Phase1:いつか観た夢[#0]

 第0節

 歩む未来、想起、交錯


  #0:目覚め

 (……痛い……痛いっ……頼む……やめてくれ!……声が……出ない……なんで……頼む……誰か助けてくれ! ……やめろやめろ! ……嫌だ!)

 ――「いやだっ!」


 ッ!? ……夢、だったのか?


 目が覚めた。いや、目が覚めたと言うよりかは《夢から拒絶された結果、私にはその先を歩むことができなくなった》と表現した方が妥当だろうか。


 そんなようなことを考えながら体を起こす。上半身がいつもより重く感じられる。

 心拍数が上がっている。浅く、速い呼吸を肩で切る。おまけに全身から不快な汗が噴き出している。

 夢にしてはあまりにも生々しい痛みと恐怖。

 目覚めたばかりだからではあろうがあのおぞましい感覚が余韻を残している。何をされたのか、思い返すだけで際限を知らぬ恐怖が蘇る。

 だが夢だ。そう、夢――そうと思えば、訪れるものは安堵であろう。

 

「ん? ……なんだこれ?」


 ふと視界の端に映るモノが気になった。黒い……破片? 漆黒の小さなガラスの破片ようなものが宙を舞い、ひらひらと下降したかと思えば地に着く前に消えてゆく。

 ……きっとまだ寝ぼけているのだろう。

 先ほどの悪夢を意識から遠ざけるためにカーテンを開ける。少し伸びをした。汗で服が濡れていて不快さはあるが多少は気分もすっきりする。気が付けば、黒い破片は影も形も消え去っている。やはり寝ぼけていたのだろう。


 小鳥達の話し声が聴こえる。窓から見える優しくも荘厳な景色、まだ寒さは暫く続きそうだ。未だ雪は溶けず、それでも芽吹き始めた鮮やかな緑が私の心を満たす。暖かな朝陽が差し込む。静かで穏やかな始まりが照らされている。蒼い風が微笑んでいる……

 美しき予感が、無垢の歩みを進めようとしている。私には、少々割に合わない大きさだろうか……

 先ほどの夢…もとい現実を離れ、せめて美しい朝を堪能しようと夢想的な思考を巡らせてみては、形容し難い妙な感覚に苛まれる。


「おはようござ」


「うわ?! なんだルイスか……」


 デバイスから聞こえた音声に驚いて思わず声を上げてしまった。呆然と外の景色を眺め感傷に浸っていた。


「おはようございます。どうしましたか? そんなにびっくりして」


「いや、ぼーっとしていて……そういえばアラームセットしてたっけ」


「忘れていたのですか? 2月23日金曜日、起床時刻、午前8時です。本日は9時15分から分子生物学、遺伝子工学特論の特別限外講義がありますよ」


(8時? ……ああそういえば、最近オンラインの講義ばかりなのに早い時間でアラームをセットしていたから、もう少し遅くても大丈夫だろうなぁ……とか思って時間変えたんだ)

 先ほどのことですっかり忘れていたが長期休暇の最中、今日だけは平日。朝からキャンパスで講義がある。


「そうだ、早く支度をしないと! ……ルイス、浴室とキッチンの準備して」


「かしこまりました」


 妙な非現実感と夢の跡を追って、もう少しばかりゆっくり思考を続ける時間が欲しいところだが、悠長にしている暇はない。


「藤本教授からメッセージファイルが届いています。表示しますか?」


「え?」


 予想だにしない言葉に狼狽する。


(なんだ? 藤本教授からだろ?もしかして課題の出来が悪くて再提出とか? ……嫌だなぁ……いや、でもあの人そんなことしたことあるか? ……何かもっととんでもないことか? ……ここ最近でそんな言われるようなこと何かあったっけ……ちょっと怖いなぁ……)


「……読み上げて」


 何が書かれているか全く検討もつかず、正直言って気が引けるが仕方がない……内容を知るべく恐る恐る指示を出す。


「かしこまりました。”本日の講義終了後、G棟生物学総合実験室に来てください。少し話があります。”だそうです」


「え、なんで」


(一体私が何をしたって言うんだ? この1年間特にトラブルもなかったし、成績も悪くなかったはず。何なんだ本当に……)

 

 えもいわれぬ不安感に襲われ気が滅入ってしまいそうだ。講義まであまり時間もない。とっとと家を出たいところだがしかし、汗で服が濡れていて不快なので先にシャワーを浴びることにする。そうすれば少しは気分もさっぱりするだろうという期待も然り。


