第二章 動き出す物語

第十九話 街の賢者と聖なる書物

 グロウバウムの小さな世界樹が倒れる事件が発生してから数日後、街もようやく落ち着きを取り戻しつつあった。

 僕たちはこの街を探索しつつ、各々自由に動くことにした。といってもアンナはフィオーレにくっついて行ったが……

 宿の部屋でゆっくりしていた僕だったが、小腹が空いたので街に出かけることにした。

 扉を開けるとヒィナがいた。


 「今から出かけるけど、ヒィナも行く?」

 「うん」


 ヒィナがここにいるということはローゼとエゼルはそれぞれ自由に行動しているのか。


 「じゃあ行こうか」

 「うん」


 僕とヒィナは街へと出かけることにした。


 「この街、やっぱり広いなあ」


 そう思いながら歩く。ヒィナは僕の横をトコトコと歩いている。

 街はフィオーレがへし折ったあの巨大な木に寄り添うように作られているそうだ。

 よほどあの木とそのまわりの森が街の人々にとって大事だったのだろう。

 その証拠に、落ち着いてきたとはいえ、まだあの木がへし折れたことが街中で話題になっている。


 そんな中、僕は老人とおじさんが話しているのを見かけた。見るとそのおじさんは老人にすごく感謝している。


 「ありがとうございます! 賢者様のおかげでムスコも元気になります!」

 「ほっほっほっ、いいんじゃよ」


 そんなやりとりをしている。賢者様……その老人はそう呼ばれていた。

 賢者様か……はじまりの風が吹く街トルペティアにも賢者のおじいさんがいたけど……あの老人もまたそれと同じようにすごい人なのかな……聡明な大魔法使いとか……


 お礼を言っていたおじさんはニコニコしながらどこかへと行った。

 ムスコが元気になると言っていた……あの老人は息子さんの病気や怪我を魔法や治療薬で治せるということなのだろうか。だとしたらあの老人はすごい人だ!


 「賢者様だって、すごいねヒィナ」

 「賢者様、すごい」


 老人は僕たちの視線に気づくと、話しかけてくる。


 「ワシの顔に何かついておるかの?」

 「いえ、賢者様と呼ばれていたので……何の話をしていたのだろうと思いまして」


 老人は僕とヒィナを見たあと、僕に聞いてくる。


 「若者よ、歳はいくつじゃ?」

 「歳ですか? 十五です」

 「十五か……そっちのお嬢ちゃんは?」

 「ヒィナ、何歳?」


 ヒィナの歳か……見た感じ十二歳くらいだが、人間になったばかりだというから生まれたばかりとも言えるような……

 老人は続ける。


 「まあ良い、歳はあまり関係ないからの」


 ……ならばなぜ歳を聞いてきたのだろうか。


 「あの、おじいさんは賢者様なんですか?」

 「そんな大層なものではないが、街の人々はワシをそう呼んでおるよ」


 この言い方、きっとすごい賢者様で間違いない。


 「若者よ、お主にワシのとっておきをやろう。大丈夫じゃ、十五でも」


 とっておきとはなんだろうか。歳が何か関係があるのだろうか。


 「そして、ヒィナと言ったかな? お嬢ちゃんは絶対に見てはいけないよ」


 ヒィナが見てはいけないもの……?


 「ワシは今からお主に聖なる書物を授ける」

 「ッ!? 聖なる書物!? そんな大事なものをなぜ僕に!?」

 「ワシからの贈り物じゃ……遠慮せずに受け取ってくれ」


 まさかこの僕から溢れ出る導かれし者のオーラを感じ取って、何かの大事な書物を渡そうとしているというのか!?

 だとしたらこの老人はやはりただ者ではない! 賢者様と呼ばれるのにふさわしい人物だ!

 あとでフィオーレたちにも聖なる書物を見せなければ……


 賢者様は僕に手を出すように言うと、自身の手をかざす。


 「はあッ!!」


 賢者様が手をかざすと、突如としてその手が光り出した!

 その光の中から何か本のようなものが出てくる……


 「若者よ、これが聖なる書物じゃ……」


 これが……聖なる書物……いったい何が書いてあるんだ……


 「賢者様!!」

 「いいんじゃよ、さあ、中を開けてごらん。そしてそっちのお嬢ちゃんは決して見てはいけないよ」

 「分かった、ヒィナ見ない」


 僕はその聖なる書物をおそるおそる開ける……


 中を見ると女の人の絵がいっぱいある。どの女性も胸が大きく魅惑的な姿をしている。

 こ、これは……


 「賢者様!! これは……これは成熟した大人の果実が記された聖なる書物ですね!!」

 「若者よ、その歳にして分かるのか……この熟した素晴らしさが……」


 素晴らしい書物だ! 不思議そうに僕を見るヒィナ……だがヒィナには決して見せることはできない……もちろんフィオーレたちにも……


 「しかし良いのですか! 僕は十五ですよ!」

 「若者よ……言ったじゃろう……歳など関係ないと……」

 「賢者様!!」


 なんて素晴らしいんだ……これはまごうことなき賢者様だ!


 「もしかしてさっきのおじさんのムスコが元気になるというのは……」

 「文字通り、元気になるんじゃろうな」

 「賢者様!!」


 おじさんのムスコはいったいどんな書物で元気になるのだろうか……


 「ワシのこの能力は女神ユエリア様から与えられた力じゃ……つまり女神様の祝福じゃ……まさに本物の聖なる書物じゃ」

 「たしかに!!」


 賢者様も女神ユエリアにあったことがある人間なのか……ん? それって?


 「……賢者様、もしかして賢者様もこの世界の人間ではないのですか?」

 「なぜそれを!? まさか若者よ、お主も!!」


 この老人は異世界転生者のようだ。何らかの理由で異世界転生し、この世界に来たのだろう。


 「まさかワシと同じ転生者に会うとはのう……これまでにも何人か他の転生者に会ったことがあるんじゃが……」

 「そうなのですか……ですが僕は転生者ではなく異世界転移してきた身なのです」

 「そうなのか……それは苦労したじゃろう……」


 賢者様は続ける。


 「その昔、ワシはユエリア様に会ったんじゃ……そしてユエリア様はワシの願いをなんでも一つ叶えてくださると言った。魔法や素晴らしい能力、道具を授けようとしてくれた」

 「僕も同じことを言われました」

 「しかしワシはあの女神様の胸を見てどうしてもそのたわわな果実を揉みしだきたくなったのじゃ……」

 「分かりますその気持ち」

 「だがそんなことをお願いするわけにもいかなかった……代わりにどんな聖なる書物でも作り出すことができる能力を授かったのじゃ」

 「人々の役に立つ能力を選ぶとは……なんて素晴らしい……」


 そういえば僕は胸を揉ませて欲しいと言って断られたな……


 「若者よ、お主の名を聞こう。おっと自己紹介がまだじゃったな、ゼロジィじゃ」

 「僕はノゾムです。ノゾム・サクラギ」

 「ノゾムよ、お主は女神ユエリア様に何を願ったのじゃ?」

 「女神様のたわわな果実を揉ませてください、と……」

 「なんという勇気じゃ……ワシが賢者ならお主は勇者じゃ!!」


 ごめんねフィオーレ……僕が勇者らしい……


 「それでどうなったんじゃ!! 女神様のたわわな果実は!! どんな感触がした!! どれほど素晴らしい質感じゃった!? 揉ませてもらえたのか!! その禁断の果実を!!」

 「断られましたァァァァ!!」

 「オウマイゴッドォォォォ!!」


 膝から崩れ落ち、叫びながら落胆する僕たちをヒィナは不思議そうな顔で見ている。


 しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ……


 動画はないのかと……


 「賢者様!! 聖なる動画はないのですか!!」

 「聖なる動画……なんじゃそれは」

 「熟した果実が揺れるところが見られるのです! なぜ聖なる動画ではなく聖なる書物を選んだのですか!」

 「ワシはそんなモノは知らない……そんなモノがあるのか!! お主のいた時代にはそんなモノがあるのか!!」


 賢者様の時代には聖なる動画というものがなかったのか……ッ!!

 なんということだ……こんな素晴らしい能力を思いつくのに……もったいなさすぎる……聖なる動画さえあれば、僕のムスコはもっと……ッ!!


 「ワシも見てみたい……聖なる動画を……」

 「賢者様ッ!! 僕も見てみたいのです!! 聖なる動画を見ることもできずに異世界転移してきましたから!!」


 賢者様の心の痛みが手に取るように分かる……なんという悲劇だろうか……


 「しかし賢者様、ありがとうございます……賢者様のおかげでムスコも元気になります!」

 「うむ、いいんじゃよ……ワシも聖なる動画を見てみたかった……」


 そのとき、背後から何者かの気配を感じた……


 「ノゾム……その手に持ってるのは何?」


 振り向くとそこにはフィオーレとアンナがいた……


 「ふぃ、フィオーレ……」

 「何それ?」

 「何って……せ、聖なる書物だよ……賢者様からもらったんだ……」


 笑顔でこっちを見ている……というか完全に怒っている……まさかこの書物の中身がバレているのか!?

 ヒィナは不思議そうに僕たちを見ている……


 「フィオーレ、なんで怒ってるの?」

 「ヒィナ、ちょっと待っててね」


 フィオーレは笑顔で僕に言う。


 「見せて?」

 「え? これを?」

 「いいからそれを見せて!!」

 「はい!!」


 僕は何か恐怖を感じて、フィオーレの言う通りに聖なる書物を渡した!


 「……何これ?」

 「それは……」

 「何これ? ……何って聞いてるんだけど?」


 すごいプレッシャーだ……押しつぶされそうだ……


 さらに問題なのはその中身だ……これは成熟したたわわな果実の記された書物……フィオーレにはないモノが記されているのだ!


 自分の胸を見たあと、聖なる書物を見るフィオーレ……


 「みんな……みんな!! すっっごく大きいじゃないのッ!!」


 ぶちギレるフィオーレ!! これはやばい!!


 「まったくこれだから殿方は……」


 アンナまでそう言う……


 僕は苦し紛れに言い訳する。


 「このクソジジイからもらったんです!! 僕は何も悪くありません!!」

 「おいワシのせいにするな!! っていうか今、ワシのことクソジジイって言った!? さっきまで賢者様とか呼んでたのに!?」



 ビリッ!! グシャッ!!



 フィオーレは僕たちの目の前で聖なる書物を破った!!


 「ひいい!!」


 僕たちは恐怖のあまりそう言ってしまう。

 フィオーレが笑顔で言う。


 「お仕置きね、ノゾム」

 「ひいい……!! やめて!! 乱暴するつもりでしょ!! 刺激的な聖なる書物みたいに!!」

 「……ノゾムよ、耐えるんじゃぞ」

 「おじいさんは後でね」

 「ひええ!? ワシもか!?」


 僕たちはこのあと刺激の強すぎる聖なる書物のようなことをされてしまうのだろうか……

 ヒィナが不思議そうに僕たちを見つめる中、僕とクソジジイはあまりの恐怖にその場を動けずにいた……








 ノゾムが賢者様からもらった聖なる書物は十五歳の彼が見ても大丈夫な絵しか描いてありません。

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