第九話 ゴリラの神様

 僕たちはイレの村を後にし、リラの街を目指して森の中を歩いていた。そしてフィオーレを見てふと思い出す。歩きながら僕は切り出した。


 「ねえ……フィオーレを見て思い出したんだけど、ずっと前から気になってたことがあるんだけど……」

 「どうしたのよノゾム、そんな深刻そうな顔して」


 フィオーレが振り向いて聞き返してくる。


 「うん、すごく重要なことなんだ……」

 「重要なこと……と言いますと?」


 アンナも聞き返してくる。


 「実は今まですごく気にしていたんだけど……」


 僕は二人に聞く。



 「この世界のゴリラってどんな生き物なの?」



 二人はきょとんとした顔をしている。


 「……え?」

 「ノゾムさん? ゴリラはゴリラですわよ?」

 「僕、この世界のゴリラ見たことないからさ……」

 「……そう言われて見れば、私も見たことない」


 フィオーレも実は見たことないようだ。


 「……実はわたくしもですわ……書物でなら見たことありますけど」


 アンナも見たことないのか。


 「でもゴリラと言う動物は知ってるよね……」


 不思議だ……やっぱりゴリラは世界を越えても共通の認識だったのか……


 「ノゾムは見たことあるの?」

 「あるけど……」

 「どんな生き物ですの?」


 僕は地面に絵を描く。絵心はないが二人には伝わるだろうか……


 「腕力が強くて、賢くて、穏やかで……森の賢者と呼ばれてて……」


 そうしてお世辞にも上手いとはいえないゴリラの絵が完成する。


 「うーん、見たことないけど、おそらくこの生き物ね」

 「私が書物で見たのもこんな感じですわ」


 やっぱりゴリラはこの世界でも同じ生き物がいるようだ。


 「……ところでなんで急にゴリラの話になったのかしら?」


 フィオーレがにこにこしながら僕に聞いてくる。


 「えっ……? えっと……ほら、ゴリラっていう名前の別の生き物とか魔物がいるのかなって思って」


 僕はフィオーレを見ながら言う。


 「そうね、でもなんでこのタイミングなのかしら?」

 「今から行くリラの街って、ゴリラの神様を信仰しているんでしょ? もし僕の認識が違ってたらどうしようって思って……」


 いま向かっている街、リラはゴリラの神様を信仰している街だ。気になって当然だ。


 「そうね、でもなんで私のことを見てそれを思い出したのかしら?」

 「えっと……」

 「えっと?」


 笑顔が怖いよフィオーレ……


 「ひゅ、ひゅーひゅーふー」


 僕ははぐらかして吹けもしない口笛を吹きながら前へと進む。


 「ゴリラじゃないって言ってるでしょ!」


 フィオーレのそんな声が後ろから聞こえてきた……



 そうして歩いていると僕たちはリラの街へと到着する。

 リラの街は先ほどフィオーレたちと話をしたようにゴリラの神様を信仰している街らしい。

 ゴリラを神に仕える動物として信仰しているのか、はたまたゴリラそのものを神様として信仰しているのか……あとで街の人に聞いてみよう。

 ということはこのあたりの森にはゴリラが暮らしているのだろうか……それも街の人に聞くことにしよう。怖いので森までゴリラを見に行こうという気にはならない。

 リラの街もゴリラ神信仰や冒険者たちの旅の中継地点の街としてかなり栄えているようで、街は整備され地面には石畳が敷かれており、大きな建物や商業施設も数多くある。

 特に目を引くのはその大きな教会だ。ゴリラの神様を信仰する人々のために建てられたその教会はとても立派で神聖な雰囲気があった。


 「じゃあ、とりあえず宿を取りましょう。それから酒場で食事と情報収集ね」


 僕たちは宿で荷物を下ろすと酒場へと向かう。酒場で僕たちは冒険者たちにゴリラについて聞いてみた。


 「この街ではゴリラの神様を信仰しているんだ」


 酒場の客はそう言う。


 「ゴリラそのものが神様なの?」


 僕は気になっていたことを聞く。


 「いや、正確には神様に仕える神獣なのさ。神様ってのはこの世界を創造した存在らしいぜ。で、いつしかその神獣もゴリラの神様として人々から崇められるようになったそうだ」