「ルイス、軽く朝食の準備だけしといて」


「飲み物はどうしましょうか?」


 気を利かせてくれたのだろうが、そこは訊いてくれなくても構わないんだが……


「水でいいよ」


 焦燥と狼狽から投げやりで余裕のない返事になる。それなりに自分のことを把握しているはずなのに、加えてアシスタントAEIのクセして絶妙に噛み合わないやり取りが続く。


「かしこまりました」


「着替えは…」


 なぜか準備されていた。昨日の自分に感謝しつつ早速服を脱いでシャワーを浴びる。


「ふぅ……」


 心地がいい。先ほどの不安感が嘘のように思える。今はずっとこうしていたいがゆっくりしている暇はない、軽く汗を流した程度で浴室を出る。

 とりあえず体を拭く。流暢に髪だけを乾かしてる暇はない。

 服を着る。片方の手を空け身支度をしながら髪を乾かす。朝食も準備しなければならない。


 身支度が終わりある程度乾いたところでキッチンに向かう。


「準備は完了しています」


 食材を火にかける。


「火力は自動調整されてるよね?」


「はい、大丈夫ですよ」


 作り置きのサラダをテーブルに運ぶついでにパンをオーブンに放り込む。

 たった2分という時間がいつもとは比べ物にならないほど長く感じられる。いつもより遅い時間にアラームを設定していたことの後悔をぶり返す。

 講義に遅れるのではないかとそわそわしながら自分の行動を悔いてる内に、火にかけた料理が焼きあがる。

 適当な皿に乗せテーブルに置く。せかせかと水を持ってきて早速食べ始めた。

 急いでいても朝食自体がいつもと変わるわけではない。


「ルイス、時間」


「現在の時刻は8時17分です。バルトラーク東駅発、グラインヘイル工科大学ヴェルムキャンパス前経由の普通列車で講義に間に合うのは、8時38分発のものが最終です。が、時間的余裕を考慮すると45分発の特急に乗ることになるかと思われます」


(こういう時は便利なんだけどなぁ……)


「リニアか……分かった」


 15分もあれば駅に着く。ともかく、間に合うよう急いで食べる。普段なら味わって食べるところだがそんな暇あるはずもなく、とにかく口へと運ぶ。

 食べ終わると同時に皿を食洗器へ放り込む。

 軽く口をすすいで鞄を持つ。普段であればやるべきことがまだあるが今日は仕方がない。

 きっと今年一番急いでいる。


「忘れ物はありませんか?」


「多分大丈夫、それじゃあ」


「……その言い方、とても心配ですね」


 その通りだ、"大丈夫"なんては言ったものの、状況的にも心境的にも全然大丈夫じゃあない。でもこんな状況だ。


「最悪デバイスと講義用の資料だけあればいいから…これは手持ちだし…」


「左様ですか」


 そんな会話をしつつ、そそくさと家を後にした。――――――――――





〈重要なのは、疑問を持ち続けること。知的好奇心は、それ自体に存在意義があるものだ。〉

 ――Albert Einstein.

 ――想像、この言葉が提示するのは、無限の可能性である。真に無限である可能性でさえも……我々が誇るべきこの「想像力」であるが……さて、人類は知能を手にし、一生物種として生態系ピラミッドでの地位を獲得し、我々自身も驚くような恐るべきスピードで文明を発展させてきた。科学、技術、芸術……詳しくは分からないが、きっと挙げればキリがないだろう。様々なことを解き明かし、発展を遂げた。現代では科学技術を基に、この通り、便利で豊かな社会を構築するまでに至る。さて、こうなるに至った経緯であるが……そう、先程も述べた「想像力」である。我々は知的好奇心を原動力とし、想像力を働かせ、持ち前の知能で未知に挑んで来た。しかし……ここまで持て囃しておいてこんなことを言うのは少々心もとないが、人類は『愚鈍』である。偏った思想ととれるかもしれないが、これまでの行いを見れば紛れもない事実であるとも言えるであろう。感情を暴走させ、自分本位な考えで他者を欺き、自然に仇を成し、争い、過ちを犯し続けて来た。人類とはなんと愚かで不完全な生き物なのだろうか……だがしかし、そんな中でも苦悩し、時として他者と衝突し、何度も何度も試行錯誤を繰り返し、最終的にはより良い方向へと歩みを進めようとする。これもまた、人類の歩んで来た歴史である。我々は不完全な存在だ。不完全だからこそ、進化という希望がある。だから、こんな時こそ我々が手にしたこの知能を、想像力をもってして、進んで行くべきなのではないのだろうか。

《『集え』、共に歩もうではないか、進化の旅路を。》Chapter:1/未知へ




























































































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《76 75 68 6b 69 77 63 28 75 29 7a 79 3a 57 4c 41 5f 53 78 66 56 76 75 62 6a 62》

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