第十八話 動き出す運命の歯車
街に戻ると思った通り、小さな世界樹が折れたという話題で持ちきりだった。
街の人々は口々にあの倒れた木の話をしている。
「やばいよ……この街も終わりかもしれない」
「いったい何があったらあのでかい木が倒れるんだ!」
「魔王軍が攻めてきたんだ!」
「はやく逃げないと!」
「御神木が……なんということじゃ……」
「楽しくなってきたなぁ、おい!! 来いや魔王軍!!」
「精霊様がお怒りになっているんじゃ……」
街の御神木が折れた、森が崩壊した、この街のシンボルがなくなった……この話題で持ちきりだ。
グロウバウムの小さな世界樹はこの街のシンボルであり、心の拠り所であり、信仰の対象だ。
それがいきなりへし折れれば、騒然とするのは当たり前のこと……
中には魔王軍が攻めてきたと思って逃げようとする者や、精霊様がお怒りになっていると言い慌てる者までいる。
「やばいことになっちゃったね」
「みんな、ごめんね」
「お姉様は悪くないですわ、命には変えられませんもの」
「くっくっくっ、私たちは救世主、むしろこのくらい派手にやってもらわなきゃ困るわ」
エゼルだけなんか楽しそうだ……
僕たちはなんとなく気まずい思いをしながら酒場へ報告に行く。
酒場に到着するとマスターが話しかけてくる。
「君たちよく無事だったね! 見たかい、あの樹が倒れるところを。まあ無事で何よりだよ」
「あ、あはは……本当ですね」
すみません……ウチの勇者様がやったんです……
「君たちはあの小さな世界樹の近くのお墓に行くクエストを受けていたからね。何事もなくてよかったよ」
「ははは……本当ですね」
すみません……何事もなくないです……
「あの……クエスト失敗しちゃったんですけど……」
「いいんだよ、君たちが無事なら……この仕事をしてるとね、帰らぬ冒険者もいるんだ……元気に酒場から森へと冒険へ出向いて、それっきり……それを思うとね……帰ってきてくれただけでもいいと思うんだよ。依頼主にはおじさんから言っておくから」
すみません……優しさが心に染みます……
「あのね、フィオーレが……」
ヒィナが正直に言おうとする! 止めねば!
僕はヒィナの口を優しく押さえる。
「ああああ、何でもないよね。そうだよねヒィナ」
「もごもご」
本当のことがバレてはまずい! 僕たちはどんな罰を受けさせられるか分からない! この街のシンボルだぞ。この街の信仰の対象であり、経済の象徴だ。あのシンボルを見て冒険にやってくる人たちもいるから、あの木がこの街の経済をまわしていると言っても過言ではない。バレればただでは済まないはずだ!
「え? そのお嬢ちゃんがどうかしたのかい?」
「いえ、何も!」
僕はヒィナの口を押さえながら答える。
さすがに華奢で力がなさそうに見えるフィオーレがやったとは思わないだろうが……やはりバレるのだけはまずい。なんとしてもバレないようにしなければ……
「そういえば……」
酒場のマスターは何か言おうとしている。
「どうかしたんですか?」
「いや、君たちが受けたクエスト、あのお墓の近くに石碑があってね。石碑には何か古代文字のようなものが書いてあったんだよ……」
「石碑……古代文字……ですか」
だとしたら余計にすみません……解読する必要があったでしょうに……
「待って、ねえノゾム……」
フィオーレが何か言おうとしている。
「フィオーレどうかしたの?」
「もしかしてノゾムはその石碑に導かれたんじゃ……」
僕があのクエストを気にしていたのは、石碑に導かれていたからなのか……?
だとしてもフィオーレのおかげでどこにあるか分からなくなっちゃったけど……
「どうするの?」
「もう一度行きましょう」
フィオーレがそう言う。
もう一度森に入るにはクエストを受ける必要があるだろう。
森は街の執政院という機関に管理されていて、入るには許可がいる。
「おじさん、さっきのクエスト、もう一回受注させてくれませんか?」
「え? あぁ、でも危険だぞ? あの樹が倒れたんだからな。それにこの件で森はしばらく立ち入り禁止だろう」
「……でもどうしてもこのクエストをやりたいんです」
目的の石碑とやらの近くにお墓があるからね。このクエストは都合がいい。
「君たち……依頼主の彼もきっと喜ぶよ……いい冒険者に依頼を受けてもらって……でもね、おじさんはまた後でで良いと思うよ……危ないから」
感動して涙目になる店主。しかも僕たちのことを心配してくれている……
すみません……次にクエストで森に行くときはちゃんとお墓参りもして来ますから許してください……
僕たちは酒場のマスターに挨拶をし、その場を後にした。
また森に入れるようになるまでしばらくかかりそうだ。執政院が街に森への立ち入り禁止命令を出したようだ。森に入るにはしばらくこの街で待つしかない。
それまでの間、この街で生活することとなった。
いったいその石碑には何が書かれているのだろうか……その石碑に導かれたのだとしたら、それは何を意味するのだろうか。魔王を倒す旅と何か関係があるのだろうか。
分からないことだらけだが、しばらくは森に入れない。
僕たちは今、この街で待つことしかできないのだった……
☆ ☆ ☆
風や草花たちが噂している。
「ねえ、聞いた? あの街の小さな世界樹が倒れたらしいよ?」
「本当かい? あんな大きな木が倒れるなんて!!」
「風たちが噂してるのを聞いたのよ」
グロウバウムの小さな世界樹が倒れた……
これは合図だ!
伝承は本当だった! ついに神話に伝えられる伝説の勇者と運命に導かれし者たちが揃ったのだ!
「急がなきゃ……勇者たちに会いに行くニャ……」
ついに動き出したのだ……運命の歯車が……
闇より出でしその強大な悪を打ち破る唯一の存在……勇者!!
会わなければ……そして伝えなければ……
ボクは勇者と導かれし者たちに会うため、歩を進めることにしたのだった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます