第25話 敵将オスカー侯爵、死す

※話の並びを変えました。

最新の投稿は第2話・3話となっております。

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「あの猪騎士は、どれだけ私に迷惑を掛ければ気が済むのだ!」


 降り始めた雨に濡れる鳴り子城の天守閣の中で、オスカー侯爵は怒り狂いながら犯したばかりのエルフの美女を蹴った。

 そのまま苛立たしげに何度も何度も執拗に足蹴にする。

 悲鳴を上げていたエルフの美女が気絶すると、やっとその暴力は止まった。

 今や世界最大最強のオルデガルド帝国の侯爵である彼を、ここまで苛立たせている原因は二つあった。


 一つは副団長のユードリッド男爵。

 腕前は極めて優れた騎士ではあるが、考えと行動は猪そのもの。

 それでも忠義を誓っていればまだ可愛げがあろうものだが、現実は面従腹背の輩。

 敢えて、我が騎士団に大損害を出させるような愚物。

 オスカー侯爵の心情ははらわたが煮えくり返るなどという表現では収まらない。

 副団長の地位を剥奪しようかとも思ったが、まだエルフの女王を捕らえていない。

 悔しいが戦場での働きは、あの猪騎士の方が上手だ。

 今夜はもう見たくもないので、昨日の宿営地で謹慎するように言い渡してここに来た。


(あの男は罷免するだけでは不十分だ。必ず、騎士としての立場も奪う)


