第38話 十兵衛 VS エスメラルダ

「エカチェリーナ、どう? 繋がりそう?」

「リリアーヌ、これで全部? 仕方ないわね…………でも、見つけた指は繋がる…………いいえ、繋げてみせるわ」

 

 聖騎士エスメラルダをリーダーとしたわずか四人の小集団――近衛の女騎士アイダ、帝国軍斥候兵リリアーヌ、正道教会の女司祭エカチェリーナは、重傷を負ったラーフェンを守りつつ、治療中だった。

 敵の符術士が展開した暗闇と濃霧の中には突撃せず、まずは人命救助を最優先した。

 エスメラルダが狭い山道を塞ぐように『聖なる護りの壁プロテクション』を展開し、その彼女の前に盾を持った女騎士アイダが護りを固める。

 リリアーヌは飛び散った指を拾い集め、エカチェリーナは一通りの止血を終わらすと、すぐに治療魔術で指を繋ぎ始めた。

 リリアーヌは水たまりの中に手を突っ込んで探すが、そうしても親指と薬指が見つからない。

 ラーフェンは激痛と憎悪で喚き続けていたが、治療の邪魔とエカチェリーナとリリアーヌが青年の頸動脈を締めて落とした。

 その際、ラーフェンは失禁したが、それを指摘するのは野暮というより残酷というものだろう。

 

「アイダ、敵はまだ……向こう側にいると思う?」

「微かに気配はする……だけど、近くにいる感じは…………あんまり分からない。気配探知はリリアーヌの方が敏感なんだけどね」


 聖なる護りの壁プロテクションを作り上げても、なおエスメラルダは険しい表情のまま山道の中央で立ち塞がるように立っていた。

 雨に濡れたポニーテールの金髪は首筋にへばりつき、雨を背中へと流し込んでいくが、それを振り払うのさえ躊躇われる。

 敵の術士らんが作り出した濃霧と暗闇はまだ消えておらず、彼女の数メートル先に依然として存在している。

 それを迂回しようとすれば崖が立ちはだかり、解呪しようとすれば聖なる護りの壁プロテクションの解除となるため、エスメラルダとアイダは守りを固め、周囲を警戒することを選んだ。

 特に、治療術を使っているエカチェリーナは無防備だ。傍にはリリアーヌも配置し、万全の体勢としたところだが、不安が拭いきれない。

 アイダは愛槍を持ち替えながら、エスメラルダに訊いた。


「エスメラルダ。ちょっと確認するけど、貴女はさっきの多重雷撃術……防げる?」

「防げる」


 聖騎士の気負いのない断言に近衛騎士は僅かばかり軽い口調で返す。


「頼もしいわね」

「こんな時に嘘はつかないわよ」


 蘭が放った多重雷撃は超人六人を一撃で殲滅した恐るべき攻撃。

 近衛の女騎士であるアイダが不安に思うのも仕方がない。

 城攻めの時は、神州国軍はこれほどの攻撃をしてこなかった。

 これほどの隠し球があろうとは。

 彼らはどれほど森人を重要視しているのか、オルデガルド帝国側の人間としては想像も出来ない。


 アイダは今まで甘く見てきた神州国軍――――特にリリアーヌが警戒していた少年兵に対する脅威度を上げた。

 先ほど遠距離からエスメラルダの『魔力の矢マジック・アロー』で不意打ちを仕掛け、辛くもラーフェンを救ったが、残念なことにあの少年兵は魔狼と術士の妨害で仕留め損ねた。

 警戒すべきことは、あれだけの『魔力の矢マジック・アロー』の直撃でも死ななかったことだ。

 しかもラーフェンと直接戦い、生き残っている。

 同じ戦う者として一流の戦士と認めざるを得ない。

 オルデガルド帝国皇帝直属第一近衛騎士団騎士であるアイダ・パルマ・バルデスも、敗れたラーフェンと同じ超人であり、一年近く茨十字騎士団と行動を共にしているのだ。当然、ラーフェンの技量については正確に把握している。

