第六話 冒険の準備
次の日、僕とフィオーレは武具屋に来た。この先の森を進むのに武器と防具が必要だからだ。
武具屋には様々な剣や槍、弓、鎧や盾などが敷き詰められるように置かれていた。
「自分に合うものを選んでね。きっと最初は相手に合わせて使い分けるとかできないと思うから、自分に合ったものがいいはずよ」
フィオーレはそう言う。たしかに僕は今まで武器なんて持ったことない。相手によって使い分けることができない以上、自分と相性の良い武器を選ぶのがいいはずだ。
「うおっ! 剣って結構重いな……こんなもの持って森の中なんて歩けないよ……」
剣を持ってみるがとても振りまわせそうにない。
「今まで剣を持ったことないの?」
「うん、学校で剣道の授業をやったとき竹刀を持ったことがあるくらいかな……」
「ふーん……?」
しかしあまりにも剣は重い。これを持って森の中など歩けるはずがない。
同様の理由で鎧や盾などの防具も無理だろう。
「僕には武器も防具もダメみたいだ。フィオーレは……」
言いかけてやめる……あれだけ力があって装備できないなんてことあるはずがない……
……ん? 何かおかしい。謎の違和感を感じる。
そう思いつつフィオーレを見る。
「……って、あれ? フィオーレ、剣持ってないの?」
「ぎくっ! あ、あの、その……」
「まさか……」
「剣、折れちゃうのよ……鎧も穴が開いちゃうし……」
さすがの馬鹿力だ……まさかそんなことがあるとは……
だがフィオーレと違い、僕は丸腰で森に入るわけにはいかない。何か武器を選ばなければ……
「じゃ、じゃあ僕はこの値段が安くて軽い短剣にしようかな」
「そうね! 軽くて動きやすいのって大事よ!」
そういえばこの世界は剣と魔法の世界だ……武器だけではないはず……
「フィオーレ、そういえば魔法は使えないの?」
「ぎくっ! あ、あの、魔法はみんなが使えるわけではないのよ……一部の人しか使えないの……それだけ難しい技術なのよ」
「フィオーレは使えないの?」
「わ、私は魔法はからっきしで……」
やっぱりゴリラじゃないか! そう言いかけたがかわいそうなので言わないでおくことにした……
僕とフィオーレはその剣を購入して店を後にする。
「今から酒場で情報収集をするわ。そのあと旅の支度を本格的に整えて出発よ」
「うん、でも最初から酒場で情報集めをしなかったのはなんで? 最初から情報を集めたほうが効率良く動けたはずなのに」
「それなんだけど、昨日も言ったように次に行く場所は危険らしいの。だから今日来るはずの冒険者を待ったの」
「今日来るはずの冒険者?」
どういうことだろうか?
「この街には定期的に賢者が酒場に出てくるの。それを待っていたわ。いろいろな情報を集めながら、最終的にはその人に聞こうと思って」
「で、その賢者が今日、酒場に来るんだね」
「ええ、そのはずよ」
それで今日までは酒場で聞き込みをしたり、クエストを受けたりしながら賢者を待っていたのか。
「さあ、酒場に着くわよ」
僕たちは酒場に入る。相変わらず賑わっている。客の多くは冒険者で色々な格好をしている。屈強な男もいれば女性や僕たちくらいの歳の子もいる。
「あ、いたいた。あの人が賢者よ」
見ると、白い髭の老人がいる。いかにも賢者って感じの男だ。年老いた魔法使いのようだ。
「おじいさん、こんにちは」
「おお、おぬしは先日の……」
「フィオーレ、会ったことあるのか?」
「うん、ノゾムと会う前に何度か色々聞いているわ」
「その少年が、導かれし者とやらか」
「ええ、そうよ。森の中であったの」
「そうか、予言は本当のようじゃな。それで今回は何が聞きたいんじゃ?」
老人は聞いてくる。
「森の魔法使いの家に行きたいんだけど、色々教えてもらいたいの」
「ほう、森の魔法使い……その、おぬしの言う、導かれし者の一人である可能性はあるな」
「やっぱり! その人に会いたいんだけど」
「だが、会うのはあまり勧められんのう」
「でも私、どうしても森の魔法使いに会いたいの!」
フィオーレは真剣に言う。
「そうじゃの……まず森はオークをはじめとする危険な魔物がいるのは知っているじゃろう。それには気をつけるのじゃ」
「ええ、分かっているわ」
「それから、魔法使いの家は結界が張ってあるじゃろうし、近づけば奴に気づかれるじゃろう」
「仲間になってもらえるか交渉するんだもの。大丈夫よ」
「ふむ、なら大丈夫じゃろう……おそらくその者が導かれし者とやらじゃろう」
僕は老人に聞く。
「おじいさんは導かれし者を知らないの?」
