第二十一話 預言

 あれからさらに数日後、ついに森への立ち入りが許可された。執政院が森に入っても問題ないと判断したようだ。まあ、実際のところ魔王軍が攻めてきたわけではないからね……


 僕たちは冒険の準備を整えると森へと入っていく。今回もあのお墓参りのクエストを受けている。お墓参りをしつつ、目的の石碑を目指すことにする。


 途中で魔物に何回か出くわしたが、みんなで連携してなんとか倒していく。


 そして僕たちはお墓へと辿りつく。お墓はなんとか巨木の下敷きにならずに済んだようだった。


 「ここがお墓だね。前回これを見つけたんだけど、フィオーレたちを呼ぶ際に子鹿を見つけて、そのあとシカの魔物に襲われたんだよね」


 僕はシカの魔物に襲われたあの恐怖を思い出しながらそう言う。あれは本当に怖かった。はっきり言って死ぬかと思った。


 そして僕たちはあの時できなかったお墓参りを済ませた。これでクエスト達成だ。あとで酒場に報告して報酬をもらおう。


 だが今回の僕たちの本当の目的は、この折れてしまった小さな世界樹の下にある石碑である。


 僕たちは倒れた世界樹のふもと、つまり巨大な切り株となっているところに近づいていく。


 見ると、折れた巨木のすぐ近く、切り株の横に石碑のようなものがある。こちらも下敷きにならずに済んだようだ。


 「石碑には何が書かれているんだろう」

 「わたくしが見てみますわね……ふむふむ……どうやら古代文字で書かれているようですわね……これはわたくしでも読むことはできませんわ」


 アンナによると石碑の文字は古代文字で書かれているらしい。そしてアンナにも解読できないようだ。


 「古代文字か……それなら僕が読めるかもしれない」

 「ちょ、ちょっと! あんた古代文字が読めるってどういうことよ!」


 エゼルが僕に聞いてくる。


 「リラ神が教えてくれたんだ。僕はこの世界のどんな言葉でも理解することができるかもしれないって。女神ユエリア様が僕をこの世界に送り飛ばした時に言葉が分かるようにしてくれたんだけど、そのときどんな言葉でも分かるようにしてくれたみたいなんだ」

 「どんな言葉でも?」

 「うん、人間の使う文字や言葉だけじゃない。古代文字や神の言葉、精霊の言葉、魔物の言葉……普通であれば人間には理解できない言葉を理解できるんだ」


 僕はそう説明する。リラ神がそう教えてくれたとはいえ、実際に体験することが多いわけではないから憶測ではある。しかし実際、オークと戦ったときにオークの言葉はフィオーレには通じていなかったし、リラ神の声もフィオーレとアンナには聞こえていなかった。このことから僕の能力はこの世界のどんな言葉でも理解できる力であると考えられる。

 そしておそらく僕は石碑に書いてある古代文字を読むことができるはずだ。


 「ふ、ふん、ま、まあ私たちは救世主だから、そのくらいのことできて当然よ」


 エゼルはなぜか威張ってそう言う。


 「じゃあ読んでみるね」


 石碑にはこう書かれていた。




 神話に語られる勇者と運命に導かれし者たちが揃ったその時、この樹は倒されるであろう。




 「石碑にはそう書いてあるね」

 「これを書いたのはきっと預言者ですわね。神からの言葉を受けて伝える人ですわ」


 実際にはフィオーレがへし折ったんだけど、大丈夫なのかな……


 「つまり私たちが揃うことは運命だった……? ふっ、やはり私は導かれし者……この世界を守る者よ」


 エゼルは自信満々にそう言う。


 「そうね……ついに揃ったことが証明されたわね」


 フィオーレがそう言う。


 「ヒィナも導かれし者」

 「ボクもそうだね」


 すると急に声が聞こえてきた。



 「君たちが勇者と導かれし者たちだね」



 僕たちは声がしたほうを見る。するとそこには黒い猫がいた。その黒猫は帽子を被っていた。魔法使いが被る、いわゆるとんがり帽子というやつだ。そしてその帽子には大きなボタンや装飾が施され、まるで顔のようにデザインされている。アンナと同じタイプの帽子だ。


 「君が喋ったの?」


 僕は黒猫にそう聞く。


 「そうだよ」


 猫はそう返してくる。


 「猫が喋った!?」


 ローゼが驚いて言う。


 「きゃぁぁぁぁ!! 猫が喋ったぁぁぁぁ!!」


 フィオーレは驚きすぎだと思う……いやこれが普通の反応か?


 「猫さん、好き」


 ヒィナは黒猫を見ながら言う。


 「ついに揃ったんだね、勇者と導かれし者たちが!」


 猫は再度そう言う。


 「先生ではありませんか。ご無沙汰しておりますですわ」

 「アンナ、久しぶりだね」


 アンナはその猫のことを先生と呼んだ。


 「アンナ、知り合いなのか」


 僕はアンナに聞く。


 「ええ、この方はわたくしの魔法の先生ですわ。子供たちに魔法の教室を開いている立派な方ですの」

 「ぼ、ボクはそんな立派じゃないニャ」


 ニャって言ってますよ先生……急に威厳がなくなってますよ……


 「ご、ゴホン、失礼したね……まさか猫だからってニャなんて言うわけないニャ」


 また言ってますよ先生……


 「にゃぁぁぁぁ!! またニャって言っちゃったニャ!!」


 話が進まないですよ先生……


 「大丈夫ですわよ先生」

 「アンナ……」


 「もともと先生に威厳なんてありませんわ」


 「にゃぁぁぁぁ!! アンニャぁぁぁぁ!!」


 うん、これはたしかに先生の威厳なんてないな……


 親しみやすそうな猫先生が落ち着いてから僕たちは真面目な話をする。


 「アンナが世話になっているね。感謝するよ」

 「いえ、いいんですよ。フィオーレはちょっと大変そうだけど」


 フィオーレはアンナにお姉様と呼ばれ、いつも大変な目にあっているからね……いや、大変な目にあっているのはアンナのほうか……ものすごい力で抱きしめられて投げ飛ばされたり、街を馬車で引きずりまわされたり……これもう分からないな……


 猫先生は続ける。


 「ボクがここに来たのは他でもない。勇者と導かれし者たちに会ってちゃんと話をするためさ」

 「僕たちに話ですか?」

 「うん、風や草花が噂していたんだ……ここの大きな樹が倒れたって。だから僕は分かったのさ。これは合図だ、君たちが揃ったんだ、って」

 「合図?」


 フィオーレは聞く。


 「そうさ、ボクは独自に勇者と導かれし者について調べていたんだ。そして、ここの街の巨木が倒れたとき、それが全員が集まった合図であると知ったんだ……そこの石碑にも書かれていただろう?」

 「たしかに書いてありました」


 僕じゃないと読めないみたいだけど……アンナでも読めない古代文字が猫先生には読めるのか……猫先生はすごいなあ……


 「魔法教室で子供たちに魔法を教えながら、君たちが現れるのをひたすら待っていたんだ。君たちはきっとここの街に数日は滞在するだろうと予想していた。だけどもし会えなかったら困るから急いで来たんだ」

 「そうだったのね」

 「なぜわたくしが先生のもとにいる頃に、わたくしが導かれし者であると教えてくださらなかったんですの?」

 「うん、その時には教えても分からないだろうと思ってね。実際に勇者に会ったら分かることだし」


 猫先生は続けて言う。


 「ボクが今から言うことは大事なことだ。聞いてほしい」

 「大事なこと?」

 「そう、この世界のこと、神話のこと、そしてこれからの旅のことさ」


 猫先生はそう言う。

 いったいこの猫先生は僕たちに何を伝えようと言うのだろうか……

 僕は真剣にその話を聞くことにした。

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