 まさか、ラーフェン・フィレンツィ以外の前衛隊全員が、しかも術士まで含めて、戦死または行方不明になっているとは思っていなかった。

 ユードリッド男爵が念のためにと超人で固めた前衛隊が、事実上の壊滅である。

 それはアイダだけではなく、エスメラルダにとっても同じ思いを抱かせた。


「術が切れるわよ」


 エスメラルダが、蘭が作り出した巨大な漆黒の闇を睨みながら注意を促してくる。


「了解」


 アイダが鎧と盾の魔術刻印に魔力を通すと淡い青い光が彼女を包み込むように発した。

 霧が晴れるように、闇が消える。

 雨に濡れた下りの山道が見えると、エスメラルダとアイダの視線は一〇〇メートルほど先で火縄銃を膝撃ちの姿勢で構える甚八を見つけ――――。


「壁よ!」


 エスメラルダが叫ぶ。

 ただ、その一言を以て彼女の魔術は完成へと至る。

 それがエスメラルダ・パラ・エストラーダという少女が、神から授かった能力ギフト

 彼女の魔法は長い詠唱を一切必要としない。術式も理論も必要としない。

 ただ、彼女が定めた術の名を叫べばよい。

 あとはエスメラルダの思念さえあれば、術は具現化する。

 叫んでいるは周囲に対する配慮と魔術が暴発しないように加えている制限に過ぎない。

 鎧に刻まれた魔術刻印が金色に輝き、彼女たちの前に新たな不可視の壁を新たに作り出して万全を期す。

 

「――――――!!??」


 それは虫の知らせか、ただの違和感か。

 近衛騎士であるアイダは明確な殺気を放つ甚八ではなく、咄嗟に山側の藪へと盾を向けた。

 その直後――。

 

「――ちいっ!」


 獣のように藪から飛び出た十兵衛が右手で持った大太刀で斬り掛かってくる直前だった。

 恐るべき事に、甚八と十兵衛は土砂降りの雨に紛れての逆襲を選択したのだ。

 盾に宿ったアイダの碧く光る魔力と、大太刀に込められた十兵衛の赤い魔力。

 二人の魔力が魔力衝突を引き起こし、紫電と衝撃波が土砂降りの雨さえも吹き飛ばす

 猪のように体当たりする十兵衛と、魔力で増幅させた筋力と盾でそれに堪えるアイダ。

 多少押し込まれはしたが、アイダは見事左腕一本で超人の突撃に耐えた。

 アイダ本人さえ無意識のうちに右手が短槍の穂先のすぐ根元を握る。

 皇族を守るために鍛え上げられた近衛騎士としての習性は、彼女の努力の結露。

 短く持った槍を十兵衛に突き刺そうと振りかぶった。


「死になさい!」

「悪ぃな!」


 十兵衛は左手で隠し持っていた燧発式短筒を、女騎士の顔面に突き付け――――。

 アイダは精一杯首を捻り――――。

 エスメラルダは声を上げることさえ間に合わず――――。

 十兵衛の左手にある短筒けんじゅうはカチン。と、虚しい音を一つ立てた。

 

 その音を聞いた誰もが、一瞬立ち止まった。

 この土砂降りの中、現代の自動小銃ならいざ知らず、火縄銃や古い型のフリントロック銃で射撃できるわけがない。


 一番早く立ち直ったアイダが再び槍の穂先を振り下ろしたが、役に立たなかった短筒で払われ、十兵衛は発狂したように叫びながらアイダを敢えて盾の上から大太刀を力任せに何度も振り下ろした。

 連打に次ぐ、連打。

 その凄まじい衝撃と勢いで盾が呆気なく歪み、アイダは片膝を付いた。もう両手を使わなければ盾を支えることさえ出来ない。


「死ねぇぇええっ!!」

「――――嘘でしょ!?」


 敵少年兵の見た目のみすぼらしさに釣り合わない強大な撃力に、女騎士は声を上げた。

 非常識すぎる。

 超人とはいえ、筋肉量はその力に比例する。

 超人と常人が同じ体格なら超人の方が圧倒的に上だが、超人同士なら体格が良い方が力強いのが普通。

 だが、見窄らしい―――筋肉質だが細身ではある十兵衛。

(この程度の体格差なら力負けするはずがないのに!)


「―――アイダ!」


 加勢しようとエスメラルダが『聖なる護りの壁プロテクション』を解除して十兵衛に斬り掛かろうとした直後。

 一発の銃声が鳴り響き、背中から突き飛ばされたようにエスメラルダは山道の泥水に頭から突っ込んだ。


「――――え?」

 

 エスメラルダは、背中に受けた強い衝撃が信じられなかった。

(この雨の中で…………銃撃?)

 呆然と彼女は後ろを――――遠くに見えていた小太りの銃士を見た。

 そして、それは十兵衛と甚八にとっては打ち合わせ通りの結果だった。

 

「――エスメラルダ!」

「もらった!」


 立ち上がろうとする女騎士アイダを蹴飛ばして、十兵衛が大太刀を振りかぶる。


「――――え!?」


 振り下ろす瞬間――――。

 泥の中から見上げるエスメラルダの青い瞳と、十兵衛の血走った瞳が目線を合わす。

 だが藤亜十兵衛は迷うことなく、その大太刀を振り下ろした。

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