第二話 伝説の勇者フィオーレ

 気がつくと僕は森の中にいた。

 森の中といってもどこか開けた場所だ。

 木々は風に吹かれてザザァっと音を立て、あちこちから木漏れ日が降り注ぐ。見たこともない草花も咲いている。

 どこからか川のせせらぎが聞こえてくる。鳥のさえずりも聞こえてくる。

 よくまわりを見るとここは石でできた巨大な祭壇のような場所だった。

 見たことがない文字が書かれた石碑に、そこへ続く石の階段……僕はその階段の上にいた。


 「ここが剣と魔法の世界……森は雰囲気がいい感じだ。はじまりの風が吹いているような……そんな気もする」


 石碑を背にあたりを見回していると祭壇の下に驚いた顔の少女がいた。

 少女は整った顔立ちをしていて、美しい金色の髪の毛と透き通る空のような青い瞳をしていた。華奢な体格、きめ細かな白い肌、そして今にも消えてしまいそうな儚い雰囲気を纏っている。


 「つ、ついに現れた……導かれし者……」


 彼女は僕を見てそう言った。


 「導かれし者……?」


 僕はそう聞き返す。


 「自己紹介がまだでしたね、私はフィオーレと言います」

 「フィオーレちゃんだね、僕は桜木希……ノゾムでいいよ」

 「ノゾム・サクラギ様、さっそくですが」

 「ちょっと待って、僕はここに来たばかりで良く分からないんだ。それともっと砕けた口調でいいよ」

 「そ、そうですか」

 「うん、フィオーレちゃん、僕もフィオーレって呼ぶから、君も僕のことをノゾムって呼んで?」

 「わ、分かったわ……ノゾムさん」

 「呼び捨てでいいよ、ノゾム、ね」

 「の、ノゾム……」

 「うん、それでいいよ。せっかくだし座って話さない? あ、パンもあるよ」

 「パン……?」



挿絵

https://kakuyomu.jp/users/chiharuakizora/news/16817330654789917754



 僕たちは木陰に座ってパンを食べながら話を始める。


 「信じてもらえないかもしれないけど……私は伝説の勇者なの」

 「伝説の勇者……?」

 「ええ、簡単に言うと救世主よ」

 「救世主……」


 フィオーレは真剣な表情で僕を見つめる。彼女が嘘をついているようには見えない。


 「さっき僕のことを導かれし者って言ったよね? 導かれし者って何?」

 「予言にあるの、勇者は導かれし者と魔王を倒すって」

 「それで僕がその導かれし者ってこと?」

 「ええ、ここに現れるってお告げを聞いたの」

 「お告げ……」

 「何度もここに足を運んだわ」

 「何度も……ありがとう、何度も来てくれていたなんて」

 「お願い、私と一緒に来てほしいの……魔王を倒すために。魔王はこの世界を侵略しようとしている。私はそれを阻止したいの」


 彼女は本気でそう言っている。でも僕にはそんな力は一切ない。だって女神様から何も力をもらっていないから。


 「ごめん……僕にはそんな力はない……君の助けにはなれないよ」

 「そんな……ッ 私……どうしても魔王を倒したいの……ッ」


 彼女は僕に抱きついてくる。


 「お願いよ……ッ 一緒に来て……ッ」

 「そ、そう言われても……」


 彼女の胸はぺったんこだ。それも好きだけど。


 「お願い……ッ」

 「そうだけど……痛い……ッ すごく痛い……!!」


 僕の体はミシミシと音を立てている。

 すごい力だ。このままでは僕は彼女に骨を折られてしまう……ッ


 「痛い……ッ 離れて……ッ」

 「やだぁ……ッ 一緒に来て……ッ」


 ものすごい力で抱きしめられ引き剥がせそうにない。


 「はぁぁぁぁなしてけろぉぉぉぉ!!!!」

 「離さないからぁぁぁぁ!!!!」

 「ゴリラだ!! ゴリラじゃないか!!」

 「ゴリラじゃないもぉぉぉぉん!!!!」


 この世界にもゴリラっているんだ……

 ゴリラ……それは人に近く、穏やかな性格で高い知能を持つ動物……そしてなんといっても力が強いのが特徴だ。

 ミシミシミシ……って、そんなこと考えてる場合じゃない!! このままでは僕の身が危険だ!


 「ゴリラじゃないからぁぁぁぁ!!!! 一緒に来てぇぇぇぇ!!!!」

 「分かったから!! 一緒に行くから!!」

 「……本当!? やったぁ!!」

 

 ようやくゴリラの腕から解放された……

 分からされてしまった……こんな華奢な少女に……

 そして分かった……彼女が人並みならぬ力を持っていることを……


 「一緒に来てくれるのね! やったわ!!」

 「うん……一緒に行くよ……」


 こうして僕は文字通り力尽くで仲間にされてしまった……

 この先、どんなことが待ち受けているのか……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る