第十話 勇者と導かれし者

 僕は叫びながら天を仰いだ。


 「オウ! マイ!! ゴォォォォッドォォ!!!」


 まさかゴリラの神様に好かれるなんて思いもしなかった。


 「ノゾムちゃぁぁぁぁああああんんんん!! これからはダーリンって呼ぶわねぇぇぇぇ!!」

 「なぁぁぁぁんでだぁぁぁぁああああ!!!!」


 気がつけば僕は白い光が続くだけの真っ白な世界にいた。フィオーレとアンナの姿が見えない。僕とこのゴリラの神様だけしかいない世界。しかしそんなこと気にしている暇などない。目の前には巨大なゴリラの神様が全力で迫ってきているのだ。


 「ダーリン、これからアチシとダーリンは一心同体、仲良くやっていくわよぉぉぉぉおおおおんんんん!!!!」


 なんとか状況を打開しなければ!


 「ちょっと待って、僕は人間だよ? リラ様は神様だよ?」

 「アチシのことは、ハニーって呼んでね?」

 「ハニー、僕は人間、君は神様だ……結婚なんてできないよ」

 「そんなことないわぁぁぁぁああああ!!!! アチシはダーリンと添い遂げるものぉぉぉぉおおおお!!!!」

 「ハニィィィィイイイイ!!!!」


 どうすればいいんだ……どうすればこの状況を打開できる!?


 僕が導かれし者であるという話をして分かってもらうしかないか?

 ここにいつまでもいることはできないと伝えるしかないか?


 僕はフィオーレたちと共に導かれし者たちを探し出し、魔王を倒しに行かなければならない。

 導かれし者の話なんてしたところで分かってもらえるだろうか。しかし本当のことだ。言うだけ言ってみよう。


 「あの……僕はその……実は……」

 「……分かっているわよ、自分は導かれし者……だからここにはいられない、そうでしょ?」


 リラは真剣な顔で答える。


 「え……導かれし者を知っているの?」

 「もちろんよダーリン、あなたは導かれし者……伝説の勇者フィオーレちんと一緒に魔王を倒しにいかなければならない運命なのよね?」


 リラは続けて言う。

 

 「フィオーレちんからは導かれし者や勇者のことはちゃんと聞いているかしら?」

 「聞いている……でもあまり詳しいことは……」

 「……やっぱりね、きっとフィオーレちんはその話をあまりしたくないのよ」

 「え……?」


 導かれし者の話をあまりしたくない……なぜだろうか?


 「でもあまり深くは聞かないであげてね? フィオーレちんが隠しているってことは、そういうことだから……」

 「で、でも、僕たちは命を賭けて戦うんだよ……まだそんな場面に陥ったことないけど……話を聞かせてもらわないと……」

 「……だからアチシから話してあげるわ」

 「本当? 聞かせてほしい……導かれし者たちのことを」


 リラは話しはじめる。


 「勇者とは救世主のこと、そう聞いているわよね?」

 「うん、フィオーレはそう言ってた。フィオーレは人間離れした強さだし、本当のことだと思う」

 「……そうね、これにはとある神話があるのよ」

 「神話……? リラ教の?」

 「違うの。フィオーレちんがいた教会の神話よ。聖書があるんだけど、そこに書かれていることは本当のことよ。また今度、神話については詳しく聞かせてあげるけど、大事なのはそこではないの。聖書には予言が書かれているの」

 「予言……?」

 「世界樹の根元、この世界の下の世界、つまり魔界から魔王が世界を侵略しにやってくる時、天より勇者が現れる……」

 「それがフィオーレ……」

 「ええ、そして勇者は運命に導かれた者たちを連れて魔王を打ち払うと……」

 「それが僕たち……導かれし者……」


 リラは頷く。


 「そうよ、そしてフィオーレちんはそのことを知って、導かれし者たちを集める旅に出たの」

 「そうだね……でもなんで、フィオーレはその話をしてくれないの? 聞いたところ特に聞かれたくないような内容ではないけど?」

 「女の子には色々あるのよ、あまり聞かないであげてね」


 そしてリラは続ける。


 「それからフィオーレちんはあちこちで情報収集をしたの。そして導かれし者を五人集める必要があることを知ったの」

 「僕とアンナで二人だから、あと三人必要なのか。フィオーレ、それも話してくれてないよ」

 「そうなの? あの子ったら本当に話したがらないのね……まあアチシから言えるのはこれくらいかしら? 他の話はまた今度してあげるわ……何か質問はないかしら? あまり時間がないから多くは話せないけど」


 リラは聞いてくる。


 「うーん、なんで僕はハニーと話せるの? フィオーレたちにはハニーは見えているの? 声は聞こえているの?」

 「それは女神ユエリアのせいじゃないかしら? この世界の言葉を理解できるようにしてくれたとき、人の言葉だけでなく古代語から神の言葉から全部理解できるようにしちゃったとか、そんなところだと思うわ。それからフィオーレちんたちにはアチシの声は届いていないわ。いま言ったようにダーリンが特別だからよ」

 「ふむ、だから僕は神様であるハニーの声が聞こえているのか。じゃあ、世界樹ってなに? 前にアンナが言ってたんだ。世界樹のエネルギーで魔法を使うって」

 「この世界は世界樹の上に創られているのよ。その話はフィオーレちんの教会の聖書に書かれている神話にあるわ」

 「不思議だ……樹の上に世界があるなんて」

 「他にも質問はあるかしら?」


 リラはまた聞いてくる。


 「そうだなぁ……フィオーレはなんでハニーのことが見えないの?」

 「そうねぇ……え? もしかしてフィオーレちんのことゴリラだと思ってる?」

 「え、いや、そんなことはないよ?」

 「もう! ダーリンったら女の子のことゴリラだなんて思ってちゃダメじゃなぁい! ゴリラの神様であるアチシが言うのもアレだけど」

 「ごめんなさい……」


 そしてリラは悲しそうな顔をする。


 「それにしてもひどい運命だわ……アチシとダーリンはせっかく会えたというのに、もうお別れしなきゃならないなんて!!」

 「そんな! もう少し色々と聞きたいことが!! でもこれで解放されると思ったらちょっとほっとしたかも!!」


 リラは続けて言う。


 「時間がないわ!! アチシの頼みを聞いてちょうだい!!」

 「頼み……?」

 「この子、ヒィナを連れていってちょうだい。この子は導かれし者の一人よ」

 「えっ?」


 リラは光に包まれながら天へと昇っていく。


 「いい? 困ったらまたアチシのところに来なさい。力になるわ」

 「ありがとう!」

 「そろそろ時間ね、また話しましょうダーリン」

 「分かったよハニー!」


 そう言うとリラは天へと消えていった……そしてまわりを見ると、僕がいるのはあの白い光がどこまでも続く世界ではなく、元いた教会だった。

 僕たちはフィオーレたちと長椅子に座っていた。さっきと同じ状況だ。

 長い時間リラと話していた気がする。どのくらい時間が経っているのだろうか。あんまり時間が経っているようには見えないが……


 「ノゾム、どうしたの? ぼーっとして?」

 「う、うん、ちょっと神様とお話ししてた」

 「え? ゴリラの神様と?」


 フィオーレは不思議そうにしている。


 「それで、そこにいる女の子は誰ですの? 一体いつからそこにいたんですの?」

 「女の子……?」


 見ると僕たちが座っている長椅子の横に女の子が立っていた。


 「……君が、ヒィナちゃん?」

 「……うん、ヒィナ」


 ヒィナという少女は僕たちの横に静かに立っていた。

 整った顔立ち、緑の髪の毛、背は低くく、布きれのような服を着ている。


 「ヒィナ、君が導かれし者だね?」

 「……リラがそう言ってた」


 ヒィナはそう答える。無口な女の子という印象だ。


 「どうなってるの……?」


 フィオーレは不思議そうに聞いてくる。


 「言ったでしょ? ゴリラの神様と話をしたって」


 僕はそう返した。

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