第三話 はじまりの風

 僕たちは石の祭壇を後にした。


 「それで、僕たちはどこへ向かうの? このあたりに街はあるの?」

 「ええ、この近くにトルペティアという街があるわ。はじまりの風が吹く街と呼ばれているの。そこに宿を取っているから行きましょう」

 「そうなんだ、それじゃあその街に行こう」


 僕たちは歩みを進める。


 「それからなんだけど、その街に着いたらどうするの?」

 「まずは冒険の準備ね、それから……」


 そんな話をしながら森を歩いていた矢先だった。


 「ぐおおおおぉぉぉぉ!!!!」


 巨大なクマが現れた。


 「えっ!? クマ!? どうしよう!!」

 「ノゾム! あれはクマではないわ! 魔物よ。クマのような姿をした魔物なの!」


 魔物!? これが魔物……魔王が現れてからこの世界に現れるようになったという存在か!


 「この魔物はすごく凶暴で危ないわ。下がってて」

 「そんな! 女の子を危険な目に遭わせるわけにはいかないよ!」


 僕だってすごく怖い。だがこうなったら僕がなんとかしなきゃ……


 「大丈夫よノゾム。私、すごく強いもの!」


 そう言うとフィオーレは拳を握る。


 「素手で立ち向かうの!? 危険だよ!!」

 「はあッ!!」


 フィオーレはすごい速さで魔物に接近すると拳を突き出し魔物の腹を殴る!


 ズドン!!


 「ぐおおおおああああぁぁぁぁッッ!!!!」


 魔物は叫び声を上げながら吹き飛ばされ、その先にあった巨木に叩きつけられた!


 「きゅぅぅぅぅ……」


 どうやら魔物をやっつけたようだ。


 「どう? 私、強いでしょ?」

 「ゴリラだ……いや、ゴリラの比ではないかもしれない」

 「えっ……?」


 そう言うとフィオーレは悲しそうな顔をした。


 「……リラじゃないもん」

 「えっ……?」


 フィオーレは小声で何か言っている。


 「ゴリラじゃないもん!!」


 今度は大声で否定した。


 「うええええぇぇぇぇん……ゴリラじゃないもん……ゴリラじゃないもん!」


 泣きながらそう言っている……悪いこと言っちゃったかな……


 「ゴリラじゃないもん……」


 すごく気にしてたみたいだ……


 「あ、ありがとうフィオーレ! お、おかげで助かったよ! うん! 助かった!」

 「ゴリラじゃないもん……」


 かなり気にしている……もしかして昔からそう呼ばれてて、すごく気にしてるんじゃ……


 「あの……その……」

 「大丈夫よ……いつもそう呼ばれてるから……」


 やっぱりそうだった……これからは気をつけよう……


 「ぼ、僕は……どんなフィオーレでも……嫌いになったりしないから」


 僕たちは街に向かって森を歩き出した。


 森を抜けると、そこには大きな街があった。これがはじまりの街トルペティア……

 あたりを塀で囲まれていて中は見えない。


 「フィオーレちゃん、おかえり。無事で何よりだよ」


 出入り口にいる見張り番の兵士がフィオーレにそう言う。


 「ええ、ただいま!」


 フィオーレはここに来るまでになんとか元気になったようだ。


 「ところで、そっちの男の子は? この街では見ない顔だね」


 兵士は不思議そうに僕のことを見る。


 「あぁ……森で出会ったの……この街に来ようとしてたみたいだから一緒に来たのよ」

 「ああ、そういうことか。二人とも無事で何より。さあ街に入って」

 「ええ、ただいま」

 「お邪魔します」


 なんて言えばいいのかよく分からないけどとりあえずそう言ってみた。

 街に入るとその様子が分かった。

 木組みと石畳の街。街はそれなりに整備されており、地面は石畳でできていた。建物は木組みでできているものやレンガでできているものもある。花があちこちに咲き、どこかで川がせせらいでいる。

 僕はフィオーレに聞いてみる。


 「なんでさっき本当のことを言わなかったの?」

 「私が勇者だって言ってもだいたい信じてもらえないのよ。導かれし者って言っても分からないでしょうし」


 先ほど凄まじいパワーを見せたフィオーレだが見た目は華奢な女の子だ。腕だってすごく細い。いったいどこにそんな力があるというのかと聞きたくなるほどだ。信じてもらえなくてもおかしな話ではない。


 「それに私のいた教会で伝わっていた予言だから」

 「私のいた教会……?」

 「宿はこっちよ、ついてきて」


 僕たちは街の中を進んでいく。


 「私、あなたのこともっと色々と知りたい。だからこれから数日はこの街でお金と情報を集めましょう」

 「お金と情報?」

 「そう、酒場で情報を集めたり簡単な仕事を引き受けてお金を稼いだり……そしてあなたのことを知っていきたいの」

 「うん、分かったよ。僕もフィオーレのこともっと知りたいな」

 「ええ、これからよろしくね」


 そう話していると宿へと着いた。


 「個室の部屋を取ってあるの。あとで行くね」

 「うん、分かった」


 フィオーレによるとこの街ははじまりの街というだけあって冒険者が多いらしい。

 そのため宿や武具屋、酒場などが充実しているみたいだ。

 大きな宿が多いようで、僕たちが泊まる宿もそこそこ大きかった。


 「宿代はフィオーレ持ちか……明日から働くみたいだし、お金はちゃんと返そう」


 僕は自分の部屋に入る。中は狭いがベッドのほかにも最低限の設備は整っており、不自由なく泊まれそうな感じだ。


 部屋で荷物を整理しているとドアをノックする音が聞こえる。


 「ノゾム。いるかしら?」


 フィオーレが来たようだ。


 「いるよ。どうぞ」


 部屋に入ってきたフィオーレはベッドに座る僕の隣に腰掛ける。


 「ノゾム、明日からだけど大丈夫?」

 「うん、頑張るよ」

 「そして旅の支度を整えてから冒険に出るわ」

 「そうだね……僕、この世界のこと何も知らないから、正直ちょっと不安かな」

 「実はね、私も不安だったの……でもノゾムに会ったら大丈夫そうな気がしてきた」

 「そうなの? 僕、別に強くもないし、旅慣れてないよ?」

 「ええ、でも、大丈夫だと思うの」


 それからフィオーレは聞いてくる。


 「そうだ、記憶は戻った?」


 フィオーレには僕が前いた世界の記憶がないことを伝えてある。


 「うん……思い出せないんだ……だから僕はこの旅で前にいた世界のことを思い出せたらいいなって思うんだ」

 「そうね、私もノゾムのいた世界の話、聞きたいな」


 僕とフィオーレはそのあとしばらく話をした。


 「あ、そろそろ私も部屋に戻るわね。今日はゆっくりしてね、ノゾム」

 「うん、ありがとう。フィオーレもね」


 フィオーレが部屋に戻ったあと、僕はベッドに寝転び考え事をする。

 前にいた世界のことを思い出す方法、明日からのこと、今日のご飯……


 「前にいた世界のこと、この世界のこと、分からないことがたくさんあるけど、頑張らなきゃ」


 疲れていたのだろうか、考えているうちにいつの間にか眠ってしまった。

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