃしに来る!?」


 「そうニャ! 人間の女の子たちに取り囲まれてみんなになで回されるニャ!! それが嫌なのニャ!!」


 「うおおあああああ!! 僕も猫になりたかったああああ!! 猫先生がうらやましすぎるぅぅぅぅ!!!!」


 僕は心の底からそう叫んだ。


 「ノゾムさん……」

 「ノゾム……気持ち悪い……」


 みんな僕に哀れみの目を向けている……


 「それなら殿方の多い場所に行けば良いではありませんか」

 「男の人はボクがどうやって喋っているのか気になると言って、ボクの体を調べようとするニャ!! それも嫌ニャ!!」


 猫先生も大変なんだなあ……



 そんな話をしながら待っているとフィオーレが目を覚ました。



 「あれ……ここは……」


 「フィオーレ、大丈夫?」

 「ええ……大丈夫よ……私、いったいどうしたのかしら……」


 「…………」


 「私…………そういえば急に叫んで……」

 「……うん、そうだね」

 「きゅ、急に叫んでごめんなさい……ちょっと、色々あって……その……」


 「…………」


 「……聞かないの? 私がなぜ叫んだのか……」

 「誰にでも聞かれたくないことはある。だから聞かないよ。でも、もし話せる時がきたら、その時は自分から話してほしいな……僕たちは仲間なんだから……隠し事はなるべくしてほしくない」

 「お姉様……」

 「フィオーレ……」


 「ごめんね、それとありがとう、みんな……いつか……いつか乗り越えてみせるから……待ってて」


 フィオーレはそう言うと下を向いて黙っていた。


 「大丈夫……ってわけじゃないけど、これで話を進められるね。みんなフィオーレのこと信じてるから、もし話す機会があったら話してあげてほしいニャ」

 「……うん」


 「じゃあ話を戻すニャ」


 猫先生はそう言って話を進める。



 「とにかくこの後のことなんだけど、中央王国に向かったほうがいいと思うニャ。これは提案ニャ」

 「中央王国……?」

 「そうニャ、中央王国セントラルーネ」


 猫先生……ニャって言っちゃってますけど……


 「なぜ中央王国に向かったほうがいいんですか?」

 「そこで中央王国の騎士団に力を貸してもらうニャ。中央王国には精鋭たちが集められていて、その中でも騎士団長たちはとても強いニャ。仲間になってくれたら百人力ニャ」

 「なるほど……でもどうやって力を貸してもらえばいいの? 僕たちはただの旅人だよ? 勇者と導かれし者の伝説は誰もが知っているわけじゃないでしょ?」


 さっき話をしていた神話は誰でも知っているものではないようだ。そうなると力を貸してもらうには何か特別な理由が必要なはずである。


 「中央王国には僕の弟子の白猫の預言者がいるニャ。彼に君たちが勇者と導かれし者たちであると証明してもらい、君たちが魔王を倒す運命にあると預言してもらえばいいニャ」

 「ふむふむ、じゃあ中央王国で黒猫先生の弟子の白猫先生に会いに行けばいいんだね」

 「そうニャ、王国で立派な預言者として働いているニャ。彼も勇者と導かれし者の存在は知っているニャ」

 「なるほど」


 そういうことであれば大丈夫であろう。


 「それとノゾム、君は古代文字が読めるんだよね?」

 「え、うん、読めるけど……」

 「中央王国に向かうとき、もしよかったら砂と魔法の街で古代遺跡に寄るといいニャ」

 「砂と魔法の街? 古代遺跡?」

 「砂と魔法の街カタブラルーネのことね」

 「そうニャ。その古代遺跡に古代文字が書かれた石碑があると聞いたことがあるニャ。何か魔王を倒すヒントが書いてあるかもしれないニャ」

 「分かった、もし寄ったら行ってみるよ」

 「先生は行ったことないんですの? 先生も古代文字が読めますわよね?」

 「残念ながら行ったことはないニャ……魔法の発達した街だから、行ってみようとも思ったんだけどね……」


 僕たちの目的地は中央王国に決まった。黒猫先生の弟子の白猫先生に会って僕たちのことを証明してもらう……そこで騎士団に力を貸してもらう……僕たちが魔王を倒すためには少しでも戦力が必要だ。そのために向かうことになった。


 僕たちは中央王国に向けて旅をすることに決めたのであった。

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