「ワシも知らないのじゃ……人生、勉強することはたくさんあるものじゃな……」
「なんでその魔法使いが導かれし者だって分かるの?」
「ワシはありったけの経験や知識を使っているだけじゃ……そしてそれを若い者たちに伝えていくのがワシの役目……」
賢者は他にも色々教えてくれた。危険な場所やその回避方法などを語ってくれた。僕も気をつけて旅をしなければ、と思いながら聞いていた。
「ありがとうおじいさん、私たちは旅に出るわ」
「本当は心配じゃが、おぬしが悲願を達成できることを祈っておるよ」
僕たちは賢者に別れを告げた。
「さあ、行きましょう。旅の支度をちゃんと整えるわよ」
酒場を後にしようとしたその時だった。
「おいお嬢ちゃん、ここはお嬢ちゃんたちが来る場所じゃねえよ」
「そこのお兄ちゃんもだぞ」
他の冒険者たちに呼び止められた。
酒場には僕たちくらいの子や女性もいるとはいえ、たしかにあまり多いわけではない。
「私たちは酒場に情報を聞きに来たの、今から帰るところよ」
「なんだお嬢ちゃん、冒険者か」
「ええ、森の魔法使いの家を訪ねようと思って。あなたたち冒険者でしょ? 森の危険な魔物とか、何か情報を教えてもらえないかしら?」
「あっ……」
あっ……男たちは何かを言いかける……何なのだろうか、すごく嫌な予感がする。
「何よ? 何かあるわけ?」
「いや、やめておいたほうがいい。それに森は危ないからな。お嬢ちゃんたちが行く場所じゃねえよ」
危険な森より危ないこととは何だろうか……
「お、おう。森は危ないからな! 行かない方がいいぜ!」
「そ、そうだな。お嬢ちゃんやめとけ。な?」
男たちは口々にそう言う。
先ほどの賢者も魔法使いに会うのは勧められないと言っていたが、何かすごくヤバイことが待ち受けているとでも言うのだろうか。
「何よ。私これでもすごく強いのよ?」
フィオーレ……違う、そうじゃない。
「そんな細い腕で魔物が倒せるかよ。そっちのお兄ちゃんもたいして強そうには見えないもんな」
「悪いことは言わないからやめときな」
「それでも私はこの先に進まなきゃいけないの!」
「それじゃあ俺と腕相撲して勝ったら教えてやろう」
僕は思わず「あっ……」と言ってしまった。
「いいわよ!私、こう見えて腕相撲には自信があるの」
知ってる。
「俺に腕っ節で勝てないようじゃ、魔物なんか相手にできねえからな」
「でもまあ、勝てないだろ。こいつはこの街で一番強い冒険者なんだから」
まあ、森は危険だからと気をつかってくれたのは分かるが……一番強い人に勝ったら情報を教えるって相当難易度高くないだろうか。
でもきっとフィオーレのほうが強い。それも圧倒的に。
「このお嬢ちゃん、よく見るとすげえべっぴんさんだぞ」
男は急に言い出す。
「ああ、気がつかなかったがすげえかわいいじゃねえか」
「その少女には淡く儚く消えてしまいそうな雰囲気があり、溢れんばかりの気品はまるでどこかの王国の姫君……これにはかの有名な文豪も固唾をがぶ飲みして手記を……」
「おい、あまりのかわいさにちょっとおかしなこと言ってるやつがいるぞ」
「じゃあ、ここで腕相撲な」
「のぞむところよ」
「はっけよーい、のこった!」
次の瞬間、フィオーレによって大男がねじ伏せられる!
「ぐああああぁぁぁぁ!!!!」
さらに男は宙を舞い、近くの壁に叩きつけられる。木でできたテーブルも木っ端みじんだ。皿も次々と割れ、辺りは騒然とする。
「なに!? なにが起こったの!?」
「強盗か!? 酒場に強盗が入ったのか!?」
「俺が酒を飲んでいたらこの街一番の冒険者の男が宙を舞っていた……何が起こっているのか分からねえ……」
混乱する客たち。冒険者の客には剣に手をかけて警戒している者さえいる。
「どう? これで私の強さが分かったでしょ?」
そう言うフィオーレ。
「……ゴリラだ」
「え……?」
「ゴリラだ! まごうことなきゴリラだ!」
「ゴリラじゃないもん! ちゃんと手加減したもん!」
「やっぱりゴリラじゃないか!」
「ゴリラじゃない!」
怒っているのか泣いているのかよく分からない顔で否定している。
「ゴリラじゃないもん……」
しょんぼりしている。
酒場のマスターにはすごく念入りに謝った。僕たち二人はお店の皿やらテーブルやらを弁償するため、しばらくここで働くこととなった。
僕たちが旅に出るのは数日後になることだろう……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます