第23話 十兵衛 VS 超人
藤亜十兵衛と蘭がこの場に辿り着いた。
藤亜にとって、たった一日とはいえ彼らは部下だった。
これから続く戦いを共に戦うはずだった。
細切れにされた部下だったものを見た瞬間、藤亜の頭にあった些事は全て吹き飛んだ。
激情に駆られるまま吠える。
「――好き勝手やってくれてんじゃねぇか!!」
蘭を途中で下ろした藤亜十兵衛は、太刀を抜きながら
獣道から堂々と臆することなく、真っ向から睨んで威圧する。
第四防衛線は既に崩壊している。部下である奇兵隊二十名の内、そのほとんどが死んだ。この場で生きているのは、負傷兵と腰を抜かして斬り掛からなかった者の僅か二名。
血の海に沈むように横たわる遺体に五体満足なものはなく、バラバラすぎて何人分の遺体かも分からない。
人間誰しも言葉が通じなくても、相手の意図を察する程度は出来る。
ましてや、それが自分に向けて放たれる怒号なら、言葉の意味など分からなくても十分伝わる。
敵の一人が、藤亜へと向きを変えた。
血飛沫で汚れた鈍色の全身甲冑に身を包み、幅広の片手剣と大盾で武装した騎士。
その騎士は藤亜に哄笑を浴びせながら、血が滴る切っ先を向けた。
藤亜の歩みも止まらない。
その距離、十数メートル。
義兄から借り受けた逆柄の太刀を、右下段に構えたまま淀みなく進む。
血走った二つの視線がぶつかり、それが合図となった。
地を這うような前傾姿勢で駆け出す藤亜。
左手で持つ大盾での
超人の踏み込みを例えるなら、それは猛獣の跳躍。
数メートルの距離など無いも同じ。
敵騎士は後の先でいなそうと踏み込まない。
「――――
城壁の如く大盾をかざす騎士に対して、藤亜の闘争本能は突き技を選んだ。
放つは、太刀の切っ先に全体重を乗せた
達人ならば絶対に選ばない、下から突き上げるような鋭い踏み込みの一撃。
だが、藤亜の闘争本能は己をただ一振りの刃に変えた。
何が起きたかは、本人たち以外知りようもない刹那の時。
敵騎士が持つ大盾に魔術刻印が浮かび上がり、微かに淡い青い光が生まれ――。
藤亜の太刀に薄く彫り込まれた術式刻印も微かに淡い赤色を纏う――。
青と赤。
二人の魔力が衝突した瞬間、紫電が飛び散り、魔力が弾けて突風が吹き荒れる。
魔術刻印で強度を上げた盾に、魔力で切れ味を増した太刀が吸い込まれるように入る――――。
全力の藤亜が勢い余って盾にぶつかるのも――――。
それに耐えようと騎士が踏ん張るのも――――。
全てが瞬きする間に終わる。
藤亜の太刀は盾どころか、騎士の籠手も鎖帷子をも貫いて、その喉に深々と突き刺さっていた。
信じられないと目を見開いた騎士は、藤亜の顔を見て、それから自分の喉に突き刺さっている太刀をまじまじと見た。
騎士が本能的に太刀を引き抜こうと右手で握るが、藤亜はそこでニヤリと嗤って刃をさらに押し込む。
恐怖で足掻く騎士を、左足で盾ごと蹴り飛ばして太刀を引き抜いた。
引き抜かれた刃が騎士の指を一本残らず切り落とし、穴の開いた喉からは噴水のように鮮やかな血が噴き出す。
気道も頸動脈も抉られた騎士が棒のように仰向けに倒れるが、少年は止まらない。
まだ死んでいない。
まだ、殺していない。
今も噴き出る鮮血を足に浴びながらも、藤亜はまるで気にする様子もなく近づき、あと僅か数秒で死ぬ騎士の喉奥に太刀を突き立て脳髄を穿つ。
情け無用、懺悔無用。
殺すべし。
躊躇うことなく屠るべし。
予想外の決着に、
藤亜は突き刺した太刀を引き抜くと、再び切っ先を向けて吠える。
「次はテメェだ! 覚悟しろッ!」
藤亜は即座に死線を踏み超えた。
少年の踏み込みに合わせて突き出された槍の穂先を払い除け、返す刀で繰り出した斬撃は上手い具合に払われる。
