第十七話 ゴリラじゃないもん

 僕たち三人は目的のお墓を探して歩く。


 「そういえばあんた、なんでこのクエストが気になったの?」


 エゼルが僕に聞いてくる。


 「なんでだろう……なんとなくこのクエストをやらなきゃいけない気がしたんだ」


 これも運命に導かれたというやつなのだろうか? なぜかは分からない。


 僕はロリっ子二人と一緒にお墓を探す。

 すると、地面にそれらしきものがあるのを見つける。


 「これじゃないかな?」


 木と石でできた小さなお墓のようなものがある。どうやらこれが目的のお墓で間違いなさそうだ。

 ちなみに酒場のマスターから聞いた話ではこの中にその冒険者が眠っているわけではないらしい。あくまでも形式的なもので、だいたいこのあたりでシカの魔物に襲われたから、という理由でここに作られたのだそうだ。

 冒険者は森の奥深くなどで命を落とすことが多いため、遺体が見つからない可能性もある。今回のこのクエストの依頼主の相方の場合もそうだろう。遺体を探しに行くこともできなくて、形だけでも、気持ちだけでも……と、お墓を用意したということだろう。もちろん他の冒険者などの手を借りてだ。

 しっかりと依頼をこなすため、僕たちはフィオーレたちを呼ぶことにした。


 「フィオーレたちを探しに行こう」


 僕たちはフィオーレたちを呼ぶために場所を記憶しつつ、その場を離れる。


 すると、少し離れたところに子鹿がいるのが見えた。


 「子供のシカね……でも気をつけなさい。あれは魔物よ」


 エゼルがそう言って僕たちに注意するように呼びかける。子鹿は無邪気に遊び、飛び跳ねているだけでこちらを警戒していない。


 「あまり近づきすぎないようにしなきゃね」


 そう思いながら通り過ぎようとする僕たちだったが……



 ぱきっ



 僕は地面に落ちていた木の枝を踏んでしまった。

 子鹿が驚いて僕たちのほうを振り向いた。そして鳴き声をあげると森の奥へと姿を消してしまった……


 「逃げちゃったね」



 僕がそう言ったその時だった!!



 森の奥から強烈な気配が近づいてくるのを肌で感じた!!


 凄まじい殺気だ!! その殺気はものすごい速さでこちらに近づいてくる!!




 まさか……




 親鹿が近くにいたのか!! 子供が攻撃されたと思って近づいてきているのか!?




 「な、なんかやばいかも……」


 エゼルがそう言う。


 「怖い……」


 ヒィナも怖がっている。


 殺気は向こうのほうからとんでもない速さでこちらに向かってきている。どんどんこちらに近づいてくる。

 草がガサゴソと音をたててかき分けられる。

 そしてその巨大な魔物は姿を現した。やはり親鹿だ!

 その背丈は僕たちよりはるかに高く、五メートルはあろうかという大きさだ。


 とても興奮している。僕たちは何もしていないが親鹿は子供を攻撃されたと思って怒っているのだろう。


 野生の魔物はかなり獣に近く、そして凶暴だ。

 このままでは僕たち三人は……


 筋骨隆々の体躯、巨大な角、鋭い眼光、強靱な足……おそらく走って逃げても追いつかれるだろう。

 あの角で一突きか……あるいは踏みつけられて一瞬か……二つに一つだ。そうなることは想像に難くない。


 恐怖で息が乱れる。足はガタガタと震え、心臓はバクバクと鳴っている。


 横を見るとさすがのエゼルもガタガタと震えている……ヒィナもかなり怖がっている様子だ。


 「二人とも逃げるよ!」


 さすがのエゼルでも盾で攻撃を防ぐのはおそらく無理だ。そうであれば逃げるほかない。


 震える足を必死に動かし、魔物から逃げる。腰が浮いているような、それでいて沈んでいるような、そんな感覚がする。恐怖で足が絡まりそうだ。


 親鹿は僕たち三人を追って来ているようだ。迫り来る大きな足音と背中に伝わる鋭い殺気で分かる。まるで死が背に覆い被さっているような感じがした。


 シカは僕たちを突き上げようと頭を下げ、下から角を振り上げる!

 僕たちは走って逃げてそれを回避した。


 立派な角は高さ二十メートル以上あるであろう巨木に刺さった。そしてその樹を簡単にへし折った……


 あんな一撃が僕たちの背中を貫こうとしていたのかと思うとゾッとする……少しでも当たっていれば大怪我をしていただろう。


 「はあッ……はあッ……」


 僕たちは生きるために走った……逃げられないと分かっていてもだ。

 しかしどこに走ればいいのだろうか……距離を取ればいいのか、それとも隠れればいいのか……まったく分からない。


 「はあッ……はあッ……」


 このままでは追いつかれるのもすぐだろう……そう思っていたその時だった。



 「うなりなさい!! 炎属性魔法!! フォノマ!!」



 巨大な炎の柱が僕たちとシカの魔物の間に割って入るように飛んできた!

