第26話 ユードリッド男爵の不作為
「みんなは、どうだったの?」
鳴り子城の大爆発後、怪我人たちを収容してきたエカチェリーナとリリアーヌがエスメラルダら女性専用の天幕に戻ってくると、イの一番にエスメラルダが心配そうに声を掛けた。
エカチェリーナとリリアーヌは答えずに、まずはずぶ濡れになった外套を脱ぎながら、侍女にも手伝って貰って防具を外していく。
濡れた下着も全部脱ぎながら疲れ切った表情のまま、やがて女司祭は説明を始めた。
「オスカー侯爵は死亡。吹き飛んだ天守閣には第一中隊の主要なメンバーも一緒に居たそうだけど、間違いなく全員死んだわ。まともな遺体は一つもないし、念のため捜索しても誰も見つからない。部屋に入ったのを見届けた従者の言葉も、複数の目撃者から裏が取れてる。天守閣にいた者は全員、絶望的よ。明るくなれば遺品の一つぐらい、見つかると思うけど……」
エカチェリーナは差し出されたタオルで身体を拭きながら、侍女に髪の毛を任せる。
「他にも爆発があっただろ? あれはどうなんだ?」
近衛騎士のアイダが聞く。
彼女は
その疑問には帝国軍人であるリリアーヌが答えた。
「城の土台と倉庫が何カ所か爆発した。雨宿りで密集していたところで爆発したものだから、死傷者も多い。もしかしたら、今日の城攻めよりも負傷者が多いぐらいだ」
「制圧された城内でどうやって起爆した? まさか……どこかに隠れ潜んでいたのか?」
「どうも、そうみたいなのよ。城攻めの時と同じ。自爆攻撃よ」
「…………普通じゃないな」
アイダが信じがたいというように呟くと、エカチェリーナが皮肉交じりに応えた。
「それだけ私たちが悪辣非道に思われているのよ。ここで負ければ、自分たちの家族まで殺されるんじゃないかって」
「…………分からなくも、ないかな…………」
そう小さく呟いたのは、蹲るように膝を抱えて座るエスメラルダ。
彼女は確かに実年齢以上に凜々しい立ち振る舞いをする少女だが、プライベートの時は長閑な農村に生まれた普通の美少女に過ぎない。
アイダもベッドに腰を下ろしながら口を開く。
「今更だけど停戦交渉でもするか? 私としては大歓迎だけど」
「皇帝陛下の勅命を無視出来るなら……いいえ、こうは出来ないかな? エルフは神州国の船で海を渡りました。船がないので、これ以上は追えません。我々の一年を超える旅の成果は延べ五百名のエルフで御座いますって……こうすれば言い訳が立つかな?」
具体案を示したのはリリアーヌだ。
こういった時、彼女の思考は明確になる。
「今の皇帝陛下がそれで諦めると思う?」
エカチェリーナがその意見に疑問を呈する。
今の皇帝はすでに正気すら怪しまれている。
「難しいとは思う。だけど、海軍を回すとなれば時間が掛かるし、これ以上エスメラルダを国外には置いておけないでしょう? 通信球での遣り取りだと、本国でまた界獣が出て大損害を受けたようだし」
「それについては教会が転移陣での連絡網を構成中よ」
「完成はいつ頃になるの?」
「最速でも半年後。もっとも一番近い転移陣でも、ここから三ヶ月はかかると思うけど。僻地に行きたいという司祭も魔術師も少ないからね」
「そりゃあ………そうだろ。誰だって行きたくねぇよ。言葉はろくに通じない。飯は違う。友達は居ない。誰が行きたがるんだよ」
エカチェリーナとリリアーヌの会話にアイダも混じる。
「明日の動きは?」
エスメラルダがベッドに潜りながら聞いてきた。
彼女は政治的な話しになると距離を置こうとする。
元々聖騎士としての能力が発現するまで、生まれ故郷では、ただ力が強い働き者の少女として生活していたのだ。
その姿をエカチェリーナは物足りないと思い、アイダは仕方がないと思い、リリアーヌは申し訳ないと思っていた。
エスメラルダの政治から距離をとる姿勢は、その名声が高まれば高まるほど顕著に表れていた。
「明日は取り敢えず、再編成だ。午後には一部偵察と追撃に移ると思う」
「……ユードリッド男爵は無傷だったけど、この事を予知していたと思う?」
リリアーヌの見積もりの後、次に続いたエスメラルダの一言に全員がぞっとした。
それが真実だった場合、冗談ではすまない事柄が多すぎる。
人格的には屑だったが、オスカー侯爵は腐ってもオルデガルド帝国有数の権力者なのだ。
その影響は神州国にも、自分たちにも大きく影響するかもしれない。
「叱責されたから宿営地に残るよう命ぜられたことは、確かだけどな」
アイダが答えたのは、彼女だけがこの宿営地での一部始終を見ているからだ。
団長と副団長――ある意味、権力者同士の仲違いなど、ここではどうしても噂になる出来事だ。当然、誰でも耳聡い者は静かに情報を集める。
「明日から気を付けましょう」
それだけを言い残すと後のことは三人に任せて、エスメラルダは先に就寝することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます