第二十二話 神話

 猫先生は巨大な切り株に座って話し始める。僕たちは魔物が襲ってきてもすぐに身構えることができるように立ったまま話を聞くことにした。


 「みんなは神話について詳しく知っているかな?」

 「勇者と導かれし者の神話のこと?」


 僕は聞いてみる。そういえば詳しくは知らないような……リラ神やフィオーレも何か知っている感じだったけど……


 「それもそうだけど、まずはこの世界の成り立ちのことだ。これを知っているかいないかで話が変わってくる」


 猫先生は続ける。


 「この世界の成り立ちについての神話を話すね。ボクが独自に調べた話や見解も交えて話すよ」


 猫先生は神話を語り始める。


 「この世界は女神ユエリアが創ったんだ。正確に言うと少し違うんだけど」


 女神ユエリアという単語が出た瞬間、僕は気づかれないようにフィオーレを見る。やはり少し動揺しているように見える。フィオーレは何を隠しているのだろうか。


 「神話にはそう書いてある。そしてそれはおそらく本当のことだ。それは知っているかな」


 そういえばリラ神も神話に書かれているのは本当のことだと言っていたな。


 「わたくしは先生から聞かされていましたから、いくらか知っていますが……」


 アンナは少しだけ知っているようだ。ヒィナもリラ神の元にいたから何か知っているかもしれない。


 「ボクは知らないな」

 「私も知らないわ……でもわくわくするわ」


 エゼルはわくわくしているようだ。


 「女神ユエリアは草花を育てるのが好きだった。様々な草花を愛でて暮らしていた」


 猫先生は続ける。


 「そしてしばらくすると木も育てるようになったんだ。育てた樹は不思議な力を持っていて、その樹のことを命の大樹と呼ぶようになった。その葉から女神ユエリアは二人の神の使いを生み出した」

 「二人の神の使い……?」


 僕は聞き返す。


 「そうさ。女神ユエリアは片方の神の使いをオリーヴィア、そしてもう片方の神の使いをフローリアと名付けた」


 名前からして二人とも女性なのだろうか? 猫先生は話し続ける。


 「女神ユエリアは命の大樹から採れた種をオリーヴィアとフローリアの二人に渡すと、その種からもう一つ命の大樹を育てるように命じた」

 「話が見えてこないな」

 「まだまだここからだ」


 猫先生は続ける。


 「そして二人は天空に命の大樹を育てた。これはまだ大地もできていない頃のことだ」

 「え!? 大地がなかったの!?」

 「うん、僕の想像をはるかに超えるが、そうらしいよ。そして二人は育てた命の大樹から生き物たちを生み出した」


 僕はチラッとフィオーレを見る。どんどん青ざめている……これ以上話を聞いていて大丈夫だろうか……


 「まだ龍が空を飛んでいた頃のことだ。空には龍、ソラクジラ、ソライルカなど不思議な生き物たちが飛んでいたと言う」


 みんな話を真剣に聞いている……


 「人間は不思議な技術、古代文明を使い、空で生活をしていたそうだ」

 「古代文明……」

 「うん、何かはよく分からないけどね。フロギストンと呼ばれる不思議な物質を使い、空飛ぶ方舟で生活していたとも聞く」


 なんとも不思議な話が続く……


 「二人は育てた命の大樹から採れた実を育てて大地を創り始める……そう僕たちが今いるこの大地……世界樹のことだよ」

 「ッ!? なんだって!? 世界樹!?」


 魔法は世界樹のエネルギーを使う……つまり僕たちがいるこの大地のエネルギーのことを差していたのか!?


 「なるほど、そうやってわたくしたちが暮らす世界樹が創られたんですのね」


 アンナも詳しいことは知らなかったのだろう。少し驚いた様子で話を聞いている。


 「くっくっくっ、スケールの大きな話になってきたじゃない……私たちの冒険はこうでなければ面白くないわ」


 エゼルは嬉しそうに話を聞いている。


 「世界樹はそれはそれは大きく育ち、下へと根を張り……その樹には大地が二つできたのさ……そう、この世界は三つに分かれている。天空に浮かぶ命の大樹……つまり天界。そして僕たちがいる真ん中の世界と世界樹の下のほうにある世界」


 なんとも不思議な話だが、この大地の上にも下にも、さらに別の世界があるらしい。


 「おそらくだが世界樹には元の命の大樹ほどの力はない……もちろん不思議な力があるのは事実だけどね」


 猫先生はそう付け足した後、話を続ける。


 「だがここで問題が起こった……」

 「問題……?」

 「女神の使いフローリアが……世界を自分のものにしようとし始めた……命の大樹にいた空を飛ぶ蛇……おそらく龍にそそのかされて、この世界を征服しようとしたんだ」

 「世界征服……」

 「そうさ、そしてもう一人の女神の使いオリーヴィアは勇敢な人間たちとともにフローリアを打ち破った……フローリアは世界樹の下へと堕ちていった……もちろんフローリアをそそのかした龍はどこかへと封印された」