 炎の柱はシカの動きを封じ込め、魔物は僕たちを追うことができないでいた。


 「間一髪でしたわね」


 声のするほうを見るとアンナがいた。どうやら魔法を唱えてくれたのは彼女のようだ。


 「このまま炎を操って燃やしてさしあげますわ!」


 アンナが手に持った杖をかざすと炎の柱はシカめがけて飛んでいく。炎の攻撃は魔物に直撃した……だが……


 「オオオオォォォォ!!!!」


 シカは角を振り回しながら咆哮する! 炎はかき消されその巨大な全身が再び僕たちの目の前に……


 「この魔法ではダメでしたか……ならば……」

 「待って、ここは私がやる」


 フィオーレがアンナの後ろから現れ、魔物の前に立ちはだかる。


 「フィオーレ! 危ないわ!」


 エゼルが叫ぶ。

 シカはその巨体でフィオーレに突進し、角を勢いよく振り上げた!


 「フィオーレ!!」


 彼女は左手の人差し指を前に出した。振り上げられた頭はその指に触れるとピクリとも動かなくなる……


 「えっ?」


 あの巨大なシカの頭突きはフィオーレの指一本で止められてしまったのだ。


 そして……


 「はあッ!!」


 反対側の手で拳を握り、シカの頭を思いっきりパンチする。

 シカはまるで何かに引きずられるように地面をずざざざと滑りながら吹き飛ばされる! そしてそのまま勢いよくあの小さな世界樹にぶつかった。


 「なんて力だ!!」

 「フィオーレ、すごい」


 ヒィナがそう言う。


 さらにフィオーレは巨木に叩きつけられた親鹿に超スピードで接近し、追撃を加える!!


 とてつもない力で殴られた鹿はあの巨木に押し込まれるように叩きつけられる! フィオーレの拳で巨大な樹に押し込まれる親鹿!


 シカの魔物は樹の中にめり込んでいる。そしてあの巨大な樹はべこっ、とへこんだ後、ミシミシと音を立てて崩れていく!


 「こっちに倒れてきてない!?」

 「逃げますわよ!!」

 「みんな! ボクのほうに!!」


 僕たちはローゼのいるほうに逃げる。


 あの小さな世界樹は最終的にべきっと音を立てて折れてしまった。



 シカの魔物をやっつけることに成功した。



 フィオーレは何事もなかったかのように振り返りこちらにやってきて僕たちに言う。


 「やっちゃった」

 「やっちゃった、じゃないよ! もうちょっと手加減してよ! グロウバウムのシンボルが折れちゃったじゃん!」

 「やっちゃったぜ」

 「可愛く言ってもダメだからね! 許されるわけじゃないからね!」

 「これでも手加減したわよ?」

 「手加減してこれなの!?」


 相変わらずすごい力だ……ゴリラなんて比じゃないくらいに……


 「まるでゴリラね……」


 エゼルがつぶやくようにそう言う。


 「あっ……」


 それは言ってはいけない台詞だよエゼル!


 「……リラじゃないもん」

 「まずい!」

 「ゴリラじゃないもん!」


 フィオーレは地団駄を踏む。ドシンと音を立て、その衝撃で地面にクレーターができる。

 へし折れた小さな世界樹はトドメをさされたかのようにバキッ、と完全に折れたのだった。


 「ご、ごめんねフィオーレ……」

 「エゼル、それは言っちゃダメだよ」

 「う、うん……」


 僕はエゼルに注意する。

 しかし、街のシンボルである小さな世界樹は折れるし、巨大なシカは吹き飛ばされて倒れてるし、地面にひびは入るし、森は半壊してるし……


 これではクエストの目的であるお墓参りどころではない……


 「あはは……ごめん……」 


 フィオーレはそう言う。


 「お墓参り……どうする?」


 お墓はこの倒れた巨木の下かもしれない……探すのは一苦労だ……


 「命があるだけマシですわ」


 そう思うしかないだろう……


 さらに言うと森にいたかもしれない他の冒険者たちが小さな世界樹が倒れたことで被害に遭っていないか見に行かないとならないだろう。


 僕たちは一通り確認したが、被害者はいなかった……倒れた木の下敷きになっているとか、怪我をしているとか、そういう人は見た感じいなさそうだ。それは不幸中の幸いだ。


 僕たちはひどい目にあったと思いながらグロウバウムの街に戻ることにしたのだった……

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