第309話 見通し

「ゆうくん、雨、まだ降ってるよ? どうする?」


 7月最初の日曜日、ブランチの後片付けを終えてキッチンの窓から外の様子を窺っていた涼菜が、こちらを振り向いて尋ねてきた。


「昼頃には弱くなるみたいだから、午後になったら行ってくるよ、それまではのんびりだな。」

「じゃあ、あたし、お茶淹れるね? ゆうくんはリビングで待ってて?」

「ん、了解、頼むよ、すず。」

「はーい♪」


 エプロンを外してラックに戻しながら答えを返すと、涼菜は早速電気ケトルに水を注ぎ入れる。

これから暫し俺とゆったり過ごせるのが嬉しいのだろう、彼女はとても楽しそうにお茶の準備を始めた。


 涼菜をキッチンに残してリビングに戻ると、彩菜と愛花がひと足先にお茶をいただきながらお喋りに興じていた。

しかし、二人に近づいてみれば、愛花の表情が些か曇っている。

明日から始まる期末試験が話題のようなのだが、どうやら何か心配事があるらしい。


「ええ、今回はちょっと不安なんですよ。」

「そうは言っても、今更どうにも出来ないじゃない。」

「はあ〜、そうですよねぇ、今更ですよねぇ。」


「まなが弱気なんて珍しいね、何か難しい問題?」


 ソファーに腰を下ろして声をかけると、二人はこちらに視線をくれてから、はあ〜っと深くため息を吐いた。

このリアクションを見る限り、はたして問題の種は俺に関係することのようだ。

となれば、大方の予想はつく。


「由香里さんの試験対策が上手くいってないんだね?」

「うん、そうなの、南雲さん、目先の順位にばかり気を取られちゃって、肝心の知識の定着に怪しい箇所が出てきてるの。」

「美味しそうな人参ぶら下げたのが不味かったかなぁ、ねえ、ゆう、何とかならない?」


 彩菜が言っている『美味しそうな人参』とは、試験成績が学年で20位以内であれば御善ハーレム入りが俄然有利になるというもの。

由香里さんは ”ルックス” と ”成績” という二つの加入条件のうち、まずは成績条件をクリアしようとしているのだ。

しかし、これには根本的な間違いがある。


「どうにもならないよ、そもそも加入条件どころか、ハーレム自体が存在しないんだからな。」

「うーん、ちょっと煽り過ぎちゃったかなぁ。」

「それこそ『今更』だろ、期末試験の状況次第で手立てを考えたらどうだ?」


 本人が思うよりも成績が伸び悩めば何らかのテコ入れが必要になるし、由香里さんも聞く耳を持たざるを得ない。

彼女が意欲を見せ始めてからそれほど日にちが経っていない今なら、軌道修正も容易たやすい筈だ。


「悠樹の言うとおりかな、もう少し様子を見てみましょうか。」

「そうだね、上手くいかなくて落ち込んでも、ゆうが慰めれば直ぐに立ち直るだろうし。」

「あや、お前なあ…、まあ、良いけどさ。」


 由香里さんを慰めることは簡単だが、俺に好意を寄せてくれている彼女にとって禁断の果実と成り得るのではないかと些か気がかりがある。

俺としては慰める必要がないことをただ祈るばかりだ。


「ゆうくん、お茶どうぞ。」

「ありがとう、すず、いただくよ。」


 皆で由香里さんの話をしていると、涼菜がお茶を淹れてきてくれた。

彼女に笑顔を向けながらローテーブルに置かれた湯呑み茶碗に手を伸ばした時、ふともう一人、俺に好意を持ってくれている少女のことに思い至った。


「なあ、すず、詩乃ちゃんは期末試験、上手くいきそうか?」

「多分大丈夫、中間試験より良いと思うよ?」

「そっか、頑張ってるんだな。」

「うん、ゆうくんに良いところ見せたいって、今日も追い込みしてるんじゃないかな。」


 詩乃ちゃんが入学した当初は、彼女が学園の学習内容について行くのは些か厳しいのではないかと危惧していた。

けれど、毎日の勉強会の中で涼菜やアデラインのサポートを受けて学習に取り組んでいくうちに、最近は少しずつ自分のペースで進められるようになって来たように感じられる。

日々の積み重ねの大切さに気づいてくれたのなら、多分この先のことは心配いらないだろう。


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