第310話 可愛い妹さん
俺と彩菜が日次の課題をやっつけるためにしていた居残りが、まりちゃんの提案で勉強会という形になり、結果として皆の学力向上に役立っているなど、1年前には思いも寄らなかったことだ。
ここまでの話で1・2年生の様子は分かった。
残る3年生についても、あかねさんは首席に、彩菜は5位以内に収まることは間違いないと思うのだが、一人だけ状況が分からない人がいる。
「あや、紗枝莉さんの成績って…」
「ごめん、聞いたことない。」
「だろうな、分かった、今度本人に聞いてみるよ。」
彩菜から芳しい答えがなかったからと言って訝しむことはない。
そもそも彼女は身内以外の者に興味を持つことがないのだ。
最近は勉強会で同じテーブルに着いて自習しているので、ひょっとしたらと思ったのだが、やはり彩菜は彩菜だったということだ。
女子三人と団欒しているうちに雨も小降りになったので、予定どおり外出することにした。
当初は一人のつもりだったのだが、愛花が一緒に行きたいと言うので、連れ立って外に出ていた。
そうなれば二人とも1本の傘に収まるのはいつものことなのだけれど、はたしてこれが相合傘と言えるのかどうかは微妙なところだ。
俺は右手で傘を差しながら、左腕に愛花を座らせて抱っこして歩いているのだ。
「ふふ、楽ちん楽ちん♪ これは小学生サイズの特権だね♫」
「これなら足元が濡れずに済むし、いつもと違った景色が見えるんじゃない?」
「うん、前に抱っこしてもらった時も思ったけど、まるで別世界、悠樹と私ってこんなに見え方が違うんだよねぇ。」
「くすっ、今はきみの方が目線が上だけどね。」
俺の首に両手を回した愛花が、キョロキョロと楽しそうに辺りを見回している。
その様子はまるで親に肩車をしてもらってはしゃいでいる幼な子のようで、実に微笑ましい。
俺はふとあることを思いつき、彼女に話題を振ってみた。
「俺たちの子供が生まれたら、二人とも抱っこして歩けるね。」
「わ、それ良いかも、早くやってみたい、ねえ、悠樹、もう子供作っちゃおうか。」
「そのためにってのはどうかと思うけど、理由はどうあれ、大学を卒業してからのことだね。」
「はあ〜、暫くお預けってことかぁ、まあ仕方ないよねぇ。」
如何にも残念そうに大きくため息を吐いている愛花だが、先ほどとは違いその表情は些かも曇っていない。
寧ろ悪戯っぽく笑みさえ浮かべている。
「やっぱり第一子は本妻1号が産まなくちゃだよね、予定日はいつなの?」
「今のところそのような予定はございません、ってか、その呼び方、久しぶりに聞いたよ。」
以前まりちゃんだけが使っていた俺の恋人たちの呼称は ”本妻3号” までで途切れ、以降、今の今まですっかり忘れていた。
そんな既に廃れてしまった呼び方をよもや本妻3号本人が口にするとは、まさか彼女は大奥を再興(?)するつもりなのだろうか…。
はたしてどこまで本気なのか分からない戯言遊びもそこそこに、俺たちは最初の目的地に到着した。
「もう着いちゃった、このマンション本当に近いよね。」
「そうだね、まな、傘畳んでもらって良い?」
「うん、良いよ、任せて。」
差していた傘を愛花に渡して、カードキーを使ってエントランスに入った。
自分で傘を畳まない理由はご推察のとおり、左腕で愛花を抱っこしたままだからだ。
「ふふ、他の住人が見たらびっくりしちゃうかも。」
「仲良し兄妹ってことで納得するんじゃない? まなはまた『可愛い妹さん』って言われそうだ。」
「それは仕方ないかな、今日もこんな格好だしね。」
そう言いながらくすくす笑う愛花の服装は、白いセーラーカラーをあしらった膝丈サイズのふわりとしたベビーブルーの半袖ワンピース。
そこに同じ色の可愛らしいレインシューズを合わせていれば、如何にも小学生然としていて、誰も彼女を16歳の女子高生だとは思わないだろう。
「きみの魅力が引き立って、俺は好きだな。」
「君に気に入ってもらえて良かった、次はどんな服にしようかな。」
「きみなら何を着ても似合うと思うよ? さ、行こうか。」
俺と愛花は額を寄せて小さく微笑みを交わす。
結局俺たちは他の住人に会うことなく、エレベーターで3階にやって来た。
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