第22話 第四防衛線、崩壊

 藤亜が集結地点とした第四防衛線は鳴り子城正門から僅か五十メートル手前にあった。

 城へと続く山道の、最後の曲がり角。

 そこには奇兵隊と城の警備兵が約二十名ほどが、拒馬と呼ばれる丸太で作ったバリケードの陰で槍と弓を手に、孤立したまま突撃し続けている二騎の騎兵を待ち構えていた。

 彼ら奇兵隊の隊長である藤亜十兵衛はいない。

 魔術で蘭が後退を伝達してから、一番早く辿り着いたのはこの近くある罠を起動させる仕掛組。次いで、火縄銃や弩で指揮官を狙う狙撃組だった。

 指揮官も副官もいない以上、次に高位に位置する者が指揮することは当然のこと。

 仕掛組組頭の田之助たのすけという兵役上がりの青年が号令を掛けるが、彼は元々貧しい百姓の生まれ。食い扶持がなくて兵役に就いただけの男である。特に何かに秀でているわけではない実直な男で、兵役である程度のお金が貯まったら小さくても自分の土地を買おうと考えていた。あとは気立ての良い嫁が貰えれば十分だと夢見ていた青年。

 型通り以上のことなど出来ないが、本来であれば、今の働きだけでも十分上等だった。

 数年の兵役で盗賊団や魔獣との戦いもそれなりに経験している。誰も不服を漏らさず、彼の指示に従っていた。

 彼らが到着してから一息する間もなく、二騎の敵騎兵の姿が遠目に見えた。


「迎撃準備! 対騎馬戦だ! 射撃用意!」


 田之助の号令はよく響く。

 誰もが緊張で息を飲む中、田之助は立ち上がると弓を引いた。

 二騎しかいないのに盛大な土煙を上げるほどの疾走。

 狙いやすくて助かると、周囲にいる弓兵たちも矢をつがえた。

 狙いを定めて、田之助の号令を――矢を解き放つ瞬間ときを待つ。

 もうすぐ騎兵との距離が五十メートルを切る。曲射ではなく直射で敵を狙う。


「もう少し引きつけ――――!」


 田之助の指示と同時に一瞬何かが光った

 何かが飛んできたと思ったときにはもう遅い。

 敵騎兵の一人が投擲した投げ槍は恐るべき事にほぼ水平に飛び、田之助の顔面へと突き刺さった。

 後ろで火縄銃を準備していた足軽の胴をも貫き、後ろの拒馬に二人の体を縫い付けた。

 槍を顔面に受けた田之助は即死だが、突き刺さった槍の所為で地に伏すことなく痙攣し続け、一緒に串刺しになった者はまだ息はあるが、肺を突き破られた所為で悲鳴すら出せず、血の泡を唇から溢れさせた。

 誰も声が出せない。目線も指も身体も動かない。

 もはや最後の一つとなった鳴り子城の防衛線に、響くのは突撃する騎兵の蹄の音。

 槍をまるで矢のように投擲することなど、常人にはどう足掻いても出来ないこと。

 ましてや、それが人を二人も貫き、それでも足らず拒馬に縫い付けるなど信じがたい。

 しかも、それを足場のない馬上で平然と行う人間。

 人を超えた、人の形をした猛獣。

 だからこそ、超人と呼ばれる存在となる。


「「ウラーーー!!」」

「――――っ、ひっ、ひぃいいぃい!!」


 ここにいる全員が、理性も本能も完全に理解してしまった。

 彼らも兵役に就いているのだ。

 投げられた槍の大きさを見れば、重さも投擲する難しさも分かってしまう。

 自分たちに襲い掛かる敵が明らかに超人であり、そして圧倒的な強者であることが――。

 オルデガルド帝国茨十時騎士団の超人二人による突撃。

 先ほど槍を投げた騎士が再び投擲の姿勢に入る。

 我先にと拒馬や盾に隠れる神州国軍の足軽たち。

 だが、それを嘲笑うように投げられた槍は、身を隠していた盾ごと貫いて兵士を殺す。

 

 茨十時騎士団の騎士は拒場の前まで進むと、悠々とした動作で馬を降りた。

 脇道に入れば、さすがの彼らでも馬が自由に動けずに不利になる。

 だから迂回して後ろに回り込まずに馬を降りた。

 散発的に放たれる矢は盾で防ぎ、剣で打ち払う。

 雄叫びを上げながら斬り掛かってくる雑兵どもを一刀の元に斬り捨てる。

 恐慌状態の神州国軍の足軽など大した脅威ではない。

 本隊の邪魔となる障害物――特に杭で固定されている高さ三メートルほどの拒馬バリケードを破壊する必要がある。

 それを察した奇兵隊の隊員らは死に物狂いで斬り掛かる。

 そうして、十数人が物言わぬ肉塊となった頃――――。


 藤亜十兵衛と蘭がこの場に辿り着いた。

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