 騎士一筋に生きてきた男にとって何よりも耐えられないこと。

 それを以て溜飲を下げよう。

 少なくとも財務大臣の追求によって、自分の政治生命が重大な危機を迎えるのだ。

 奴の騎士生命が終わらなければ許せるものではない。

 オスカーはそれに至るまでの工作と過程を考えると自然と頬が緩んだ。


 二つ目は既に死んだここの城主だった男、太田森という敵将。

 最期の言伝を聞かされたときは、あまりの腹立たしさに、全裸で這わせていたエルフの美女を一人、その場で斬り殺してしまった。

 そこまで言うのであれば確かめてみようと、半壊した城の天守閣に来て見ても、見えるのは遠くの岬の先にある砦と、その手前にある港町だけ。

 天守閣そのものがオスカー侯爵を苛立たせる代物。

 煙草臭く、酒臭く、城そのものが燃えたので

 換気してもまだ臭い。

 とはいえ、雨降る中を昨日の宿営地まで帰る気も無い。

 それらを我慢して天守閣から周囲を見れば、海と飛び石のように続く小島が延々と見えるだけ。

 敵将の最期の言葉が、オルデガルド帝国侯爵である己を愚弄するだけのものだったとは。

 ここの城主は何と浅はかで愚劣な男だったのか。


 腹いせ混じりに新たに選んだエルフの女奴隷を、敵将の寝室で思う存分に犯して今に至っている。

 弱者が己に這いつくばる様を見て優越感に浸り、一通り満足すると、彼は支配者らしい振る舞いを思い付いた。

 それは彼が思う支配者の振る舞いであって、歪んだ思いの持ち主のそれはどうやっても歪んだものになる。

 従者に騎士団の中でも特に粗暴な者たちを集めさせ、エルフの中で、特に見目麗しい女を選び、一昼夜輪姦することに決めたのだ。

 やがて人数が揃うと男たちはエルフの女の手足を掴み、大の字にすると順々に侵し始めた。

 一人の女を失神するまで五人で犯し続け、気を失ったら新しい生け贄を連れ込む。

 オスカー侯爵は幾度となく上がる悲鳴と嗚咽を楽しみながらワインを飲んだ。


 彼は敵将である太田森の言伝を深く考えなかった。

 ユードリッド男爵が何一つ弁明することなく宿営地に留まった理由など想像も出来ない。


 彼はその役職に必要な知謀を巡らすことよりも、贅沢を好み、浪費を愛し、支配することに酔いしれた。

 今宵も美女の悲鳴を肴に芳醇な香りを漂わす年代物のワインを口に含み、幾度となく咀嚼して味わう。

「この世の至福」と呟き、犯されて泣き叫ぶ美女を見ながら、夢見心地で勃起した己の分身を右手でしごき始めた。


 そして、その直後――――。


 天井裏から生じた閃光と爆音に包まれて、オルデガルド帝国茨十字騎士団団長であるオスカー侯爵と部下、そして哀れな美女たちの人生は唐突に終わりを告げた。





 オスカー侯爵が爆死する少し前――――。

 鳴り子城の陥落後、藤亜十兵衛たちは海岸近くに開拓された港町である『天開閣』と城のほぼ中間地点の森の中にある、猟師たちが建てた山小屋の中に潜伏していた。

 鳴り子城のあった鳴り子山は、大陸側と海岸側ではその見た目を一変させる地形をしている。

 大陸側から見れば、海へと続く道を塞ぐような小高い山だが、岬側から見ればなだらかで長い山道を登り切れば、広々と広がる大草原を眺めることが出来る山である。

 海へと突き出した岬の幅は狭く数キロしかないが、鳴り子山から岬まで尾根が続く。そのため、尾根で左右に分けられた地形である上に、尾根の上にただ一本しかない山道が通っているため、港町の天開閣までの経路は一つしか無い。

 尾根の高さはそれほどでもないが、山道の左右に広がる森は開墾されておらず、見知らぬ者が易々と進めるようなものでもない。

 地元の猟師たちでさえ獲物を深い追いすると、日没までには帰れなくなる。

 そんな猟師たちが身の安全を確保するために建てた小屋に、藤亜たちは転がり込んでいた。


 幸いにして季節は初夏。暖を取る必要も無いため、火を起こす必要も無い。負傷者を手当てすると、兵糧丸や干し肉などの携行食を口にして、近くの小川から汲んできた水で喉を潤す。

 誰も彼もが疲れ果てており、真っ暗な山小屋の中で森人の少年義勇兵は床に突っ伏して寝ており、逃げるために矢除けの術を連発した蘭も魔狼のポチにもたれ掛かって寝息を立てている。

 夕方から降り始めた雨は今や土砂降りになっており、今更動くのは得策ではない。

 侵入した敵の斥候兵は気になるが、居るとすれば山道沿いか港町が見える屋根の近くと、山を張って休むことに決めたのだ。

 不寝番ふしんばんは藤亜と甚八、負傷した足軽の四人で交代である。


 そうして無言で過ごしていると、突如雷鳴のような爆音が遠方から響いてきた。


 何事かと思ったポチが頭を上げると、それに釣られて蘭も目を覚ました。

 エルフの少年たちも慌てて身体を起こすが、藤亜と甚八は山小屋の壁に背を預けたまま微動だにしない。

 あまりにも平然としている二人を見て思わず質問を躊躇った直後、さらに大きな爆音が遠くの雷鳴のように響き渡る。

 それでも沈黙を続ける藤亜と甚八に我慢できなくなった蘭は、這うようにして十兵衛へ擦り寄った。


「ご主人様、この音は一体何が?」

「太田森殿が仕掛けた爆薬が爆発した」


 藤亜は腕を伸ばし、蘭を抱き寄せた。

 胸に寄り掛かる少女の頭を優しく撫でながら、今はその温もりに放したくなかった。

 蘭も右手は藤亜の軍服を掴んで離そうとしない。

 少年と何時までも、ずっとそうしていたい。

 それは少女がいつも抱いている、ささやかな望みだった。

 蘭は無意識に、猫が身を寄せるように柔らかな身体を藤亜に擦り付けた。


「二度も?」

「ああ。一つは天守閣だ。敵の要人が使うことを見越しての仕掛け。後のは城の土台や倉庫の床に仕掛けたやつだが……誰が埋めた火薬の起爆をやったんだろうな……昨日の夜に負傷者から志願者を集っていたよ。床の下に潜んで頃合いを見計らって起爆……駄目だ。俺も思った以上に気疲れしているな……」


 指揮官としての失態に気付き、藤亜は活を入れるように己の背筋を伸ばした。


「これから一分間、自らを顧みず、鳴り子城を爆破した勇士たちに黙祷を捧げる。――黙祷」


 蘭も、甚八も、森人の少年も、その場その姿勢のまま黙祷を捧げた。

 黙祷が終わると、藤亜は再び口を開いた。


「皆、今日はこのまま休め。見張りは順番通りに実施。日の出前から妨害工作を始めるぞ」

「……うん」


 蘭は藤亜の肌から伝わる温もりに、なんとも言えない安心感を感じて、そのまま眠気に身を委ねた。


 微睡みに落ちる直前に口の中だけで「十兵衛……」とその名前を呼ぶ。


 その夜、少女が見た夢は、幼い頃遊び疲れて少年と一緒に昼寝をした時の思い出だった。

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