第308話 立ち位置
「まな、アディーを座らせるね。」
俺は愛花に囁きかけ、小柄な彼女をひょいと持ち上げて座る位置を右にずらした。
愛花はその意図を理解したのだろう、上気した可愛らしい顔にとろんとした笑みを浮かべ、アデラインへ両手を差し出す。
「アデラインさん…、一緒に…」
愛花の招きを受けたアデラインは翠眼を細めて小さく頷き、ふわりと腰を浮かせた。
「は…、ん…、んふ…、は、あ…」
「あん…、あ、あ…、んんぅん…」
俺の膝の上で
俺の
けれど、今ここに他の観客は一人もいない。
歌姫たちは俺のためだけに、その甘美な歌声を披露しているのだ。
「まな、アディー、そろそろ終わりにするよ?」
愛花とアデラインに優しく声をかけ、中を
「んあ、あ、あ、あ、ああ、はあぁぁぁ…」
「はあん、ああ、あ、いや、いやぁぁぁ…」
やがて二人は一際高く嬌声を響かせながらビクビクと大きく腰を跳ね上げ、舞台がフィナーレを迎えたことを知らせてくれた。
「お休み、アディー…」
日付が変わってまもなく、俺のベッドで眠りについたアデラインに薄手の毛布をかけながら、就寝の挨拶をしつつ顔を覗き込む。
カーテンの隙間から入るぼんやりとした明かりに照らされた彼女の表情は、ほんのりと笑みを浮かべているように見えた。
「ふふ、幸せそうな寝顔、きっと良い夢を見てるんだね。」
俺の傍らで同じようにアデラインの表情を見ていた愛花が、目を細めて小さく笑った。
彼女の面持ちもまた、アデラインに負けないほど幸せに満ちている。
「まな、きみも眠った方が良くない? 疲れてるよね。」
「うん、でも、心地好い疲れだから、もう少し味わっていたいな。」
「そっか、実は俺も同じなんだ、何だか眠るのが勿体なくて。」
「彩菜さんと涼菜さんが居ないの久しぶりだしね、なんて、ちょっと申し訳ないかな。」
俺たち三人が浴室で一頻り戯れてからリビングに戻ると清澄姉妹の姿はなく、スマホにメッセージが入っていた。
『私たち今夜は遠慮しとくから二人と寝るように』
『明日はあたしたちが洗いっこするからよろしくね?』
俺はただ苦笑いするしかなかった。
「明日たっぷりと埋め合わせするから大丈夫だよ。」
「二晩続けて『洗いっこ』かあ、ふふ、悠樹は大変だね。」
「そうでもないよ、楽しいことがあるんだから寧ろ待ち遠しいくらいだ、きみもどう? 参加しない?」
「そんなことしたら、彩菜さんと涼菜さんに怒られちゃうし、アデラインさんが拗ねちゃうよ、私は遠慮しときます。」
くすくすと笑いながら俺の誘いを断る愛花。
仮に愛花が明日の『洗いっこ』に加わったとしても清澄姉妹とアデラインが四の五の言うことはないだろうし、彼女もそれは分かっている。
けれど、たとえ俺がもう一度誘ったとしても、愛花は首を縦に振ることはないだろう。
愛花は心得ているのだ。
どれほど彩菜と涼菜に家族として認められようとも、決して彼女たちに並び立つことは出来ないことを。
そして清澄姉妹もまた、自分たちが愛花の立ち位置を得ることが叶わないことを弁えていた。
俺は愛花の頬に右の掌を添えて囁きかけた。
「まな、いつも傍に居てくれてありがとう、きみは俺たちにとって特別な人だ。」
「特別なのは君たちの方、私こそ、いつも傍に居させてくれてありがとう。」
俺と愛花は互いを優しく抱きしめて、ゆっくりとベッドに横たわる。
「好きだよ、まな…」
「私も、君が好き…」
俺たちは想いを口にしてから唇を寄せ、暫し温もりを交わし合った。
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