第312話 晴天

 7月第2月曜日の早朝、俺はベッドから這い出て1階に降り、リビングのソファーに体を預けて独りごちた。


「裏切られたか…」


 昨夜彼女から情報を得た時、俺は心の底から喜んだのだ。

望みは叶えられたと…。

しかし、蓋を開けてみれば結果はこれだ。

はたして、彼女のあの爽やかな笑顔は何だったのだろうか。

天を仰いだ俺の心には、ただ虚しさだけが残っていた。




「おはよう、みんな、いっつも早いよねー、ってか、御善くんと神崎さんくっらー、なんかこれ先月もなかった?」


 SHRまでまだ時間がある朝の教室に、山下さんが満面に笑みを湛えて飛び込んで来た。

しかし、俺と愛花の様子を見た途端、その面持ちはげんなりしたものに変わってしまった。


「おっはよ、山下さん、二人とも綺麗なお姉さんに騙されたらしいんよー」

「え、なになに、遂に女誑しに天罰が下ったの?」

「あはは、山下さんひっどーい、そんなの今更だし、神崎さんまでってことはないじゃない。」

「折角の梅雨の晴れ間だってのに、何だかなー、ま、二人とも元気出してねー」


 山下さんは教室の後方でどんよりと沈み込む俺と愛花の肩をポンと叩き、自分の席に鞄を置いてから軽やかな足取りで廊下へ飛び出して行った。

多分また性懲りもなく好みの女子にアタックするつもりなのだろうが、今日ばかりは溢れるバイタリティに頭が下がる思いしかない。


「ほらー、ゆーちゃんも神崎ちゃんも、晴れちゃったんだからしょうがないじゃん。」

「そうそう、気象予報士のお姉さんを恨んだって雨は降らないんだから、早く着替えに行くよぉ。」


「はあ…、行こうか、まな…」

「うん、しょうがないよね…」


 まりちゃんと由香里さんに諭され、俺と愛花はいよいよ観念して鉛のように重たい腰を上げることにした。

彼女たちが言うとおり、晴れてしまったものは仕方ないし、雨天を予報した気象予報士を恨んでもどうにもならない。

俺たちだって当然それは分かっている、分かってはいるのだが…


「今日は誰の応援にも行けないな…」

「人数少ないから出ることになっちゃうなぁ…」


 今日明日行われる球技大会で男子のサッカーと女子のソフトボールの実施が決まった今、3競技全てにレギュラーメンバーとしてエントリーされている俺と、苦手な球技に駆り出されることが確定した愛花は、後ろ向きの気持ちのまま更衣室へと足を向けたのだった。




 昼休みになり、学園生たちは平素と同じように各々の教室や部室などで昼御飯に有り付いたり、競技に参加して疲れた体を休めたりしていた。

俺たち放課後勉強会のメンバーも御多分に洩れず、図書室に集まって休憩がてら、昼御飯をいただきつつ球技大会の話に花を咲かせているのだが、その様子は各学年で些か異なっていた。


「あー、楽しかった♪ あたし、毎日球技大会でも良いな♫」

「涼菜は本当に凄いです、3競技とも、皆、驚いていましたよ?」

「涼菜にとってはこんなの朝飯前だよ、もうMVPは決定じゃない?」


「清澄さん、去年よりもスリーポイントの精度上がってたよね、秘密の特訓でもしてたの?」

「身長が伸びたからじゃないかな、去年よりもしっくり来るんだよね。」

「バスケは彩菜だけじゃなくてみんな調子良いみたいだから、今年こそは優勝を狙えるわね。」


「あやもすずも活躍してたんだ…、はあ…、見たかったな…」

「ゆーちゃんだって活躍したじゃん、お陰で男子は3競技とも2回戦進出なんだからさー」

「そうそう、女子を見てよぉ、全滅だよぉ?」

「うう、すみません、ソフトボールは私が出たばっかりに…」

「もう、神崎ちゃんのせいじゃないってー」

「そうだよぉ、わたしも打てなかったんだし、しょうがないよぉ。」


 ご覧のように、明るく前向きな雰囲気に包まれた1年生と3年生に対して、2年生が、もとい、俺と愛花が醸す空気の暗澹たるや、はたからは暗雲すら立ち込めて見えるのではないだろうか。


 まりちゃんと由香里さんが宥めてくれているにもかかわらず、未だに沈み込みから脱却できずにいる俺たち二人を引っ張り上げたのは、思いも寄らない人物だった。


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