創作百合#002
曇天の下みる桜は、あまりにも味気ない。遺影みたいに色褪せてしまって、なんとも物足りない。
同じ桜を見ているはずなのに、青天の下で見た時とは全く違う物を見ている気がする。
どこかの爺さんは、愛犬の遺骨の灰を撒いて桜を咲かせたそうだが、灰色は桜から色めきを奪うのだ。
「綺麗、だね」
私の隣で花見をしていた彼女が呟いた。私はそうは思わない。
「どうして」
「どうしてって、綺麗なものを見て綺麗だと思っただけ」
「そっか……」
曇天が地上を灰色に塗り込めていく。彼女がそう言う横顔ですら、私にはモノクロにしか見えなくなってしまった。今、彼女は美しいだろうか?
春の風が私達の隙間を吹き抜けた。
それは、私達の心の距離を表しているようにも思えた。
明日には、彼女はこの街を出て行く。そして、二度と戻ってこないだろう。
彼女と共に桜を見るのもこれが最後だ。
もう、彼女の美しさを知る機会はない。
この先、何度春を迎えようとも、彼女と過ごした日々より鮮やかに彩られた思い出などありはしないのだから。
私は色彩の無い手を握る。
驚いた様子もなく、彼女は私の手を握り返した。
「どうしたの?」
「……なんでもないよ。帰ろう」
「うん」
そのまま、二人並んで歩き出した。
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