だが、気にしない。
完璧ではないが、槍の間合いは奪った。
そのまま鋭い一撃を繰り出し続ければ良いと、藤亜は回転を上げた。
袈裟懸けに、逆袈裟懸けに、平突きを繰り出し、左右に薙ぎ払い、千回万回と繰り返した連撃を矢継ぎ早に繰り出す。
騎士の槍が霞むほどの速さで振り回され、風を纏いながら少年の凶刃を打ち払う。
一瞬きの間に、数合も切り結ぶ殺し合い。
腕力は僅かだが敵の方が上か。
だが藤亜は、それを力で斬り伏せんと太刀を振る。
白刃は日光を浴びて煌めき、輝線を残して風を切り裂く嵐となって荒れ狂う。
磨き上げられた刃が煌めくと、一瞬―――ほんの一瞬だが人は光で刃を見失う。
名も知らぬ騎士も積み上げてきた技量と経験に勘を重ね合わせて、数十という打ち込みを打ち払い続けてきたが、遂に首筋に刃が掠めて呆気なく肉を裂かれた。
鮮血を噴き出し、膝から崩れ落ちる敵騎士への慈悲はない。
藤亜の唇から低い音ともに、圧縮された呼気がゆっくりと漏れ始める。
殺意を具現するために、踏みしめたつま先が大地に食い込み、引き絞られた全身の筋肉が軋みを上げ、そして解き放たれた。
超人として天より与えられた非凡な筋出力の最大化と、体幹制御による連続攻撃の最大効率化。
その両立と連携を求めた体技の集大成にして連撃技。
藤亜十兵衛という男が手にした、ただ一つの剣技と呼べるもの。
絶技――――血風刃。
紅の魔力を帯びた凶刃が霞み、見えぬ刃が風を斬る。
幾つもの赤い輝線が鎧を断ち、根元から斬り飛ばされた首と手足が宙を舞う。
全身を覆っていた金属鎧など、超人の力と借り受けた魔剣の前では紙と同じ。
達磨となった胴体がどさりと地に落ちた。
「地獄に落ちろ」
「――――十兵衛!」
立場上、いつもなら『ご主人様』と呼ぶ蘭が血相を変えて駆け寄ってくる。
「蘭、出てくるな! ポチ、蘭を離すな!」
くぅ~ん。と見た目からは想像できないほど情けない声を上げて黒い魔狼は頭を下げた。
「あれを見てよ!」
蘭が指さす方向を見る。
茨十字騎士団本隊が、急ぎもせずに悠然と進んでくる姿が見えた。
「泥濘の術だ! 数分でいい! 時間を稼いでくれ!」
「分かった!」
「若! ご無事ですか!?」
予想外の人物の声が響く。
この鳴り子城で藤亜のことを若と呼ぶのは眠い顔をした傭兵だけだ。
「甚八さん! 生き残った奴を纏めて先に逃げてくれ! 俺は蘭の術が成功したら追う!」
超人交じりの騎士団相手に一〇〇対一の大立ち回りは無理だ。
正に多勢に無勢。
今の藤亜では、仮に相手が常人だけでも勝てない。
「分かりました! おい! そこの森人、あの倒れている奴に手を貸せ! 逃げるぞ!」
「土よ! 岩よ! 石よ! 形を失い、粉となれ! 水と
詠唱を終えた直後、呪符が飛んで敵の眼前に底なし沼が出来上がる。
その蘭の頭上に雨のような矢が降り注ぐが、藤亜が身を挺して打ち払う。
「――ポチ!」
飼い主に応え、魔狼のポチが蘭を庇うように立つ。
その陰で蘭は素早く矢除けの呪符を使った。
矢除けの呪符は飛び道具に対する防護力を持つが、基本は防ぐのではなく逸らす。
威力が高いと打ち破られることもあるので過信は出来ないが、ここから森に逃げ込む数分間だけなら十分だ。
「奇兵隊、撤退だ! 甚八さんに続け! 裏山に逃げるぞ!」
ここまでくると恥も外聞も無い。
ただ逃げるだけだ。
この姿を格好悪いという奴が馬鹿なのだ。
藤亜は蘭と甚八、森人の少年義勇兵二名と負傷兵二名を連れて森の中へと逃げ込んだ。
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