第313話 エール
「おい、こっち回せ!」
「そこ空いてる、入り込め!」
体育館のコート内にチームメイトの声が飛び交い、磨き上げられた床面とシューズのソールが擦れる音が細かなリズムを刻む。
「今だ、御善!」
「OK! 入れ!」
キュッと急ブレーキをかけてトンッと床を蹴る。
右手のスナップを利かせて放ったボールは綺麗な放物線を描き、音もなくリングに吸い込まれてネットを揺らした。
午後イチに行われたバスケットボールの2回戦、俺が在籍する2年1組は彩菜のクラス・3年1組を相手に大差で勝利した。
試合中、3年1組の先輩たちは当然自分のクラスを応援していたわけだが…
「お疲れ様、ゆう、ようやく調子が出てきたみたいね。」
「ああ、ちょっと体が温まったところで終わりなのが残念だな。」
「悠樹さま、こちらのレモネードをどうぞ、蜂蜜入りでございますので、お疲れの体にはよろしいかと存じます。」
「ありがとうございます、あかねさん、いただきます。」
「決めた、明日の試合は紗代ちゃん連れてきちゃう、王子さまの活躍見せてあげたい!」
「紗枝莉さん、前田先生は仕事中ですから、絶対にダメですからね?」
この三名の女子が堂々と(2年1組ではなく)俺にエールを送っていても黙認していたのには苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ふふ、良かった、悠樹は完全復活したみたいですね。」
「やっぱ、ゆーちゃんが本気出すと凄いわー、でも明日どうしようかなー」
「2日連続で3競技出場はキツイよねぇ、せめてバスケとバレーとか?」
「いやいやいやいや、ぜ〜んぶでしょー、全部! みーんな御善くんのカッコ良いとこ見たいんだからー、ファンサービスは大切にしないといーけないよね〜?」
「げっ、奏美、アンタ何でここにいんの。」
「まあまあ、鷹宮さん、奥寺さんのお陰で悠樹もやる気を出したんですから。」
「うう、確かにそうなんだけど、なんか納得いかないぃ。」
試合を終えた俺を囲んで女子六人が盛り上がっていると、チェシャ猫笑いを浮かべた奥寺さんがひょっこりと顔を出した。
まりちゃんと由香里さんは渋い顔をしているけれど、愛花の言うとおり俺が気持ちを切り替えられたのは、何を隠そう奥寺さんの一言が切っ掛けだった。
昼休み中、今と同じように図書室にひょっこりと顔を出した彼女は、俺を奮起させるのに十分な言葉をくれたのだ。
奥寺さんの言い回しをそのまま再現すると些か長くなるので要約すれば…
『午前中のプレイは何だ、ファンを馬鹿にしているのか、ここにいる恋人たちのためにも手抜きをするな!』
と言ったところだろうか。
やる気のなさがバレない程度に適当に流していたことを見抜かれたのには正直言って驚かされたけれど、彼女の言葉が胸に刺さり目を覚ますことが出来たのは確かだった。
「奥寺さん、さっきはありがとう、お陰で目が覚めた、ファンサービスは別にして、しっかりやり切ることにするよ。」
「にゃっははー、やっぱそう来なくっちゃね〜、これでファンは胸キュンキュン、アソコは濡れ濡れ間違いないっしょー!」
「いや、きみちょっと、自分がどんな発言してるか分かってる?」
「もっちろん分かってるよ〜? わたしのパンツ見てみる〜、もーグッショグショだよ〜?」
「いいえ結構です、遠慮しときます。」
「にゃっはー、ざーんねん、じゃ、わたしはパンツ履き替えに行っちゃうねー♪ バイバーイ♪」
この場にいる皆が呆気に取られる中、奥寺さんはチェシャ猫笑いを更に深めて走り去ってしまった。
まもなくここで彼女のクラスも試合があると言うのに、よもや本当にパンツが…。
「あの、悠樹さま、申し訳ございません、わたくし、少々席を外させていただきます。」
奥寺さんの思わぬ発言に思考が引き摺られそうになったところで、あかねさんから声をかけられた。
俺はそろそろグラウンドに移動しなくてはならないし、彼女を引き止める理由もないので、それを伝えようとすると…
「わたくし、悠樹さまのプレイに励まれるお姿を拝見しておりましたら、もうゾクゾクが止まらなくなりまして、今年はお胸の先からだけでなく下の方からも…」
「あの、あかねさん?」
「はしたないメイドをどうかお許しください、それでは失礼いたします。」
深々と一礼してこの場から逃げるように去って行った。
「なあ、あや…」
「うん、任せて。」
今日の放課後、多分あかねさんは1年ぶりに保健室のお世話になるだろう。
はたして彼女に第4の性癖が発現するのか否か、今はまだ誰にも分からない…。
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