第305話 誘い

「え? お部屋にベッドがないのですか?」

「ええ、特に不自由はありませんから。」

「でも、そうしますと、お兄さまが彩菜さんや涼菜とされていらっしゃる時は、一体どちらに…」

「悠樹のベッドですよ? 私たち、誰かがしてる時も皆、同じベッドに居るんです。」

「………はい?」


 金曜日の夜、愛花と共に入浴の順番待ちをしていたアデラインが、愛花がはなった一言に一瞬機能停止に陥った。

思い返してみると、彼女には俺と彩菜、涼菜、愛花の四人が同じベッドで寝ていることは伝えていたが、休日前夜をどのように過ごしているのかを話したことがなかった。

話しづらかったわけではなく、俺たちにとっては最早当たり前過ぎて、話すべきかどうかということにすら思い至らなかったのだ。


「普通じゃないのは分かってるんですけどね、でも、最初からそうだったので、もう慣れっこになっちゃいました。」

「な、慣れるものなのですか?!」


 愛花がそのことを知ったのは、俺と付き合い始めてまもない頃、初めて我が家にお泊まりした時だった。

元々俺と清澄姉妹の夜の営みに興味津々だった彼女に、俺たちが隠すことなく応えたことが始まりだった。


「まなは俺たちのことをいつも肯定してくれてたからじゃないかな、直ぐに受け入れてくれたよね。」

「ふふ、君たちのことを応援しようと思った時に、全て受け入れようと決めたから、ただ、君たちの振る舞いには毎回驚かされたけどね。」


 俺と愛花は顔を合わせてくすくすと笑う。

あれからまだ1年も経っていないというのに、既に懐かしき思い出のようだ。

それは俺にとっても彼女にとっても、そして清澄姉妹にとっても、四人が一つ屋根の下で家族として暮らすことが自然な事になっているという証左なのだと思う。


「はあ〜、私には随分と遠いお話のようです。」

「そんなことないと思いますよ?」

「え?」

「アデラインさんも、私たちと一緒に悠樹とお風呂に入ってるじゃないですか、それって、初めから出来たことじゃないですよね。」

「お風呂とベッドでのことは違うと思いますよ?!」


 双方とも ”あられもない姿を晒す” と言ってしまえば同じようにも思えるが、単に裸体からだを見せるのと、普段他人ひとに見せることのない本能を曝け出す行為を同一視することはできない筈だ。

それは一般的には当たり前の感じ方であるだろうし、アデラインが俺たち四人にどれほど近づこうとも乗り越えられない壁となっているのは間違いない。


「お風呂いただきましたー♪ お次どうぞ、って、アディーどうしたの?」

「な、何でもありません、お風呂いただきます!」


 頬を桜色に染めたアデラインは、それだけ言ってササッと浴室へと逃げてしまった。

呆気に取られている涼菜に事情を話すと、彼女はため息を吐きながら苦笑いを浮かべる。


「愛花さん、アディーを揶揄っちゃダメですよー、あたしたちとは違うんですから。」

「ふふ、きっとそのうち、こちら側に来てくれると思いますけどね。」


 多分愛花はアデラインのことを『揶揄った』のではなく ”いざなった” のだと思う。

アデラインが家族であると認めていることを、愛花なりに示しているのだと。


「それはアディー次第ってことだよ、さ、俺たちも行こうか。」


 俺は胸の奥が温かくなるのを感じながら、愛花を伴ってリビングを後にした。




「洗いっこ、ですか?」

「彩菜さんたちとは時々してたんですけど、アデラインさんとはありませんよね、どうですか? 楽しいですよ?」


 浴室にいる三人が頭髪を洗い終えたタイミングで、愛花が笑顔で提案してきた。

俺と愛花、清澄姉妹だけで入浴していた頃は、時折ふざけ合って楽しんでいたのだが、アデラインが来てからはしたことがなかった。

特に遠慮していたわけではなく、何となく思い至らなかったという程度のことだ。


「洗いっこと言うか、皆で泡まみれになってはしゃいでるだけなんだけどね、偶にやると結構楽しめるんだよ。」

「そうなのですね…、お二人がそうおっしゃるのでしたら、私もご一緒してみたいです。」


 愛花に倣って笑顔を向けると、アデラインは些か戸惑いを見せたものの、薄らと笑みを浮かべて興味を示してくれた。

俺は早速スポンジを使って、ボディーソープの泡を作り始めた。


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