 「このあたりの森にゴリラっているの?」

 「ああ、ゴリラなら森にいるはずだよ。この街では神聖な生き物として扱われているからむやみに近づかないようにね」


 やっぱりそうなのか……気になっていたことが聞けてよかった……

 あとフィオーレがすごくにこにこした顔でこっちを見ている。

 怒っているのがヒリヒリと背中に伝わってくる。やはり気にしているようだ。


 「さっきからそのお嬢ちゃんの笑顔、なんか怖いんだけど……」

 「あ、気にしないでください」

 「そ、そうかい……?」


 僕たちはお客さんにお礼を言って立ち去る。


 「あの教会に行ってみましょう。せっかく来たんだもの、見て行かなきゃね!」


 フィオーレは気にしているようだが、せっかく来たから行ってみたいという気持ちのほうが強いようだ。

 食事をしてからその教会へ行くことにした。席に着いて注文する。

 そして食べ終わってから教会へと向かう。

 街の中央に建つ大きな教会で、この街のシンボルとも言える建物だ。


 「大きい、こんなに大きな建物どうやって作ったのかな?」


 フィオーレが言う。


 「雰囲気もすごいよね、本当に神様がいそうだよ」

 「わたくしは魔法使いですけど、入っていいのでしょうか」


 教会の入り口にいるシスターが言う。


 「冒険者の方が多い街ですから。魔法使いの方でも大丈夫ですよ、中へお入りください」


 それを聞いて僕たちは安心して教会の中に入る。



 教会に入るとどこからともなく声が聞こえてくる。



 「んまぁぁぁぁ!!!! アチシ好みのいい男じゃなぁぁぁぁいいいい!!!! おめかししなくっちゃ!!!!」



 この声はどこから聞こえてくるのかと思い、あたりを見回す。


 「どうしたのノゾム?」


 フィオーレが不思議そうな顔で僕に聞いてくる。


 「いやぁ、いまの声は誰だろうって思って……」

 「声なんて聞こえないわよ? とっても静かな教会よ?」

 「え?」


 どういうことだろうか……あれだけ大きな声だったのに……


 「とにかく中に入りましょう」


 僕たちは教会の奥へ行くと、長椅子に座る。


 「大きな教会よね……」

 「いつかお姉様とここで挙式をあげるんですわね!」

 「ちょっと! そんなわけないでしょ!」


 横にいる二人のそんな会話が聞こえてくるが、ハッキリ言って僕はそれどころではなかった。



 天井から神聖な光が降り注ぎ、僕たち、いや、僕を包み込もうとしている!! 二人は気づいていないのか!?



 ゴーン、ゴーン……



 鐘の音があたりに響き渡る。

 すると光の中から巨大な何かが姿を現した!



 それは純白のウエディングドレスに身を包む、巨大なゴリラであった!!

 ウエディングドレスを着たゴリラは両手にブーケを持って上から降臨してくる!!



 まさか神獣……ゴリラの神様!? 本物のリラ神だとでも言うのだろうか!?


 「やったわぁぁぁぁアチシの好みの男よぉぉぉぉ!! ようこそアチシの教会へ!! って言ってもアチシの姿も見えないし声も聞こえないわよね……」


 そのウエディングドレスを着たゴリラは僕に話しかけてくる。


 「いや、見えてますし聞こえてますけど……」

 「そうよね……そうなの!?」


 ゴリラは驚いた顔でこちらを見てくる。


 「なぁぁぁぁんてことなのぉぉぉぉ!!!! ついにアチシの運命の男が現れたわぁぁぁぁ!!!!」


 ゴリラは喜んでいるようだ。


 「あ、あの……」

 「決めたわ!! アチシ、この男と添い遂げるわぁぁぁぁ!!」

 「そ、添い遂げるって……」

 「あんた、なんて名前なのかしら?」

 「の、ノゾムです」

 「ノゾムゥゥゥゥ!!!! あんたはアチシの運命の人なの!!!!」


 なんだこの状況は……


 「アチシはリラ、ゴリラの神よ」

 「桜木希です……」

 「ノゾム、あんたとアチシは今日から運命共同体よ!!」


 そして気になることがあった。


 「あ、あの……あなたはオスですか? それともメスですか?」

 「そんなことが気になるの? んもぉ、愛の前にそんな性別なんて関係ないわよ……でもせっかくだから特別に教えてあげるわ! ……オスよ」



 「どうしてこうなったぁぁぁぁ!!!!」



 僕は天に向かって叫んだ……

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