第七話 仲間探しの旅へ

 僕とフィオーレは酒場で仕事をしていた。例の騒ぎで酒場のお皿やらテーブルやらを壊してしまい、その弁償をするため働くこととなったからだ。


 「いらっしゃいませ!」


 フィオーレは接客を担当している。僕は裏でお皿洗いだ。というのもフィオーレは力が強すぎるのか、お皿を洗おうとすると皿が割れてしまうのだ。酒場のマスターと「ご、ゴリラだ……」からの「ゴリラじゃないもん!」というお約束のやりとりをしていた。

 ゴリラといえば、僕はこの世界で実物を見たことがない。フィオーレたちの会話からゴリラなるものが存在していることは分かっている。おそらく力が強い動物なのだろう。僕がいた世界のゴリラと同じものなのだろうか。それとも別のものなのだろか。少し興味がある。


 「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」


 酒場のほうからフィオーレの声が聞こえてくる。だがもちろんフィオーレがメニューを運ぶことはない。食事を運ぼうとするとお皿が割れちゃうからね。


 「あ、あのときのアレは何かの間違いだ! もう一回腕相撲をしようぜ!」


 あのときの冒険者が来ているのだろうか。そんな声が聞こえてくる。


 「いいわよ! 返り討ちにしてあげる!」


 いや待って!? いいわよじゃないよ! 全然よくないから!



 ガシャァァァァンンンン!!



 酒場のほうからまた物が壊れる音が聞こえてくる。きっとフィオーレが腕相撲をして男を吹き飛ばしたのだろう。


 「や、やっぱりゴリラだ……間違いなんかじゃなかった……」

 「ゴリラじゃないって言ってるでしょ!」


 これはまた弁償だな……もう数日は旅立つ日が遠のきそうだ……



 そんなこともあり、あれから十日ほど経った。僕とフィオーレは魔法使いの家を目指して森の中を歩いていた。森は意外と明るく風が吹き抜けて涼しい。


 「魔法使いの家はこっちのほうで合っているはずよ」


 フィオーレは振り向いてそう言う。

 森の魔法使い……いったいどんな人物なのだろうか。


 「あ、もしかしてアレがそうかしら?」


 フィオーレが指差すほうを見てみると、レンガでできた変わった形の家がある。屋根には煙突があり、あちこちに草花が植えられている。


 「ここが魔法使いの家か……そしておそらく魔法使いは僕たちが来たのを知っているはず」

 「ええ、そして家のまわりには結界が張ってあるらしいわね」


 フィオーレは手を伸ばすと空中で何かに触れた。結界があるのだろう。見えない壁がそこにあるのだ。

 僕もおそるおそる手を伸ばす。すると思った通り何かに触れた。やはり結界が張られているらしい。

 家のまわりをぐるりと囲っているのだろうか。だとすると家に入ることはできないだろう。


 「どうするフィオーレ?」

 「私たちが外にいることは知っているんでしょう? だったら……」


 コンコンっ、とフィオーレは結界をノックする。


 「すみません。魔法使いさん、あなたに会いたいんですけど」


 これで魔法使いは家から出てくるのだろうか……静寂に包まれる……


 「ダメね、出てこないわ」

 「どうしたらいいんだろう?」

 「こうなったら……」


 フィオーレは拳を握りしめ、構える!


 「まさか……ッ」


 結界を殴って突き破るつもりなの!?



 「せいッ!!」



 ドゴォォォォンンンン!!!!



 フィオーレが結界を殴ると目の前の見えない壁はガラガラと音を立て、崩れていくようだった。

 そしてついでに魔法使いの家もガラガラと音を立てて崩れていく……なんで!?

 目の前にあったレンガの家は瓦礫の山となってしまった……

 さすがに家まで壊す必要はないんじゃないだろうか……


 「ふぃ、フィオーレ……さすがにやりすぎだよ……」


 そう言ってフィオーレを見るとすごく困ったような顔でどこか遠くを見ていた。もしかして家が壊れるのは予想外だったの!?


 「だだだ大丈夫よノゾム……べべべ別に家を壊そあわわわわ」


 フィオーレはかなり焦っている。言い訳することも出来ていない。

 しかし、中にいたであろう魔法使いは大丈夫なのだろうか。怪我はしていないだろうか。


 「ま、魔法使いさん、大丈夫ですか?」


 僕は瓦礫の山に向かって声をかける。


 「まったくなんですの!? 危険な予感がして防御魔法を張って正解でしたわ……」


 見ると瓦礫の山の中から僕たちと同じくらいの少女が出てくる。頭にはとんがり帽子を被っている。いかにも魔法使いという感じのあの三角形の帽子だ。正面には大きなボタンが二個くっついていてまるで顔のようになっている。帽子の先端のとがっているところは折れ曲がっている。

 その少女の顔はすごく整っていて、背は僕たちより少し低く、やや赤っぽい感じの髪の毛をしていた。


 「あなたたちですわね! わたくしの家を壊したのは! 魔法でできた家ですのよ! 魔法ごと吹き飛ばすなんて! どんな魔法を使えば壊せるんですの!」

 「いや、魔法は使ってないよ?」

 「そ、そうですわよね……魔法の感覚はしませんでしたから……」


 魔法使いは不思議そうな訝しげそうな顔をして言う。


 「パンチで吹き飛ばしたんだよ」

 「そうですわよね……え、そうなんですの!?」


 今度は驚いた顔でこちらを見る。


 「ご、ごめんなさい……家が壊れるなんて思ってなくて……」


 フィオーレは困った顔で謝る。


 「あなたですか! いったいどんな魔法を……」


 魔法使いはそこまで言いかけて……動きが止まった。唖然とした顔でフィオーレを見つめている。


 「お、お待ちくださいまし……あなたは……」


 魔法使いは何かものすごいものを見たかのような顔でフィオーレを見ている。


 「な、何? 私の顔に何かついてる? も、もしかして……溢れ出す勇者としてのオーラを感じ取ったとか?」

 「そうなのか!?」


 だとしたらすごい! さすが魔法使いだ、と僕は感心する。

 きっとこの魔法使いの少女が導かれし者なのだろう。フィオーレを見てすぐに勇者だと分かるなんて、何も知らないでやってきた僕とは大違いだ。


 「あ、あなたは……」

 「あなたが導かれし者なのね? 私はフィオーレ、こう見えても勇者で……」



 「わたくしの好みのタイプですわぁぁぁぁ!!!!」



 「……え?」


 フィオーレの表情が固まった。


 「わたくしの好みのタイプの女性ですわ! お姉様とお呼びしてもよろしくて?」

 「え、いやあの、え? お姉様?」

 「そうですわ! フィオーレお姉様!」


 え? この子……女の子が好きなの?


 「え? あの……私から溢れ出る勇者としてのオーラを……とかじゃないの?」

 「分かりませんわ! とにかくお姉様はわたくしの好みのタイプですの! 一目惚れしてしまいましたわ! お姉様! わたくし、どこまでもお姉様に着いていきますわ!」


 一目惚れらしい……流石のフィオーレも驚いている。

 本当に着いてくるつもりなのだろうか……本当に導かれし者の一人なのだろうか……なんだか不安になってきた……


 「あ、あの、君の家を壊したのはフィオーレなんだけど」

 「お姉様を一目見てから、もう家が壊れたなんてどうでも良くなってしまいましたわ。家を壊したのがお姉様……これはもう運命ですわ」

 「ま、魔法の研究をしたり、魔法の薬を作ったりしてるって聞いたけど……」

 「それもどうでもよくなってしまいましたわ。わたくし、いまはお姉様一筋ですの」


 いやいや、どうでもよくないでしょ!


 「わたくしアンナと申しますの! これからよろしくお願いしますわね、お姉様」


 アンナと名乗る魔法使いの少女はフィオーレに抱きつきながらそう言う。


 「どうしてこうなったのぉぉぉぉ!!!!」


 フィオーレは叫ぶ。

 こうして森の魔法使いアンナが半ば強引に仲間になった……

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