 ふむ……世界征服か……


 「残されたオリーヴィアは一人でこの世界の管轄を任され、命の大樹と世界樹を管理していた……やがて人間たちの築き上げた古代文明は廃れ、人々は大地で暮らすようになった……そしてこの世界樹の大地では魔法文明が栄えたんだ」

 「それが今のこの世界か……」

 「そう、この世界のことさ。そしてこれがこの世界の創世についての神話だ」

 「待ってくれ、それを聞いて何になるんだ。まだ話が見えてこない。なぜそれを話したんだ」

 「うん……話が長くなって申し訳ないが、大事なのはここからなんだ」

 「ここから……?」


 ここから何を話すというのだろうか……



 「堕天した女神の使いフローリア……いまはラウレンティアと名乗っているが……魔王ラウレンティアが世界樹の底から復活したんだ……」



 「ッ!? 魔王って女神の使いフローリアなの!?」


 なんだと……僕たちが倒そうとしていたのは、かつて女神の使いだった者……堕天使だというのか!?


 「なんてことだ……ボクたちはそんな大きな話に巻き込まれていたのか」

 「くっくっくっ……私は求めていたのよ……これだけの壮大な物語を!!」


 ここまで話されても動じないエゼルがもはや頼もしい……


 「君たちがこれから戦うのは女神ユエリアの使いフローリア……はっきり言ってその力は強大だ……簡単に倒せるような相手ではないよ……」


 猫先生は続ける。


 「女神ユエリアはこの世界の管理をオリーヴィアに任せている。つまりこの世界の神はオリーヴィアなんだ……逆に言おう、この世界の神と同等の力を持つ者が魔王となり世界を支配しようとしているんだ」


 なんということだろうか……僕たちは神と同等の存在に立ち向かわなければならないのか……


 「わたくしたちはそんなものを相手取って戦うんですのね……」

 「思っていた以上にすごい話になってきたな……」


 アンナもローゼも少し驚いているようだ……


 「そしてここからが大事なんだ……ここから勇者と導かれし者の神話になる」

 「ついに私たちの話になるのね……」


 エゼルは楽しそうだ……ヒィナも真剣に聞いている。ヒィナはリラ神からいくらか聞かされているはずだが……フィオーレはなぜかさっきから黙っている……


 「この世界の神となったオリーヴィアは預言を人間たちに伝えた……闇より再び強大な悪が出でし時、命の大樹へと虹が架かり、そして天より救世主が現れる。その者を勇者と呼ぶ。勇者は運命に導かれし者たちとともに闇を打ち払い、どこかへと姿を消す、と」


 預言……これがのちにすべて本当の話になるのだろうか……やばいな……うん? 勇者は魔王を倒すと姿を消す? どういうことだ……?


 「そう、勇者とはフィオーレ、君のことだ。そして導かれし者たちとは君たちのこと……魔王を倒す運命にあるんだ……女神オリーヴィアはそう預言を伝えた」


 そこまで壮大な話だとは思ってもみなかった……たしかに魔王と戦うのは命がけになるだろうと思っていたけど……


 「そしてこの小さな世界樹が倒れた時が勇者と導かれし者たちが揃った合図だと知った……だからボクはここに来た」


 なるほど、そういうことか……


 猫先生はフィオーレに向かって言う。


 「それでフィオーレ……女神オリーヴィアのことなんだが」






 「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!」







 急に叫び出すフィオーレ!!




 「フィオーレどうした!?」

 「お姉様!?」

 「ニャ!? 急にどうしたニャ!?」



 皆、突然のことに驚いている。さっきまで真剣に語っていた猫先生も急な出来事に「ニャ」と言っている。



 「何!? 急にどうしたの!?」

 「フィオーレ……?」




 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」




 フィオーレは何かに対して謝り始めた。



 僕はフィオーレのもとへ行き、落ち着かせようとする。



 「大丈夫だよフィオーレ! 落ち着いて! フィオーレ!」

 「お姉様! しっかりしてくださいまし!」



 アンナもこちらに来てフィオーレを落ち着かせようとする。





 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」





 フィオーレは泣きじゃくって取り乱している。どう言葉をかければいいか分からない。

 何があったのだろうか。女神オリーヴィアがフィオーレとどう関係あるのだろうか。

 分からない。なんて言ってあげればいいのか……



 僕は浮かんだ言葉をかける。




 「フィオーレ!! 乗り越えて!! どんなことがあっても!! 乗り越えて!! 進むしかないんだから!!」




 僕はなぜかフィオーレにそう言った。なぜそう言ったのかは分からない。そうするしかないと思ったんだ。



 僕がそう言った瞬間、フィオーレは驚いたような顔になり、一言だけ呟いた。




 「…………神父……様……?」




 フィオーレはそう言うと気を失った……僕は倒れそうになるフィオーレを支える。

 そしてフィオーレをお姫様抱っこし、すぐ近くにあった安全そうな平らな岩の上に寝かせた……

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